自分はずっとひとりで生きてきた。これからもずっとひとりで生きていくんだろう。
そう思っていた。あいつに会うまでは。
あいつと出会ってから俺は変わったような気がする。


~空と君のあいだに~


ひとりの少年が小高い丘の上にやってきた。ここからなら少年の住む街が一望できる。少年の名はマロ・リンドバーグ。リンドバーグ家と言えば、有名な魔道士一家の家系として知られ、代々王立魔法学院主席卒業者を多く輩出してきた魔道士の名門だった。彼の祖父は現学院長であり、父親も学院にて歴史を教えていた。そんな魔法エリート一家に育ったマロもまた将来が期待される優秀な魔道士として日々、勉強の毎日だった・・・。が、彼はどっちかと言えばデスクワークよりも外に出て野山を駆け回ったり、虫や植物の観察をしているほうが好きだった。
彼の得意とする自然魔法はコダマと呼ばれる姿は見えないが確かに存在している妖精たちの力を借りて、発動させるものだ。コダマは森や水の中など自然物とともにいるので、彼のこの行動もある意味魔法修行に違いない。もっとも、本人にはそんな意識はないが・・・。
マロは森のほうに向かって歩き出した。ここらいったいには危険な動物の目撃情報もなく、無法者たちもいない。それでもマロは愛用の肩掛け式のカバンに炎魔法の魔道書をいれていた。いざという時のために。森の中は季節の花が咲き、鳥たちも鳴いている。森の散歩は最近のマロのマイブームだった。
10分ほど歩いていると、血痕が落ちているのが見えた。
マロは血痕が続いている方向へ歩いていく。
やがて、一本の巨木の元にたどり着く。その根元に誰かが持たれかけている。。
近づいて、マロは彼の姿に驚いた。確かに人には違いないが犬のような耳にふさふさの尻尾、鋭くとがった爪をしているのだ。
ワーウルフ・・・。古の頃からより伝説や神話なんかで聞いたことがあるが、実際に目にするなんて思いもしなかった。お話の中では人を食らう恐ろしい化け物だが、目の前の彼を見てもなぜか恐怖感は感じなかった。なぜなら彼の腕が真っ赤な血で染まっていたからだ。
マロはカバンからハンカチを取り出し彼の腕に巻こうとした、その瞬間低い声でつぶやく声がした。
「だれだ?!」
眠っていた彼が目を覚まし、鋭い眼差しでマロを睨む。
「ご、ごめんなさい。怪我をしてたから・・・。僕はマロって言うんだ。君は?」
「ニンゲンに同情される気はない。さっさとこの場を去れ!!」
「でも、そんな怪我をしているのに・・・。」
そう言ってハンカチを腕に巻きつける。
「こんなのはかすり傷だ。たいしたことはない。」
「だめだよ、こういうのはほっとくと破傷風になって取り返しのつかないことになるから。待ってて今、薬とかいろいろ持ってくるから。」
そう言ってマロはその場を離れた。


 それがあいつと初めての出会いだった。
狼牙族・・・。多くの人間はワーウルフと呼び、その人智を超えた能力に恐れを感じ、怯えてきた。それなのに先ほどの少年はまったくそのような感情を見せずに、しかも親しげな様子だった。
 20分ほどでマロは戻ってきた、手には大きなバスケットを持っている。
「これ、ばあちゃんが作った薬草だから、すぐに直るよ。」
慣れない手つきで手当てをするこの健気な少年を見ていると、なにか今まで感じたことのない感情が生まれてきた。我々は高い治癒能力を持っているので怪我をしても、眠るだけで時間はかかるが回復可能なのだ。だから、薬などはいらないのだが・・・。
「それから、これ家から持ってきた。」
そう言って今度はパンやハムなどの食べ物を取り出す。
「いいのか?」
「いいに決まってるじゃん。遠慮しないでよ。」
それから、毎日のように少年・・・マロは俺に会いに来るようになった。
これまで俺は誰かと馴れ合うことを避けてきた。ずっとひとりで過ごしてきた。ひとりのほうがいろいろ気が楽だったから・・・。でも、奴に会ってから何かが変わった気がする。彼の話す言葉、表情、仕草までもが孤独な俺になかった何かを埋めてくれる。そんな感じがした。
いつしか、彼に会うことが楽しみになっていた。
 そんなある日、今日も俺はマロが来るのをいつもの木の下で待っていた。怪我はとっくに治っている。それでもあいつが巻いてくれた包帯はそのままにしてある。だけど、お昼を過ぎてもあいつは来なかった。まさか、あいつに何かあったのか?
俺の心の中で不安な影が生まれた。やな予感がする。
気がつけば俺はオオカミに獣化し、走り出していた。
森を抜け、やがて街が見えたとき、俺は驚愕した。街が赤い炎に包まれていた。いったい何が起こったのかさっぱりわからない、ただあいつは無事なのか・・・。俺はあいつのにおいを頼りに炎の中に飛び込んだ。


街で大きな屋敷の前に着いた。おそらくここがあいつの家か。俺は躊躇するまもなく中に飛び込んだ。
屋敷の中はとんでもない惨事になっていた。おそらくここの使用人たちが鮮血を浴びてそこら中に倒れていたのだ。彼らに息はない、全員即死だった。いったいどういうことか?俺はあいつを探しににおいを頼りに奥へ向かう。
 俺は中庭に出た。そこにはツタが絡まった小さな小屋があった。俺は戸を開けて、内部を見渡す。木箱の中からコンコンとたたく音が聞こえた。俺はその木箱を思いっきりこじ開けた。中にあいつがいた。目には涙を浮かべ、不安そうな表情をしている。
「おい、いったい何があった?」
「わからないよ。父さんがここに僕を置いて、しばらく待っていろって言ったまま出て行ったきりだもん。」
「とりあえず、ここから安全なところに避難だ。」
そう言って俺は再び獣化し背中にマロを乗せ、風のように屋敷を飛び出した。
「あの、父さんたちは?みんなは?」
先ほどの惨状を見る限り、もしかしたらマロの家族もあの中にいたかもしれないが、あの現場をこいつに見せるわけにはいかない。俺は黙ったまま走り続けた。そして、その晩はいつものあの木の下で過ごした。マロは安心しきった様子で俺にもたれかかって眠っている。
これからどうすればいいんだろうか。親が生きてれば問題はない。だがもし死んでいたら・・・。


次の日、俺たちは再び街へ戻った。街はかつての賑わいはなく、すっかり瓦礫の山と化していた。マロはその様子を見て呆然としていた。かつて彼の家があった場所に行ってみるともはや絶望的だった。昨日まではかろうじて家としての外観は保っていたのに、今は崩れかけた廃墟となっていた。マロは目からあふれ出すように涙を流し、大声で泣いた。ひょっとしたらどこかにいるかもしれない家族に聞かすように・・・・。
俺は泣いているマロの肩に手を置いた。それと同時に泣くのがやみ、マロが俺を見上げた。
「これからは、俺がお前の保護者代わりだ。だから泣くんじゃないぜ。」
「ほ、ほんと?」
「こんなときに嘘いうかよ。おっと!自己紹介がまだだったな。俺はロイドというんだ。」
「ロイ兄ちゃん・・・。」
マロが俺に抱きつき、さらに大声で泣きじゃくった。
俺は空を見上げた。もう2度とこいつにつらい目は合わせない。何が何でも守ってみせる。