銀の鈴動物園に併設されたカフェで矢場勇は新聞を見ながら純子が入れてくれたコーヒーを飲む。コーヒー通ってる矢場からしても彼女の入れるコーヒーは格別だ。
そんな最高のコーヒーなのに、相変わらず新聞に掲載されている記事は暗いものばかりでイヤになる。だったら見なきゃいいのにというが、どうしても新聞を手にとって世の中の情勢を知らないといけないのはジャーナリストの性なんだろう。
「最近、やな事件ばかりですよね。だからテレビ見る気もおきない。」
純子が矢場の見ている新聞を見ながらつぶやく。一面には中学生が父親を殺害という物騒な記事が載っている。
「なんか毎日のように殺人事件が起こっていて、ドラマでも殺人事件・・・・・若者のテレビ離れの原因ってそこじゃないかな~?」
かつて、未成年者による凶悪犯罪が多発した際、矢場は原因は二時間サスペンスドラマにあると報道した。何事もないように残酷なシーンを流し続ける事によって未熟な子どもたちの脳に悪影響を与え、結果子どもたちは暴走し大人たちに反旗を翻したのだ。
ぼくらのなかではこれらの出来事はグリムファイル事件として心に深く刻まれている。
「どうしていまだに二時間サスペンスなんて放送してるの?私たちが子どもの頃は夕方の再放送といったらアニメだった。その頃は凶悪な殺人事件なんてなかったと思うの。」
「それどころか今ではアニメは深夜に追いやられ気づけばテレビはくだらないドラマに有害なサスペンスドラマ・・・誰が見るかわからないバラエティ番組。これじゃあ子どもは勉強だけしていろと言っているようなもんさ。」
いつの間にか相原がカフェに入ってきた。中学生のときから変わらない意志の強い眼差し、純子がずっと憧れ続けていた彼・・・
「テレビはつまらない、遊ぶ場所もない、じゃあおとなしく勉強をすればいいのか?今の子どもは大人たちの言いようにプログラミングされるロボットだ。」
「でも、ここに遊びに来る子達はみんな楽しそうよ。」
「最近の子どもは変わったとかいうけど、本質は変わらない。そういう場があれば本来の子どもらしさを現すのさ。それを奪うのか守るのかはおれたち大人の使命なんだ。」
それから三日後、ぼくらの仲間たちがカフェに集まった。
「あれ、菊地がいないけど・・・どうした?」
天野が純子に真っ先に話しかける。
「彼女と旅行に行ったみたいよ。」
「彼女って言ってもアヤメちゃんでしょ。」
ひとみがそっけなく答える。アヤメとは菊地が飼っている黒柴の名だ。
「違うよ。人間の彼女だよ。滝川アリサ、英ちゃん彼女とつきあいだしたから・・・・。」
「なんだよ。あいつ、教え子とつきあっているのか!?すみにおけねえなぁ。」
「別にいいじゃないか。これでやっと菊地くんも冴子から解放されたってことだろ。ボクの分まで幸せになって欲しいね。」
今日もカッキーはスーツでビシッと決めている。
「なんだよ、お前はまだ麻衣の事引きずっているのか?」
「もし、タイムマシンがあるならの頃に戻りたい気分だね。」
「菊地くんよりカッキーの方が重症だね。もう誰とも恋をする気なんてないんでしょ?」
佐織が言った。かつて柿沼と怪しい関係になってはいたが、ともに麻衣の事で後悔している者同士、キズを舐めあうだけの関係だった。そこに恋愛感情なんてなくすぐに何もなかったかのように消えていったふたり。佐織は新たに好きな人ができたみたいだが、柿沼にはそういった話がない。ただ、暇さえあれば合コンをしているそうだが・・・・
久しぶりに仲間で集まればたちどころに中学生だったころに戻ったような錯覚におちいる。あの頃のように悪いやつらをイタズラを駆使してやっつけるみたいな・・・。相原はこないだ純子と話した今の子どもたちに起こっている問題をみんなに話した。
しかし、思ったよりもノリが悪い。
もう、おれたちは大人なのかと実感した瞬間だった。
「相原の言いたいことはわかる。でもな、それだったらテレビなんて見なければいいだろう。うちなんてもう地上波のテレビなんて見てないから・・・もっぱら、ケーブルテレビとかBSとか見てる。そっちならアニメだってたくさん放送してるし、有害なサスペンスドラマもやってない。」
なにか問題があれば真っ先に大人に立ち向かっていった安永もすっかり丸くなった感じだ。妻の久美子が妊娠して父親になるからってのが理由だろう。
「サスペンスドラマ大嫌いだったな。そのせいで私、月9ドラマ見たことなかったの。」
佐織がつぶやく。
「どういうこと?」
「お父さんが見せてくれなかったの、私は月9が見たかったのに・・・・」
佐織の父親は幼稚園そして老稚園に今はここの動物園の園長をしている気前のいいおっちゃんって感じの人物だ。そんな人間でもサスペンスドラマなんて視聴してたことにショックをおぼえた。
「私の叔母も好きでしたよ。」
有季が言うと、他のみんなも「うちの親もそうだ」と口々に言い出した。
「結局、おれたちも情報ウィルスの脅威に当てられてたってことだな。でも、なんでおれらは暴走しなかったんだろな?」
「もうすでに暴走してただろ。廃工場に立てこもって大人たちに宣戦布告とか今となってりゃ狂気の沙汰だぜ。」
あの頃は考えなかった。大人になってはじめて自分たちがやってきた事がいかにやばい事だったのか。
自分たちはまだまだ子どもと思っていたのにいつの間にか自分たちが大人の側に回っていたのだ。
今の問題は今の子どもたち自身で解決すればいい。ぼくらがとやかく言う問題ではないのだ。