烏天狗の黒羽は、関東にある山の守護者だった。かつては人間の信仰を集め、風を操り空を舞う彼の姿は畏怖の象徴だった。しかし、時代は変わり、人々は神々を忘れ、黒羽の存在は薄れていった。今、彼は山を降り陰陽師の家系である花桂院家に護衛として雇われ、ただ空を見上げ、虚無を噛みしめる日々を送っていた。「生きる意味なんて、とうに失った」と、彼は呟くのが常だった

一方、シローは狐だった。黄金色の毛並みと鋭い知性を持つ彼は、人間から畏れられ、同時に疎まれていた。彼は人間の欲望を利用して生き延びてきたが、その裏で心はすり減っていた。誰とも本当の繋がりを持てず、孤独に苛まれていたのだ。
「所詮、俺は化かすだけの存在」と、彼は自嘲するように笑った。
二人が出会ったのは、花桂院家の屋敷、黒羽が庭先で佇んでいると、シローがそこにやって来た。黒羽の翼が風に揺れる音に、シローが鋭く振り向く。
「烏天狗か?」
シローの声は冷たく、しかしどこか疲れていた。
「そういうお前は、狐だな。」
黒羽は投げやりに答え、地面に降り立った。
二人は互いに牽制しながらも、なぜかその場を離れなかった。沈黙が流れる中、シローがふと口を開いた。
「お前も、疲れてる顔してるな。結構長く生きているんだろ?」
黒羽は驚いたように彼を見た。
「まあな。そういうお前はなんか得体がしれないな。少なくとも俺があってきた狐とはなんか違う気がする。」
「そうか、俺は同族に会ったことはないのでわからんが」

その夜、二人は初めて本音を交わした。黒羽は信仰を失った虚しさ、シローは信頼を築けない孤独を語った。互いに異なる世界に生きながら、どこか似た傷を抱えていることに気づいたのだ。
それから、二人は夜に屋根の上で語り合うようになった。黒羽はシローのために風を操って木の葉を舞わせ、シローは黒羽に幻術で美しい花畑の景色を見せた。言葉は少なくとも、互いの存在が心の隙間を埋めていく。黒羽の鋭い目には初めて温もりが宿り、シローの笑顔には純粋な喜びが混じるようになった。
だが、幸せは長くは続かなかった。
ある日、花桂院家と敵対する人間たちがシローを「災いを呼ぶ妖狐」として捕らえようと動き出した。黒羽はシローを救うために立ち向かい、人間たちのを風で薙ぎ払った。
「なぜだ、黒羽。なぜ俺なんかのために?」
シローは尋ねた。彼の目は、信じられないものを見るように揺れていた。
「お前が…俺の生きる理由だからだ」
黒羽は静かに、しかし力強く答えた。「信仰も、誇りも、全部失った俺に、お前は新しい意味をくれた」
シローの瞳に涙が光った。彼は初めて、誰かに必要とされる喜びを知った。
「なら、俺も…お前のために生きてやる。どこへでも、一緒に行く」
二人は手を握り合い、敵を追い払った。烏天狗と妖狐、異なる世界に生まれながら、互いの心を繋ぎ合わせた彼らの絆は始まったばかりだった。どんな困難が待っていようと、二人はもう一人ではなかった。