宮崎県知事選挙が、今年12月27日(日)に投開票されます。


そして年が明けると、4月には宮崎県議会議員選挙、小林市議会議員選挙と、選挙が続きます。


ということで、これから半年ほど、宮崎県でも我がまち小林市でも「選挙」の話題が増えてくるんだと思います。


すでに知事選では、現職と元職のSNS上でのやり取りも始まり、「う〜ん?」と思わせるような情報も飛び交っています。


政治や行政に関心が集まること自体は、とてもいいことだと思います。


「政治的無関心」が課題と言われる今だからこそ、地域が抱えている問題を取り上げ、いろいろな立場から議論する絶好の機会。


そして大切なのは、

どちらが正しいのか、
誰に任せたいのか、
どんな地域にしたいのか、

最後に判断するのは、私たち「県民・市民(住民)です。


なので、その判断材料を提供するマスメディアやSNSなどの「発信者」にも、大きな責任があります。


我がまちの市議会議員選挙についても同じです。

子ども、高齢者、障がいのある人、働く人、子育てをしている人……、

普段はなかなか見えてこない暮らしの困りごとや地域の課題が、それぞれあります。


「そういう課題を一つ一つ、しっかり質してほしい」

最近、そんな声もよく耳にします。


ところで、選挙って何?


日本は「議会制民主主義」を基本とする国。


なんか難しそうですが、考え方は意外とシンプル。


みんなが毎回集まって、県や市の予算や政策を全部話し合うことはできません。そこで選挙をして、「私たちの代わりに話し合ってください」と代表者を選ぶ。


さらに地方自治では、住民が二つの代表を直接選びます。


知事・市長
→ 行政を動かすリーダー


県議会議員・市議会議員
→ 住民の声を届け、行政をチェックする代表


知事や市長が政策や予算などを提案し、議会がそれを議論し、チェックする。


そして、その両方を選ぶのが私たち住民。


これを「二元代表制」といいます。


議会では、税金の使い道、福祉、教育、道路、まちづくりなど、私たちの暮らしに直結する大切なことが話し合われます。


つまり選挙は、単に「政治家を選ぶ日」ではなく、


「これから、どんな地域にしていくか」その思いを一票に託す日。


政治というと、なんだか遠い世界の話に感じますが、


でも実際には、議員さんたちは予算や条例など、私たちの暮らしに関わる大切なことを決める権限を持ってらっしゃいます。


議員報酬も毎月支払われます。

だからこそ、その一票によって託される責任は、とても重い。「月給」とは全く性質を異にします。


これから始まる選挙。誰が出るかだけでなく、

「この地域をどうしたいのか」「今ある課題をどうするのか」考える機会。

地域の未来づくりに参加できる、絶好のチャンスです。


ちなみに私は選挙には出ません(笑)念のため。





自宅に飾っている、片岡鶴太郎さんの金魚の色紙。「流れのままに」という言葉が書かれています。

今朝、ふと見ると、色紙を留めている金色の紐が取れかけてました。

長く飾っているものなので、古くなったのだろうと思い紐を付け替えました。


でも、作業をしながら、ふと思った。

「これ、何かのメッセージだったりして?」


紐は、色紙をきちんとその場所に留めておくもの。その紐がほどけかけた。

そして、そこに書いてある言葉が、

「流れのままに」

なんとも出来すぎ(笑)


ほどけたら、また結べばいい。

結び直してもいいし、別の結び方にしてもいい。


流されるのとは少し違う。
無理に逆らわず、その時々の流れを受け入れる。


金魚は今日も、平然と泳いでいる。


そんなことを考える土曜の朝。

流れのままに。



ハチミツいただきました。感謝@

自分たちで取りに行ったらしい。

パン、ヨーグルの上に、たら〜り。

なんか幸せな気分。


「んだもしたん!ジョジョンうんめ」

そんな時間が、幸せ😆

甘くて、ゆっくり、じんわりと🍯

鼻血が出ないように気をつけます笑




「福祉」と聞いて、みんなどんなイメージを持ってるのでしょうか?


