プチ・パレ(Petit Palais)美術館(Geneve)

昨年、開催された「こども展」
(森アーツギャラリー他)で展示された作品の一つ、
「トランペットを吹くアコ」。
モーリス・ドニ(Maurice Denis)作
-1870年11月25日グランヴィル - 1943年11月13日パリ
(解説:こども展から)
ナビ派の中でも、ボナール、ヴュイヤール、
ドニは「アンチミスト」(親密派)とも呼ばれる
ように、親しみやすい日常の光景、特に室内画を
得意とし、子どもの絵も数多く残している。
子煩悩として知られ、2度の結婚で10人近い子どもの
父親でもあった。

プチ・パレ(Petit Palais)美術館で見た
(たぶん)ピカソの絵を思い出しました。

つい、写真を額縁に収納して並べてみました。
お詫びに、Petit Palais美術館(Geneve)で
見た、こどもを題材にした絵を、2点、紹介します。

上の絵の画家は不明ですが、下は藤田嗣治の
作品です。
P.S.
Petit Palais美術館(Geneve)は、パリ(Paris)
にもあります。

チベット高原でヤク(Gyak)の生息地が変動

チベット高原に集う野生のヤク。
(Photograph by J. Berger, WCS)
雪が減少し、水を求めるメスが急峻な生息地に
追いやられている!!
2015.03.09

チベット高原には、世界最大規模の野生のヤク
(学名:Bos mutus)の個体群が生息している。
長い角を持つこの黒いウシ科の動物は、これまで
100年以上、密猟や生息地の消失、家畜や人との
競合に追いやられてきた。
国際自然保護連合(IUCN)の正式な推計によると、
現在野生のヤクは世界中で1万頭ほどしかおらず、
絶滅危惧種に指定されている。
ところが今、さらに追い打ちをかける事態が発生
している。
気候変動だ。チベット高原では、世界のほかの
地域のおよそ2倍ものスピードで気温が上昇しており、
同時に降水パターンが変化し、ヤクが水分補給する
のに欠かせない雪の量が減少している。
研究者らは、2006年と2012年の冬に
標高1万5千フィート(4800メートル)の高地で、
ヤクのオスとメスがどのように気候変動の影響に
対処しているかを調査、
先週『Scientific Reports』誌に報告した。
「気候変動を研究する人々は、動物たちがいつ、
どこへ移動するかに注目しますが、その移動の
潜在的なメカニズムを研究する人はほとんどいません。
われわれはオスとメス両方に着目し、どちらが影響を
受けやすいかという疑問を持ちました」と、論文の
筆頭著者で野生生物保護協会(WCS)の上級研究員
であるジョエル・バーガーは語る。
その答えはずばり、「メス」である。
研究者はヤクの個体数と氷河との接近度を調査、
メスはオスに比べて20倍近い頻度で雪塊の近くで
見つかることがわかった。
それはおそらく、メスが冬の間に乳を分泌し、乳を
出すためには雪塊から多くの水分を補う必要がある
からだろうと、モンタナ大学の教授で
ナショナル ジオグラフィック協会の支援研究者でも
あるバーガーは説明する。
つまり母親は、より急峻で危険な山々の斜面を
登るなど、気候変動に順応するためにより遠くへ
足を延ばさなくてはならないのだろう。
急勾配での暮らし
研究チームはまた、メスのヤクが急な斜面で
見つかる比率がすでに高まっていることも報告した。
この報告には1850年から1925年の間に59回行われた
チベット高原への国際遠征のデータを活用した。
密猟が急増する1930年代より前に、ヤクがどの
ような行動をとっていたかがわかる。
オスとメスは通常繁殖期にだけ群れをなすが、
過去にはチベット高原一帯の谷間や平地、山腹で
群れを点々と見ることができた。
だが、現代ではメスは標高の高い所で見つかる
ようになった。
かつて密猟が横行し、平地で草を食べることが
危険だったことが後遺症のように響いているのでは、
とバーガーは推察する。
「他の動物でも同じことが確認されています」と
バーガーは話す。
「ゾウは特に顕著で、密猟から数十年経っても、
狩りの歴史的な記憶を持っています」 。
なぜメスだけが高い所にすむようになったのか、
その理由はまだわかっていない。
もしかするとかつてはオスも急斜面で過ごすことが
多かったが、従来の行動にいち早く戻った可能性が
ある。
文=Jason Bittel/訳=益永依子
ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト
3月2日〜3月8日に投稿したなう
RT @daisuke_okb: SPACE Times 紙が更新されました ! http://t.co/UHKoB5JmmO おかげで @itsumono_hito @vol_de_nuit18 @ehky9qe2
3/8 9:14
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40億年前、火星に深さ1.6kmの海 NASA

