カリキュラムが一通り終わった年末。
家に帰ったら、息子が生活を改める、昼までには起きると言い出した。
それは、年明けも続き、始業式から登校した!
いや、1日は行けるけど、続くかなと思っていたら、遅刻しながらも毎日登校。
私の心は天使の羽をつけたようにふわふわ。
あくまでも個人の体験です、を自分が体験してしまった。
こんなことあるんだ!心の中で叫びまくっていた。
カウンセラーに伝えたら、私が変わったことが伝わっていると言われた。確かに息子は敏感だ。
私が過去影で言い続けていた息子への悪口と同じことを息子の口から自虐でそっくりそのまま言っていた。驚いた。
それくらい、息子には伝わってしまうと感じた。
クリニックでは、息子が不登校になったのは、全部親のせいと言われた。親が心配するのが伝わって、子どもが揺れてしまう。親に心配する気持ちは伝わるスピードが早い。
子どもの記憶を作っているのは、子育てしている親。子どもはその記憶でフィルムを作り、スクリーンに映し出している。スクリーンが起こっている現象。
今息子のスクリーンに映っているものが悪いと思われるもので、それを作っているのはそもそも記憶で、それは親が作ったものだから、親の責任だと言うこと。
でも、それは親責めているわけではなく、今までのやり方で自分が苦しんでいるんだったら、今すぐ変わりましょう、とのこと。
フィルムを書き換えればスクリーンに映るものも変わる、フィルムは書き換えられる、と言ったことで。
言うのは簡単だが、どうすればいいか。これも必殺・アウトプット!
過去の嫌な思い出と徹底的に向き合って、もしそれが必然的に起こったとしたら、なぜそうだったのかをひたすら書く。そうすると、これで良かった、嫌だと思っていた出来事も必然だった、となり、嫌な思い出でなくなってしまう。あら不思議。
これが過去は変えられる、フィルムを変えられるということだ。
結局、物事は自分の捉え方次第でどうにでもなるいうことが身にしみて分かった。
「心は厄介なものだが、自由自在でもある」
学校の話に戻ると、不登校だった4カ月間、何回か登校しては断念してを繰り返した。期末テストのときには、踏ん張って2日登校した。
そのときに先生からコロナの休み制度とか使ってるので、出席日数はまだ大丈夫。成績も1学期に頑張った貯金があるから、単位は大丈夫と言われていた。
いろんな風向きが追い風になっていた。