放課後の教室は、夕陽のオレンジ色に染まっていた。ルミは夢中になって数学の問題を解いていた。彼女にとって数式は譜面のようなもの、頭の中で音楽が鳴り響く。他のクラスメイトたちは笑い合いながら帰り支度をしていたが、ルミは全く気にしていない。

「ルミ!」
突然、背後から低くて少しハスキーな声が響いた。ルミの心臓がドキンと跳ね、思わずペンを落とした。振り返ると、そこには相原徹が立っていた。長身で、後ろで縛った長髪。学校でも目立つ存在の先輩が、なぜかルミのすぐ後ろにいた。
「せ、先パイ!? な、なんですか?」
ルミの声は裏返りそうだった。相原徹は、普段はクールで近寄りがたい雰囲気なのに、こうやって急に話しかけてくることがある。そのたびにルミは動揺してしまう。だって、相原先輩はルミにとって特別な存在だ。いつもみんなを引っ張るリーダー格で、でもどこかミステリアスな影がある。そんな人に、突然名前を呼ばれるなんて。
「ちょっと用があるんだけど、いいか?」
相原は片手で首の後ろを軽く掻きながら言った。いつもより少し真剣な目。ルミはゴクリと唾を飲み込んだ。
「う、用? 私に?」
「そう。お前じゃなきゃダメなんだ」
その言葉に、ルミの頭は一瞬真っ白になった。『お前じゃなきゃダメ』って、なに!? 心臓がバクバクして、顔が熱くなる。相原先輩がそんなこと言うなんて、まるでアニメのワンシーンのようだ。ルミは慌てて目を逸らし、机の上のノートを無意味にめくった。
「え、えっと、どんな用ですか?」
「実はさ…」相原は一歩近づき、声を少し下げた。
「文化祭で、ちょっとしたサプライズを用意したいんだ。で、お前のアイデアが必要なんだよね」
ルミはホッとしたような、ちょっとガッカリしたような複雑な気持ちになった。確かに、先輩たちはいつも何か面白いことを企んでいる。相原先輩はその中心で、ルミも最近その輪に加わったばかりだ。でも、なんで自分? もっと頭のキレるメンバーがいるのに。
「私のアイデアなんて、役に立つかな…」
ルだが、相原は笑った。珍しく、くしゃっとした笑顔だった。
「お前、いつも変なとこで突飛なこと言うだろ? だから、お前じゃなきゃダメなんだよ」
ルミはまたドキッとした。相原の言葉は、まるでルミの心の奥を見透かしているみたいだった。自分なんて、ただの後輩で、いつもみんなの後ろをついていくだけなのに。
「わ、わかりました! 考えてきます!」
ルミは勢いよく立ち上がり、ノートをかばんに詰め込んだ。相原は満足そうに頷き、教室の出口に向かった。
「じゃ、明日、いつもの場所で。遅刻すんなよ」
「は、はい!」
ルミは深呼吸して、胸のドキドキを落ち着かせようとした。でも、相原の背中を見送りながら、思う。あの先輩に呼び出されるたび、こんな気持ちになるなんて、ちょっと大変だなって。