介護、高齢者、障がい者、福祉施設……。


「いやいや、私はまだ元気だし、福祉のお世話になるのは、ずっと先」

そう思っている人も多いかもしれません。


私もこれまで行政や地域づくりに関わり、今は福祉の現場にいます。実際に中に入ってみて思うのは、

「福祉って、思っていたよりずっと広いなあ」そして「ごく身近に福祉があるな」ということです。


介護や相談などを仕事にしている人はもちろん、民生委員・児童委員さん、地域の見守りをする人、ボランティアを楽しみながら続けている人など、実にいろんな人が誰かの暮らしを支えています。


支える人と支えられる人がセットになってる部分もありますが、それとは関係なく地域での見守りなどが当然のように行われてもいます。


そして面白いのは、「人のため」と始めた活動が、いつの間にか自分の生きがいや元気のもとになっていること。


支えているつもりが、実は自分も支えられている。


今は元気でも、10年後、20年後はどうなるか分かりません。病気になるかもしれないし、家族に介護が必要になるかもしれない。


つまり、支える側と支えられる側は、案外すぐに入れ替わる。


人口が減り、高齢者が増えていくこれからは、この「お互いさま」がますます大切になると思います。


地域では、イベントを開いたり、人を呼んだり、「まちを元気にしよう!」という活動もたくさんあります。それも、とても大事なことです。


でも、にぎやかなまちだけが「いいまち」なのかな、とも思います。


年を取っても、病気になっても、ちょっと困ったときにも、誰かとつながっていられる。

そっちの方が、いい人生だったって最後に思うかもしれません。


観光も、商売も、農業も、教育も、イベントも、そして福祉も。

別々に頑張るより、もう少しつながったら面白い。

元気な人にも、福祉は関係ある話だと思います。




お昼にチヂミを作ってみました。

片栗粉、薄力粉、ニラ、胡麻油、塩を混ぜ合わせ、フライパンに乗せ適当な時間にひっくり返しできあがり😆タレはポン酢にラー油胡麻油、ごまを適当に合わせる。ニラが多すぎた感じだが美味かったデス🤣





YouTubeにアップしました。





先日の休日、高千穂峰をバックに笛吹きの練習に出かけました。

「川の流れのように」
「花」
「もののけ姫」

「ひこうき雲」

あちこち音が出てなかったり間違ったりですが(笑)、それも含めて聴いていただけたらうれしいです。

次は、どこで吹こうかな(笑)

次投稿は、福祉の話題に。





篠笛を始めたきっかけは、霧島岑神社でした。

神社の掃除に時々行ってた頃、「神社で雅楽をやるから、一緒にやってみらんな?」

宮司さんからのそんな話がきっかけです。


ところが当時の私は、そもそも「雅楽ってなに?」というレベル(笑)


千年以上の歴史を持つ日本の伝統音楽だということも、笙(しょう)や篳篥(ひちりき)、龍笛などを使うことも、ほとんど知りませんでした。


まあ、とにかくやってみよう。

そんな軽い気持ちで始めたのが、笛との出会いでした。


稽古には毎回、笛の講師として木浦剛先生が来られ、丁寧に教えてくださいました。


最初は思うような音さえ出ない。それでも、ある日「ピーッ」ときれいな音が一瞬出る。そしてそんな稽古を続けて曲らしきものが少しずつ吹けるようになる。


すると、これが面白い。


気がつけば、雅楽を始めたはずの私は、すっかり笛の魅力に取り憑かれていきました。


同じ頃、神社では獅子舞も始まりました。舞手のみなさんも一生懸命に稽古される。笛と獅子舞。あの頃は、みんなで一つのものを作っていく楽しさがありました。


その後、神社では現在、笙なども取り入れた本格的な雅楽も行われています。それはそれで素晴らしい伝統文化です。


一方で私はというと、一本の竹から生まれる篠笛の素朴な音色の方に、すっかり心を惹かれていました。素朴な篠笛の音。今のところどうやら私には、こちらの音の方が性に合ってるようです😀


役所を定年退職し、今は福祉の仕事をしていますが、ときどき地域の集まりなどでも吹かせてもらうことがあります。そういえば自分の役所退職の宴や当時職員の結婚披露宴の時にも吹かせていただきました😅. 上手か下手かは、まあ置いといて(笑)有難い(感謝)。一本の竹の笛が、人との出会いをつくってくれるような気がしてます。


