赤は赤のまま活かす!子育て15年でやっと気づいた大切なこと -13ページ目

赤は赤のまま活かす!子育て15年でやっと気づいた大切なこと

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候」
息子が不登校から引きこもりに。まさになぜ家の子が!
そうなってやっと気づいた自分の捉えの歪み。息子の引きこもりを受け入れ、その時自分ができることを一生懸命やるしかない、と過ごしてます。

息子は、もうあんなつらい思いをしたくないと、以前に増して勉強も遊びも頑張り、何に対しても意欲的で楽しそう。
高校に進級して新しい部活に入り、夏休みも部活に行っていた。

親はそんな子どもの姿が大好物。
大抵の親はそうだと思う。
キラキラしていたなー!
キラキラ、生き生き、私の大好物の姿を外ではしてくれていた。

ただ、家では相変わらずピリピリしていて、何に関しても文句を言い、妹を罵倒して泣かせる。私ともぶつかり合うこともあり、腫れ物に触るように相変わらず言いたいことも言えないポイズン状態。
それで私の心は疲弊し 、夫は私・娘と息子が別に暮らすことを提案するくらい。

私は仕事で管理職になり、担当が増えていた上に、世の中の動きと私の担当ががっつり被り、かなり忙しくなっていて。

家事は夫がかなり分担していたものの、食材やバランスのとれた食事にこだわり、その部分の手を抜けず、仕事・子育て・こだわりの食事作りで時間も頭も心もパッツンパッツン。

これは自分が壊れるな、と思い、悩んだ挙げ句、やはり子育てと家事をとろうと思い、長年続けた仕事を辞めた。

長年背中に張り付いて離れなかったこなきじじい的などものがスッとなくなり、軽々したカラダで優雅な専業主婦生活をずっと送れるものと思っていた。

が、そんなに甘くは、全く甘くはなかった。まだ序章。

今なら分かる。息子のキラキラは不器用な息子をかなり消耗させていたこと、親が良いと思う生き方通りに生きようとしていたこと。
私は息子が消耗してまでがんばっていたことに気づかず、自分のことばかり。息子の悪口ばかり言って、息子が早く家を出てくれて、早く楽になりたいとばかり考えていた。
息子が元気にハツラツとしていることが普通だと思っていた。

それが間違いだった。
今では分かる、息子が私たちに縁を持って産まれてきてくれたこと、それ自体が「有り難い=あるのが難しい=奇跡」なこと、その上、体と心が元気でいてくれるなんて、全く普通じゃないこと。
それが昔から分かっていたら、きっと現在地はだいぶ変わっていたんだろうなと思う。