エッセネ派 (古代ユダヤの神業奉仕者)① | 瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

・キリスト降誕を準備した人々(エドガー・ケイシー・リーディング)

 

“…この聖なる方を正しく受け入れるために、地上においても、特別な方法で長い歳月をかけて準備がなされていた。ケイシーのリーディングによると、この準備の後半の焦点はエッセネ派とよばれたユダヤ人の宗教一派であった。この宗派は、イスラエルの他の宗教グループ同様、「帰依者、もしくは帰依者に準ずる人々」(1602-4)を持っていた。この宗派については、1947年にクムラン写本(死海写本ともいう)が初めて発見されて以来、一般人及び研究者の注目するところとなっている。というのも、これらの写本がエッセネ共同体の手によるものであると考えられているからだ。ケイシーのリーディングは、偶然にも、1936年に初めてクムラン共同体の存在を明らかにすると共に、その大まかな位置についても述べた。

 聖書に登場するヘブライの最後の預言者からイエスが誕生するまでの四百年間、イスラエルにはこれといった大きな霊的出来事はなかったと言われるが、リーディングはこのような意見に意義を唱える。リーディングの主張によると、このような意見からすれば、イエスとして知られるかの大いなる意識が地上に入る際にも、別に長い準備期間をかけて場所や環境を整える必要はないということになる、というのだ。しかし事実は逆で、エッセネ派というグループがあり、「その宗派の人々は、彼等に与えられた古(いにしえ)の約束を探求することに、その約束の為に、自らの人生を捧げ、身も心も捧げた」(262-61)のである。彼等の目的は救世主(メシア)の誕生の経路となるにふさわしい人物を育てることであった。ケイシーのリーディングによると、彼らエッセネ派の人々は、エリアの設立した預言者の学校の直系の霊統を継ぐ者たちであったということである。またこの預言者の学校は、ある意味でサムエルが始めたものであり、またサムエル自身はメルキゼデクの教えを継承するものであった。驚いたことに、リーディングによると、エッセネ派は(少なくともイエス誕生直前の期間はそうであった)「ユダヤ人であろうと非ユダヤ人であろうと同等にメンバーとして受け入れた…」(254-109)のである。後ほど分かると思うが、エッセネ派の人々は大きな国際的団体を持っていたといわれ、その当時の律法学者(ラビ)達からは異端視されていた(2067-11)。 ケイシーのリーディングによれば、エッセネ派の集会はすべて秘密裡に行われた(2067-11)。またエッセネ派は「多くの人々、特にパリサイ派のグループ」から反逆者とか過激分子のように見なされていた、という記述もある(1815-1)。”

 

    (リチャード・ヘンリー・ドラモント「エドガー・ケイシーのキリストの秘密」たま出版)

  

 

 (質問)「『エッセネ』という言葉の正確な意味は?」

 (回答)「『期待』である。」

 

 「その頃、すなわち、カルメル山・・・エリヤの時代、サムエルの時代に預言者養成所が初めて設立された所・・・で人々の指導者がますます増えていた頃、彼らはエッセネ人(びと)と呼ばれていた。彼らは、汝らが占星術、数秘学、骨相学と称する学問や、人間の回帰・・・すなわち霊魂の肉体への顕現(転生)・・・に関する学問の諸分野を研究していた。当時それらの研究は、ある「期間」がいくつか集まって一つの周期(サイクル)を形成しているというかつての主張に、もろもろの根拠を提供していた。また、それらの学問は、かつてアレストール、エノス(セツの息子)、マティアノス、ユダによって研究されたものであり、また当時・・・彼らの言葉を使えば・・・「研修所」を監督または指導する立場にあった人々の学問の内容をなしていた。今名前をあげた人々は他の指導者たちからは迫害された。その原因は『サドカイ人(びと)たち』の解釈・・・すなわち『復活はない』とか『霊魂の肉体における顕現はない』とかいう考え方・・・にあった。それが、当時『サドカイ人たち』が主張していたことの内容であった。」

 

 「そしてまた、かのもろもろの告知があった・・・すなわち、昔の賢人たちから代々受け継がれ、また繰り返し体験されてきたことの接近を告げる、主の御使いのお告げが。こうした告知は・・・常に身近にいた人々の確信するところによれば・・・無原罪懐胎によって生を享けたとされる人(マリア)を〔ヨセフが〕連れ合いとして選ぶときに訪れた(マタイ伝1-18〜24)ため、聖母の準備に皆の注意を集める役割を果たすこととなった。」

 

 「そして祭司ザカリアが啞となった頃(ルカ伝1-20、22)また彼が彼と同じ宗派の人々の聞いている所でそのことを繰り返し主張したために殺害された(マタイ伝23-35、ルカ伝11-51)頃、こうした告知は、婚礼に必要な準備や御子降誕の準備、さらには御子の(肉体的)保護に係わる諸活動・・・すなわち、エジプト逃避行・・・の準備を促す、さまざまな気遣いを生むのに役立った。」

 

    (グレン・D・キドラー「エドガー・ケイシーの死海写本 リーディングの実証」たま出版)