また、篠笛より高く澄んだ音の「龍笛」。こちらも限られたものしか吹けませんが、気持ちいい音色です。獅子舞にはこの龍笛を使います。


どうやら私は、雅楽に誘われて、篠笛・龍笛に寄り道したまま、迷走を楽しんでいるのかもしれません。


篠笛は、篠竹(しのだけ)などの竹で作られた日本の伝統的な横笛で、祭囃子、神楽、獅子舞、民俗芸能などで使われてきました。

見た目はとてもシンプルですが、実際に吹いてみるとなかなか奥が深い。最初は息を吹き込んでも「スーッ、ス~ツ」と空気が抜けるばかり😅 歌口に当てる息の角度や強さが少し違うだけで、なかなか音が出ません。

(篠笛コレクション)


でも、少しずつ稽古していくと簡単な曲が吹けるようになります。これがなかなか楽しい。笛は長い笛ほど音が低く、短い笛ほど高くなります。

  今日の篠笛の練習です ↓   ↓


まだまだ稽古中ですが、うまく吹くことだけが目的ではありません。ただの竹がこんなにも心地よい音を奏でるのかといつも感動してます。

次回は、篠笛との出会い。






9月15日、中々涼しくならない秋。日本人のほとんどがそうであるように基本私も無宗教です。小さい頃は地域で仏壇を拝み家族が亡くなった時はお寺に通い、自宅にも仏壇あるけど年末はクリスマス🎄を祝い、正月には神社⛩️に初詣。おまけに幼稚園はカトリック幼稚園でした(笑)



ここで、、実際の「神仏習合」が近場にあることを紹介します。

霧島岑神社には、神仏習合時代を物語る享保元年(1716年)の「仁王像」があります。そして、その約200年後、すでに神仏分離が行われた明治を越えて、大正5年(1916年)にも寺院関係者と思われる人々の名を刻んだ「灯籠」が神社の入口に建てられています。

霧島岑神社の鳥居をくぐり、表参道へ向かうと、その入口で待っているのは
「仁王様」です。

仁王像、つまり金剛力士像といえば、本来はお寺の門などに立ち、仏法を守る存在です。

ところが霧島岑神社では、口を開けた阿形と、口を閉じた吽形の二体が、今も参道の入口を守っています。
実はこれこそ、かつて日本で当たり前だった「神仏習合」の姿。

神と仏が同じ場所で祀られ、山では修験者たちが神にも仏にも祈る。それが何百年にもわたって続いた日本の信仰の姿。

霧島岑神社の仁王像は、享保元年(1716年)の建立とされており300年以上前から立ってるようです。しかも、この年は新燃岳が大噴火した時期。
現地の案内などでは、噴火による被害を受けた人々が、御山の鎮魂、災害からの復興、そして五穀豊穣などを願って奉納したものと伝えられています。
この土地に生きた人たちの切実な祈りの形なのかもしれません。

そして、霧島岑神社の入口でもう一つ、面白いものに気づきます。

浄信寺有志の名が刻まれた「灯籠」です。

浄信寺といえば、小林市真方にある浄土真宗本願寺派のお寺。

神社の入口に、お寺に関係する人たちの名前が残る灯籠。

この灯籠を見ると、昔の地域社会にとって、「神社の人」「寺の人」という境界は、私たちが思っているほど固いものではなかったのではないか。

同じ村に暮らし、同じ山を眺め、同じ田畑を耕し、災害が起これば一緒に復興を願う。信仰する寺があっても、地域の神社を大切にする。そんな暮らしが普通にあったのだと思います。

霧島六社権現という呼び方そのものにも、「権現」という仏教と神道が混ざり合った考え方。

現在の霧島岑神社に「仁王像」が残っていること、そして、その近くには「お寺に関係する人々の名を刻んだ灯籠」まで残っている。

今日も霧島岑神社の仁王様は、黙ったまま参道を守っています。


灯籠に刻まれた「浄信寺」の文字が、ますます気になってきますが、
この灯籠、いつ、誰が、どんな思いで霧島岑神社に建てたのだろう、、。【終わり】

次回は篠笛の話・・・