差別はすぐそばに | クリス松村オフィシャルブログ Powered by Ameba
ダイアナ・ロス、マイケル・ジャクソン、ビヨンセ…





たくさんのアフリカン・アメリカン(黒人の方々)の大歌手が生まれ、映画俳優でも企業のトップでも、黒人の方々が第一線で活躍しておられます。





しかし、まさかのアメリカで、今でも根強く残る差別が表面化しています。





あの無抵抗の黒人の方を取り囲む警察官の映像を見た時に恐ろしいものを感じました。





あれは、イジメの姿そのもの。





集団で取り囲んで、無抵抗の人間をイジメる。





日本の学校でも、まさに教師が見れていない現場は、あのような感じです。





自分自身が経験したからこそ感じることです。





間違いなく毛色の違うものを集団で襲う卑怯なやり方です。





あのアメリカでの出来事は他人事ではありません。





日本でも、全くなくならないこと。





Twitterやlineで繰り広げられる酷い差別的な発言、侮辱的な発言をぜひ見てみてください。





「バカ」「キモイ」「消えろ」といったような、幼稚な言葉が毎日毎日あふれています。





私は、これを表現の自由とは認めません。





ネットが普及することにより、人間の心の奥に潜む醜い心が一気にあふれ出しています。





言わなくてもよいことを平気で罪悪感もなく発言する。





つまり、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのです。





電子の普及は、悪いことかどうかを自分でいったん考える時間がなくしてしまったということです。





しかも、それを助長するかのようなラジオ番組までもが一部であります。





出演者も放送作家も完全にネットかぶれしていると断言いたします。





先日も番組で申し上げましたが、イジリとイジメは紙一重です。





言われた本人が、楽しくもなく不快に思ったら、それは言ってはいけないこと。





昔であれば、イジメられている、あるいは阻害されている人々もまだ新しくやり直せる希望がありました。





電子で追われることはありませんでしたから。





しかし、今は、直接関係ないものまでもが参入して、集団で相手が倒れて息絶えるまで責めるという現象が起きています。





例えば、いろいろな理由で亡くなった方々の報道があったあとのネットで書かれていることを





一例でもいいので公開してみたらよろしいと思います。





名前も年齢(子供までも)もわからない人々が亡くなられた方々に何を書いているかを。





それは、もはや人間の理性のカケラもない言葉であふれています。





もはや、大人の理性ある発言には見えません。





日本で発言されていると思いたくない幼稚な言葉の羅列。





そして、そういう品性下劣なものを幼い子供も見れるということを





そろそろ真剣に語り合わなければいけない時がきていると思います。





「亡くなられた方」というのは、あくまで一例です。





つまり、何も発言出来ない犯罪者でもない方々にまで、罵声をあびせているという最も酷い例です。





これが、一部…とは言えない状況です。





自由な発言を規制する必要はありませんが、





発言の内容(差別、他人を侮辱する悪口)によっては、匿名では許されないというぐらいのことは、するべきだと私は思います。





それは、ネット社会だからこそです。





社会に何かを訴えかけたい…というものが「表現の自由」であって、差別発言、人を侮辱する発言、悪口は違います。





差別は、白人とか黒人とかいう問題だけではなく、





身近にいつの時代もたくさんあります。





他人事ではありません。





集団で行動していれば安心とばかりに自らの意見を言わないのは愚かなことです。





また、見て見ぬふりをするのも愚かです。






なんのために生まれて、なんのために生きているのか…





これから未来を背負う子供たちには、生命の尊さを議論するよいチャンスだと思います。





差別とは何なのか、各学校で取り上げる良い機会ではないでしょうか。





各教科の期末テストよりもある意味、大切なことだと思います。





勉強が出来ることと、自分の頭で考える能力は違いますから。





もちろん、教師だけに任せる必要もありません。





教師自体がこういう課題が苦手かもしれませんからね。





ここまで書くつもりもなかったのですが、あのニュース映像を見たら何か・・・恐ろしかったトラウマを思い出してしまって…





話を広げてしまいました。





また、後ほど。