「シルバーウィークなんて関係ねぇ。演奏会レパ歌うのみ」
 北のふるさと
 春
 はるかな森
 青空は清く
 おどり
 野苺
 あゝ麗しきベルメランド
 祈り
 眠りの精
 ああ、大いなる王よ~ヨハネ受難曲より~
 神の栄光
 アメリアの遺言
 風よ伝えてよ
 荒城の月
 ふるさと
 富士の山
 フィンランディア
 Solfanfare!


この練習を入れて、残すところ、このレパを歌うのは本番入れて5回。
まだよく歌えていないところもあるけど、全体には段々良くなってきたあるよ。

この演奏会の練習に臨んで、ま、とにかく沢山声に出して歌うことが一番大事だから、拙としては、そもそもあんまりグダグダ言う時間もないんだけど、それ以上にね、とにかく出来るだけ、ああしろ、こうしろって、言わないように心掛けているあるよ。
特に、具体的な指示は出来るだけしないようにね。
カッコよく言えば、拙は指揮だけを通じて、最小限の方法で音楽的に最大限にしゃべる様にしたい。
それも、その指揮自体が出来るだけおしゃべりにならないようにしたい。
これ、どういうことかというと、例えば「北欧の歌」だけど…
北欧はこういう所で、だから、これはこういう歌でって言うような説明ね、勿論その曲の背景とか大事じゃあるけどさ、物凄く乱暴に言うと、それは旅行に行ったときに、ツアーコンダクターが、旅行のガイドブックみたいなことをつぶさに聞かせたり、事前に写真や動画を見せるのに似ていてさ、実際に北欧の町や風景を自分で眺めるのに、予備知識として便利じゃあるけど、でもそういう情報って逆に言うと邪魔になることない?
むしろ、あまりそういう知識や説明なしの旅行の方が、自分の目や記憶に焼き付いたり、驚きがあったり、感動したりっていうかね。
音楽も、もしかしたら同じようなところがあんじゃないかと最近思いましてね。
あんまり説明しすぎるのもダメなんじゃないかと。
例えば、もし拙がツアコンで、実は次の角を曲がると驚きの風景があるって時に、何となくみんながあたかも自分の意思で歩いて、その角を曲がって自分でその風景を発見したように感じさせられるように導けたら、素晴らしいと思うんだよね。
そういう風に音楽も指揮できたら良いなと最近思うわけですよ。
小澤征爾さんが、カラヤンの言葉を引用して「指揮者はinviteせよ」というのは、こういう意味もあるんじゃないかと思うわけです。

てことで、ま、中々そんなに上手くはいかないんだけど、拙なりに今度の演奏会に向けて勝手に楽しんでいるという事でありんす。

さて、残りの練習はあと2回。
ボチボチ参加費を集めてます。
Tシャツは10月4日の練習で配れる予定。
26日までに値段がわかったらお知らせします。
それから、打ち上げの出欠も伺います。
ご家族、ご友人などもお連れ戴いて結構ですが、大学生以上は一律3,000円位になると思いますんで、宜しくです。