NASAの火星探査機バイキング1号オービターが
撮影した写真では、火星の薄い大気が確認できる。
火星が形成された当初は、火星の水に含まれる
水素と重水素の比率は地球の水と同じだったが、
軽い水素は徐々に宇宙空間に逃げ出していって
しまった。(PHOTOGRAPH BY NASA)
高性能望遠鏡を使った観測により、40億年前の
火星には深さ1600m以上の海があり、その表面
のかなりの部分を覆っていたことが、3月5日付
の科学誌『Science』に報告された研究結果で
明らかになった。
川底にあった小石、古代の海岸線、河口の三角州、
水中で形成された鉱物など、火星の表面に水が存在
していたことを示唆する痕跡はこれまでにも多数
見つかっている。
今回も、火星にかつて大量の水があったとする推測
を強く裏づけるものだった。
火星大気の組成を分析
今回の証拠は、火星の大気中に残っている水蒸気
の分析から得られた。
NASAのゴダード宇宙飛行センターの科学者ジェロニモ
・ビラヌエバが率いるチームは、火星の表面で反射
して大気中を通り抜けてくる太陽光を測定して、
大気中の水蒸気の化学組成を明らかにした。
水は水素と酸素からできているが、火星でも地球
でも水素の安定同位体は2種類ある。
1つは原子核が陽子1個からできているふつうの水素
(軽水素)で、もう1つは陽子1個と中性子1個から
できている重水素だ。
火星が形成された当初は、火星の水に含まれる
水素と重水素の比率は地球の水と同じだった。
しかし、重力が小さい火星では、大気中の軽い水素
が徐々に宇宙空間に逃げ出していってしまうので、
今日では、火星の水に含まれる重水素の割合は地球
の水の7倍にもなっている。
ビラヌエバらは、この差が生じる原因となった、
水素の逃げ出し速度を見積もることで、かつて火星
に存在していた水の量を計算することができた。
計算の結果、水の量は非常に多く、一様な深さで
火星表面を覆っていたとしたら、その深さは約137m
になると推定された。
けれどもビラヌエバは、実際には「全体に標高が
かなり低い北半球に海ができていたと考えられます」
と言う。
水はもっと多かった?
米ペンシルベニア州立大学の惑星科学者ジェームズ
・キャスティングは、彼らが得た結果は信用できるが、
かつて火星の表面にたまっていた水の量の最小値で
しかないかもしれないと指摘する。
「私は、もっとずっと多かったと考えています」
キャスティングが2014年に共著者として発表した
論文では、火星の初期の大気は重水素の比率が異常に
高く、その大半がふつうの水素とともに宇宙空間に
逃げ出してしまったと推測している。そうだとすると、
今日の水素と重水素の比率に基づく計算は不正確と
いうことになってしまうのだ。
いずれにせよ、かつて火星に大量の水が存在して
いて、その水のほとんどが今日の極冠のような氷では
なく液体の形で存在していたこと、すなわち、当時の
火星が今日よりはるかに温暖だったことを示唆する
証拠がどんどん蓄積してきている。
古代の火星が生物の生存に適した化学的環境であった
ことも分かってきたことから、火星に生命が存在して
いた可能性がいっそう強まったと言える。
文=Michael D. Lemonick/訳=三枝小夜子
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