それから、他愛のない話をしながら三人でカレーを食べ進めた。
でも、お父さんは食べ切るのがすごく早かった。



「ごちそうさま。理佐、いつもありがとな。ご飯作ってくれて」



食べ終わって何を言うのかと思えば、そんな事を言うものだから、恥ずかしくなる。
そして、ふと隣の由依を見れば、まだ半分以上カレーが残っていた。

私の視線を追って、お父さんも由依を見る。

勿論の事だけど、私達二人からの視線を浴びた由依は食べる手を止めて、目を丸くする。



「あぁ、ごめんな。由依ちゃんは食べるのがゆっくりなんだと思ってな」

「あ…はい…。ごめんなさい…」

「いや、悪い事じゃないんだ。気にしないで、ゆっくり食べていったらいいよ」



お父さんは大きな手で由依の頭を撫でて、優しく微笑んだ。
そんなお父さんに釣られて、由依も小さく笑顔を見せる。



「それにしても、理佐が友達を連れて来るのも珍しいな?」

「そうかな?」

「そうだぞ。よし、記念だ。母さんにも報告したいしな」



お父さんはそう言って立ち上がると、自室へと入っていく。
すぐに戻って来れば、その手に握られていたのはインスタントカメラだった。



「え、写真撮るの?」

「ん?駄目か?」

「いや…私は良いけど…」



チラリと由依の方を向けば、首を傾げた。
たぶん、分かってないのだと思う。



「由依、お父さんが、私と由依の写真を撮りたいって言ってるんだけど、良い?」

「え、私も?」

「そう。私と由依のツーショットが良いんだって」

「あ…う、うん。大丈夫だけど…」



やっぱり由依は理解してなかった。

それでも、案外すんなりと了承してくれた所を見ると、少しは私にも心を開いてくれているのかな?


私と由依の会話を聞いていたお父さんが、ニッコリと笑うと釣られて由依も小さく笑う。
そんな由依の自然な笑顔を見られた事が嬉しくて、私の顔からも自然と笑みが溢れる。



「よし、撮るぞー?」



お父さんはそう言うと、私達の反応を見る事もなく、シャッターを押した。

不意な事に、私も由依も驚いた。
由依に至っては目を丸くさせたまま、しばらく固まってしまっていた。



「ちょっと、お父さん。まだ準備出来てなかったのに…」

「いや、でも二人とも良い笑顔だったぞ?」



確かに由依は笑っていたけど、私、ちゃんと笑えてたのかな?

お父さんは満足気にインスタントカメラを手に、自室へと戻っていった。



「…もう。ごめんね、由依?」

「ううん、大丈夫。理佐のお父さんって、面白い人だね」

「結構、自由奔放な人だからね」

「ふふ、理佐がしっかりしてるのも分かる気がする」



そんな話をしていれば、由依がカレーを食べ終えた。



「ごちそうさま」

「全部食べ切れたね。由依って、もっと少食なのかと思ったよ」

「うーん…普段はもう少し食べないかな…」

「ごめん、無理させちゃったかな?」

「ううん。理佐の作ってくれたご飯、すごく美味しかった。だから、ありがとう」



私が作ったのはただのカレー。

それなのに、由依が本当に嬉しそうにお礼を述べてくるものだから、目頭が熱くなった。

零れ落ちそうになる涙を堪える為に、由依に背中を向けて、洗い物をする。



「大袈裟だよ、由依」

「そうかな…?」



声が震えてしまった事は、水の音に上手い事掻き消されていたのかも知れない。


洗い物を済ませて、由依の方へと向けば、また家の中を見回していた。



「どうしたの?」

「あ、ううん。何でもない…」



「何でもない」という割には、由依は何処か落ち着かない様子だった。

由依は未だに、遠慮がちに視線だけを泳がせていた。
まるで、何かを探している様に見えた。

お互いに言葉を発さずに居ると、私の携帯電話にメッセージの着信を告げる短いメロディが流れた。


差出人は、梨加さんだった。

今朝のメッセージの返信が、今になって届いた。



『その事を、由依ちゃんに問い詰めないで欲しい。じゃないと、由依ちゃんを苦しめちゃうだけだから…』



梨加さんにそう言われて、何と返せば良いのか分からなかった。

考えていた所為で、眉間に皺が寄って、かなり難しい顔をしてしまっていたと思う。



「…理佐…?」

「あ…ご、ごめん…。何か言った?」



由依は首を小さく左右に振ってから、ゆっくりと立ち上がった。
そして、何やら小さな紙切れを差し出される。



「今日のお礼、書いてあるから。おじさんにも読んで欲しいかな…」



頬を赤らめながらそう言えば、由依は鞄を肩に掛ける。

帰ろうとする由依を見て、時刻を確認すれば、十九時を過ぎた所だった。



「由依、送って行くよ」

「ううん、大丈夫。理佐、ご飯、本当に美味しかった。ありがとう」



玄関で靴を履く由依に送って行く事を断られた。
由依は振り返って、もう一度ご飯のお礼をしてきた。
そんなに何度も言わなくてもいいのにと思いつつも、何処までも律儀な子だなと感じた。



「またね、理佐」

「気を付けてね?」



由依は微笑むと、背中を向けて歩き出した。

その背中が、どうしてか小さく感じられた。
そして、どうしてか、私の胸は小さく騒ついていた。



この胸の騒つきが現実に起こらない事を祈っていた。


でも、魔の手はすぐそこまで差し迫っていたなんて、分からなかった。