相原が二人の少年を連れて銀の鈴動物園にやってきた。中学生ぐらいだろうか、一人が車椅子に乗っているのを見て、純子が駆け寄る。
「助けとかいらないから。」
車椅子の少年ははっきりと純子の顔を見て言う。
「舜は過保護にされるのが嫌いなんだ。」
隣に立っている少年が答えた。全体から漂うその雰囲気はどこか相原を思わせる。
「相原君、この子達は?」
「ああ、今俺が非常勤で講師やってる塾の生徒だ。車椅子のが磯辺舜、もうひとりが秋葉雷太っていうんだ。」
相原に促されて二人の少年が純子に挨拶をする。
「どうしてここに?」
「相原さんからここのことを聞かされてて、ずっと興味あったんです。」
「舜は生き物マニアだからな、家でもいろいろ飼ってるんだぜ。」
そういう子はクラスにひとりはいる。やたらと生き物に詳しくて図鑑ばっかり見てるようなやつ・・・そういえば菊地英治もそうだった。小学校時代は純子と一緒に生き物係をしていて、生き物の世話をする菊地はほんとうに楽しそうだった。だから彼は理科の先生になったのだ。そうなるとこの舜という少年は菊地に似ている。

二人の少年が中庭の池を見ている間、相原は純子の入れてくれたコーヒーを飲みながら小黒のことを報告する。
小黒健二は大学を卒業してすぐ天道会に出家し、今では教団の幹部だ。
「それってどんな宗教なの?」
「今の日本は外国から様々な影響を受けまくって、結果悪くなってしまった。だから古きよき昔の日本に戻ろうってのをうたってる。」
「そんなに悪くなったってイメージないけどなぁ。」
「連中は新渡戸稲造の“武士道”を手本にしている。彼らは日本の教育界を牛耳り、ゆくゆくはこの日本そのものを支配しようとしているのかもしれない。」
相原は子どもの頃から大人びていて、発言も突拍子もなかった。
「なんかそれ聞いたら二宮金次郎のこと思い出しちゃった。ほら、私たちが中2のときの校長先生がニノキン好きで私たちに無理矢理押し付けたじゃない。そのせいで私ニノキンのことキライになっちゃったからさ、いくら昔のことが良くても、それを強制するのってかえってダメなんじゃないのかな?いったいどんな人たちが信じてるの?」
「天道会に入信する人間はほとんどが教師なんだ、それも現在の教育に疲れてしまった。」
教師と聞いて、菊地のことを思い出した。
「今、菊地のこと考えたな。大丈夫!アイツはそんなもんにはまるわけねえよ。」
大人になって顔を合わせることも少なくなったが相原&菊地の絆は健在だ。
それから他の仲間のことを話していると、舜と雷太がカフェに入ってきた。
「君たちなんか飲む?」
「この本日のおすすめってやつ・・・舜もそれでいいか?」
「ぼくは抹茶ラテにするよ。」
二人を見ているとますます菊地と相原を連想する。純子はおもわずほほえんだ。
コーヒーを入れている間、二人のことをいろいろ聞く純子。ちょっとおせっかいかなと思うけど、舜の方がよく話してくれる。
「君たちってなんかスポーツやってた?」
「ああ、二人でサッカーチームに入ってた。舜が事故にあってからはやめたけど・・・。」
「なにも雷太までやめることなかったんだよ。」
「バーカ!俺は舜と一緒にサッカーがやりたかったんだ。」
そう言って雷太は一気にコーヒーを飲む。しかし、熱さのあまりむせてしまった。見た目の雰囲気は相原だが性格は菊地要素もあるかもしれない。舜の方は菊地っぽいとこをみせつつ相原みたいな聡明さを持っている。
「俺たち今、面白いこと考えてるんだ。」
「何?」
「教師図鑑だよ。」
「何それ?」
「学校の先生のデータベースを作ってネット上で見られるようにするんだ。」
「それってプライバシーの侵害じゃないの?」
「情報っていってもその先生の好きなもの、趣味、特技、テストの傾向なんかを載せるんだ。」
「できたら、犯罪歴なんかものせる予定さ。」
舜が突然、とんでもないことを言い出した。
「犯罪って言っても、チカンとか盗撮とかね。」
「ああ、時々いるわね。チカンで捕まる教師。そんなの作ってどうするの?何かに利用するの?」
「学校の先生ってけっこう知らないこと多いじゃん。知らないからこそあることないことうわさがたって信用できない。だから、きっちり教師の情報を調べて得た情報をネットに公開する。もちろんそのサイトは会員のみしか見られないようにするけど。」
「なんかすごいこと考えてるわね。私たちとは大違いだわ。」
「基本的なとこは変わってないさ。」
相原がふふふと笑った。