些細なことで英治とケンカした。
冴子が不機嫌な顔で歩いていると後ろから声をかけられた。
「ひかる、何の用?」
彼女の声は振り返らずともわかる。
「別に用はないけど、冴子が1人で歩いているからさ」
隣に並ぶ。ショートカットでボーイッシュな服装しているので他人から見たら冴子の彼氏と思われるだろう。
「今日は恋人いないんだ」
「たまには1人になりたいこともあるよ。」
「ねえ」
ひかるが冴子の手をつかむ。
「海、見に行かない」

ひかるとやって来たのは葛西臨海公園。ここには水族館があって冴子は英治と来たことがあった。
「ボク、よくここに来るんだ。」
海を見つめながらひかるはつぶやく。
「冴子は海に住んでいる生物で何が好き?」
「海洋生物はみんな興味深くて好きだけど、あえていうならイルカかな。最近はシナウスイロイルカってのが気になってる」
「どんなイルカなの?」
「香港周辺の海にいるんだけど、そのイルカ体の色がピンクなんだよ。そのイルカのこと知ったらぜひ会いに行きたいって思った。」
「ピンクのイルカが実在するなんてワンダフル!ボクも見てみたいな。」
「ひかるは何が好き?」
「………ウミウシ」
ひかるの表情がどこか寂しげになった。
「ウミウシって種類豊富で小さいからけっこうかわいらしいけど、ひかるがそういうの好きとは思わなかった」
「ボクだってかわいいのは好きだよ。かわいいは正義って昔の偉い人も言ってたし………」
ひかるの顔が赤くなる。
「…………ボクはウミウシみたいなモノだから。」
冴子は意味がわからないという顔でひかるを見つめる。その視線がひかるにとって気恥ずかしい。
「ねえ、冴子はエイジくんのことどう思ってる?」
「それは………」
彼とはケンカしたばかりで今は触れられたくない話題に言葉が出てこない。
でも本心では英治のことが好きでたまらない。好きだからこそ、お互い遠慮せず言いたいことを言ってケンカになってしまう。そしてしばらくしてどっちかが折れて仲直りする。
「冴子にはエイジくんと幸せになってほしいんだ。それがボクの願いだから。」
ひかるはそう言ってその場を離れていった。冴子はいつまでも彼女背中を見つめていた。