昔から父親と母親はあまり仲が良くなかった

毎日のようにケンカして言い合ってる

母親は父親の悪口を言い、

父親は母親の悪口を言う。

母親は家事を手伝わずに家でごろごろしてばかりの父親に腹を立てていた

父親は確かに仕事以外は何もしない父親だった

「誰のおかげで食わせてもらってると思っているんだ!」とか

「主婦なんて毎日が休みみたいなもんだろ?」とか

とにかく酷いことを言うものだから母親が腹を立てるのも仕方ない気はしていた

けど毎日のように言い合ってるのを見るのはストレスだったし

出かけた先で言い合っているのを見るのは

すごく恥ずかしかった

私がひきこもりになって父親嫌いが酷くなった

ソファに座っていたとき、隣に父親が座るだけで嫌悪感で逃げたし

あいさつすらしなかった

父親は父親で相変わらず酷い言葉を浴びせる

「早く家を出ていけ!」

「いいよな、お前は寝てるだけでいいんだから」

「プー太郎ってあいのことだな(笑」

基本的に人を見下している父親だった

小学生の頃私の成績を見て笑ってバカにしたこともあった

相変わらず今でも酷い事は言うけど

嫌いではなくなった。今はどっちかというと好きだし

感謝している存在だ。


ひきこもっていた間はとにかく友達もいなかったし

話し相手がいなかったこともあって

母親に依存していた

ワガママ放題で少しでも気に入らないことがあると当たっていた

「全部あいがこうなったのも私のせいなんでしょ!!」

って泣きながら言われたこともあった

何度も泣かせた気がする


とにかく私はすごい親不幸者だった

元気になった時、自分で稼いだお金で沖縄旅行に連れて行ったのだ

20歳の誕生日には花束と感謝の手紙を書いて渡した

何をしても昔したことは償えないけど

親を大切にしていきたいって今なら思える


今親は相変わらず仲が良いとは言い難いが、

私の見方が変わったのか

そんなに気にならなくなった

父親も愛情表現が下手な人なんだなっていう風に見ることが出来るようになって

少しは大人になれてきているかなって気がしている

ひきこもっていた時期は見た目が半端なくやばかった

ストレスでニキビがひどく、

早く治したい一心でつぶしてしまい、

癖になってかさぶたができたらはがしてしまう

今考えればこれも自傷行為の一種だったのかも

やめたいのにやめることが出来なかった

ひたすら何時間もニキビつぶしてたなんて

今考えればかなり異常

異常といえば、ストレス溜まりすぎて

足や顔をひっかいたり、

リスカしたり、

頭を壁に何度も打ち付けるとかあったし

親や姉に当たったり、飼い犬に当たったり

とにかく酷い奴だったと思う

そしてすごく醜いと感じていた

事実そうであっただろうが・・・

なんせ知らない人が振り返ってこっち見るくらい

ひどい顔の状態だった


中3の時はそこまで酷くなかったが、

とにかく自分の顔が嫌いで

整形をしたいと親に言ったこともある

本気で整形しようと思っていた

今は整形しなくて本当に良かったと思ってる

でもナンパは嫌だ・・・

ストーカーも最悪だったし

元彼も・・・


中3の時不登校になった

原因はてんかんの薬のせいだったかもしれないが

定かではない

副作用で鬱病のようになってしまったと母親は信じている

現に薬を止めてから外出するようになっていったのだけど

その薬が副作用の強い薬とだいぶ後になって知ったのだ。

元々学校は嫌いだった

てか人間が嫌いだった

消極的で大人しい、真面目で完璧主義

それがみんなの言う麻美だった

今は正反対って言われちゃうけど・・・

「学校に行かない」って宣言して、

学校に行かなくなって人間嫌いがさらに加速した

被害者妄想がひどく、

外に出るとクラスメイトがいるんじゃないかと思って出にくくなったら

たまの外出が辛くなっていった

平日の昼間に子供が外に出かけてるなんて

責められると思うようにもなっていった

だんだん視線恐怖症になっていって人の目が怖くなっていった

毎日寝てるだけの生活

何もする気が起きない

体が重くて起きる気もしない

めまいがひどい

貧血にすぐなる

生理痛が激痛だったし(気を失うこともあるくらい

あまり外出しなくなってインターフォンの音、電話の音が恐怖になった

外で子供達が遊ぶ声も。人間自身も。

今考えれば何が怖かったのかはわからないけど

とにかく怖かった

世界中の人に責められている妄想にとらわれていた


ただ、学校に行っていないだけなのに


清潔感もなくなっていった

風呂に入らない日なんてよくあった

起きていてもただ、ぼーっとしているだけ

やたら体がだるくて母親がよくマッサージをしてくれたのを覚えてる

毎日毎日自分を責めることしか出来なかった

そして家族を嫌って憎んでいた