シャトル発射は『水で消音』
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スペースシャトル「エンデバー」の打ち上げ
準備が行なわれている第39A発射台。
高さ88メートルのタワーから水が降り注いで
いる(4月28日撮影)。
タワーの上部には約100万リットルの水が
蓄えられており、打ち上げ時は騒音を抑える
ための放水が行なわれる。
エンデバーは4月29日に国際宇宙ステーション
(ISS)へ向けて打ち上げられる予定だった。
しかし、補助動力装置の1つで電気トラブルが
発生したため、NASAは打ち上げを5月中旬に
延期した。
Photograph courtesy Bill Ingalls, NASA
スペースシップ2-Virgin Galactic、初フェザー飛行
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ヴァージン・ギャラクティック社は米国時間
2011年5月4日、同社宇宙船「スペースシップ2
(VSSエンタープライズ)」が、羽根付き形態“
フェザーモード”での飛行試験に成功したと
発表した。
スペースシップ2は、スペースシャトルと
同様に、滑空しながら地球の大気圏に再突入
する。
シャトルと異なるのは、尾部を機体から65度
上方へ回転させる点だ。
この形態がバドミントンの羽根のような空気
抵抗を生み、それによって機体の減速と摩擦熱
の低減が可能となる。
Photograph courtesy Virgin Galactic/Clay Center Observatory
ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト
5月2日〜5月8日に投稿したなう
京阪電鉄
のポスターですか
RN:ゆきのふみを 「青海波、、好きなシェイプですが インパクトのある形で、、、、それなのに全体として優しいイメージのある美しいポスタァになってますね!! 」常宿はPan Pacific(Ocean View高層階)、到着日の夕食は近場のボート・キー、ニュートンサーカスで、ロブスターを肴にビール
を飲んだ後、禁断のドリアンを食べながら歩き、ラッフルズの、シンガポールスリングで〆ます 

ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト
ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト三陸大津波の教訓、静かに伝えていた石碑たち
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【5月9日 AFP】風化した石碑に刻まれた大津波
の教訓が、リアス式海岸に住む人々に先人の
警告を静かに伝えていた。
岩手県・重茂半島、姉吉地区の住民は3月11日、
東北大震災による巨大津波が高台の下の漁港
を襲った時に自分たちが難を逃れたのは、中腹
の林の中に建つ石碑のおかげだと思っている。
「高き住居は児孫の和楽」――高台にある家は
子孫に平和と幸福をもたらす、と記された碑は、
太平洋に面するリアス式の三陸海岸で数千人
の死者を出した1933年(昭和8年)の昭和三陸
大津波の後に建てられた。
碑の文句は「想へ惨禍の大津浪(大津波の災い
を忘れるな)此処より下に家を建てるな」と続く。
姉吉はさかのぼって1896年(明治29年)にも
明治三陸大津波に襲われている。
明治の大津波では2人、昭和の大津波では4人
しか生き残らなかった。昭和三陸大津波の後、
この小さな集落は石碑が建つ位置よりも高台に
再建された。
代々、海草や貝を育てて生計を立ててきた漁村
の人びとが、以降は碑よりも高い場所に住んで
きた。
このふたつの津波を引き起こしたのは、どちら
も沖合を震源とするマグニチュード(M)8.0よりも
強い地震だったが、それでもM9.0だった東北地方
太平洋沖地震に比べれば地震の規模は小さかった。
今回の津波で姉吉では、海水が狭い入り江に一気
に入り込み、日本で過去例を見ない最高39メートル
の高さにまで水がせり上がった。
人口過密気味の日本にあって、多くの人びとが
海にさらされた沿岸部に住むことは避けられないが、
現在わずか11世帯の姉吉地区は、先人の警告に
従うことができた。
代々住んできたマエカワケイさん(40)は、こういう
小さな教えを守りながら共に暮らしていくことが、
姉吉のような小さな集落にできる唯一のことだろう
と語った。
■想像を越えた巨大津波
しかし、壊滅的な被害を受けたこの沿岸には、
想像を絶する高さに至った津波によって、過去の
津波の恐ろしさを戒める石碑さえもが破壊されて
しまったところもある。
同じ岩手県の大槌町。ササキイサオさん(73)
が経営する料亭の前に並んでいた明治、昭和の
三陸大津波の碑は、今回の津波でがれきとなっ
てしまった。
ササキさんも子どもの頃から津波がどれほど
恐ろしいものかを聞かされて育った。
流されないようにと、着物の帯で家の柱に自分を
くくりつけた人たちの話や、近所の池に多くの遺体
が折り重なっていたことなど・・・。
ササキさんの妹のコヤマセツコさん(63)は、地震
があるたびにみんなが走って、近くの井戸の中を
のぞきに行っていたのを憶えている。
井戸の水位が下がっていればそれは津波の予兆
だからだ。
言い伝えや先人の知恵があった漁業の町、
大槌でさえ今回、住民1万5000人のうちの1割以上
が亡くなった。
津波がどれだけ恐ろしいものかはみんな分かって
いたが、これだけの巨大津波が来ることは想像して
いなかったとササキさんは言う。
お年寄りを助けようとした人や、自分の子どもを探し
に行った人たちほど逃げ遅れ、津波に巻き込まれた。
しかし、高台から静かな海を見下ろす姉吉の集落
でも今回の地震で悲劇は起きた。
地震の直後、車で学校へ子ども3人を迎えに行った
30代の女性は、帰りに海沿いの道を使い、親子とも
ども巨大な波に押し流された。
亡くなった女性の親族の男性は、石碑が姉吉地区
を救ったことが有名にはなったが、明るい面ばかり
ではないとうつむく。
30人の集落で4人の住民が亡くなった
─―石碑の知恵を喜んで語るわけにはいかないと
男性は語った。
(c)AFP/Harumi Ozawa




















(OA 1984年4月6日) RN:しのはら実加 「花園神社は魔界と都会の境界線 」



























