周りから見れば自分なんて空気みたいなモノだろう。
小黒健二はそう思っていた。
クラスメイトが楽しそうに話しているのを横目で見ながら、問題集を解く日々。自分の目標はただ一つ、東大に入って国家公務員になって父を見返すこと。
それが志半ばで死んでしまった父親への弔いだと思って勉強に余念がない。
母親はそんな健二のことを心配しているが、自分がエリートになれば少しは生活も楽になるだろう。これは言ってみれば親孝行のようなものだ。
それでもどこか寂しい気もしないでもない。
「なあ、夏休みって暇?」
突然、話しかけられて思わず声をかけてきた相手を見る。
相原徹。
イケメンな彼は女子から人気があって、がり勉な健二とは真逆の存在。そんな彼がどうして自分なんかに話しかけてきたんだろう。
「夏休みは一応塾がある・・・・・・。」
「ふ~んそうか。」
「どうしてぼくみたいな人間に話しかけてきたのさ。」
「どうしてって・・・・・なんか背中が寂しそうだったからさ。」
「さみしい?」
「なんていうの、無理してる感じがして、このままだとお前つぶれちゃいそうだからさ。」
相原の言葉が不思議と心地よく感じる。
「おれたちさ、夏休みに廃工場を秘密基地にしようっていう計画してるんだ。無理にとはいわない。参加したいっていうんなら喜んで向かい入れるよ。」
秘密基地というワードに小学生の頃の記憶が甦る。
まだ父親が生きていた頃、よく家族でキャンプに出かけていた。あの頃は健二も活発な子供で父親に教えてもらって釣りをした。
テントの中でねっころがると家とは違うわくわく感がした。
「なんか秘密基地みたいだね。」
「そうか、健二はテントが気に入ったみたいだな。」
頭をなでてくれた父親。笑顔を絶やさない母親にちょっと恥ずかしそうな雰囲気の兄、今はもうそんな雰囲気はなくなってしまった小黒家。
健二の目から涙があふれた。
廃工場の前に10数名のクラスメイトがいる。健二はそれを見ると緊張して足が止まる。あまり人と関わってこなかった自分が来たらなんて言われるか・・・・このまま引き返そうかなと考えた時だった。
「お前、がり勉の小黒じゃねえか!」
声をかけてきたのは菊地英治だ。隣には相原が立っている。この二人はいつもいる印象だ。
「がり勉が何しに来たんだよ。」
天野司だ。
「あ、あの・・・・・ぼ、ぼくもなかまに入れて欲しくて・・・・・」
「どういう風の吹き回しだ。てめえ先公にチクる気じゃねえだろうな。」
安永宏が声を荒げると思わず萎縮してしまう。
「おれが呼んだんだ。小黒、来てくれたんだな。」
「相原~何考えてるんだよ。こんながり勉くん信用できねえよ。」
安永が相原につっかかるも相原は動じてない。いつものクールフェイスのままだ。
「でも、このまま追い払ったら大人たちに言っちゃうかもしれないよ。」
中尾和人がメガネを押さえながら言った。学校始まって以来の天才がいることに驚きを隠せない健二。
「そうだな。こいつ絶対先公にチクるよ。」
菊地が指してくる。
「そうそう、この機会にもっと親交深めようぜ。」
デブの日比野朗が笑顔で健二の肩を抱く。その隣にはチビの宇野秀明。不穏な空気になるかと思ったら、楽しい雰囲気に健二は思わず笑みがこぼれる。
「へえ~がり勉くん笑えるんだ。」
天野が菊地と顔を合わせる。
今年の夏休みは久しぶりに小学生の頃のあのわくわくした気分に浸れるかもしれない。そう思うと健二の心が少しだけ軽くなるような気がした。