花のことに関して、僕は全くの無知だけど、音楽に関しては、職業柄、少しは多く語れる。
だけど、語りだすと止まらなくなることもあるので、やめとこう・・・と思ったけど、少しだけw。
現在でも、レギュラーでクラブDJをしたりして、音楽を通して僕以外の人々とコミュニケートしている。
その時に好んでプレイする音源は、「アンビエント」や「チルアウト」などと呼ばれるものが多い。
それらは、基本的にとても静かな音楽たちで、かつ僕は聴く人のイメージを限定したくないので
歌(声)が入っていないインストものをほとんど用いる。
DJ歴は15年くらいになるんだけど、最近はとくに“作為”を感じさせない曲を好んで選ぶようになった。
そうである音楽とそうでない音楽の違いを言葉で説明するのはとても難しいけど
前者は、「作家の心の奥にある音をそのまま音楽にしたもの」であり
後者は、「作家の外側にある音を集めて構築していったもの」と言ったらいいかもしれない。
無作為の音楽を突き詰めていくと、自然の中で鳴り続けている音であることに気づき
例えば、朝方に雨の音で目が覚めたときの窓の外から入ってくる音響にシビれたりする。
ただ、僕の好きなアーティストたちは、そういう無作為の音を“作為的”に手を入れ
“より無作為”に再構築したものを表現する。
今日の写真の花は、活け終わった花を花器に深く考えず、手を入れずに差し込んだもの。
とてもきれいだったので、そう伝えたら
「自然なものを自然なままに入れると、何故かとてもきれいなものになる。下手に鋏を入れると、それが台無しになってしまうのだけど、上手くやると、この状態の良い部分が際立ってきて、さらに美しくなる」
というようなことを言っていた。
「音楽」と「花」は、とても似ている部分があると思う。




