獅子文六『てんやわんや』。
「戦争反対」が真正面から訴えられている作品、戦地の悲惨さを描いて、読者に「戦争反対」を考えさせる作品。これまでに、こういう作品をいくつも読んできたし、そのたびに私も「だから戦争は嫌」とか「戦争は百害あって一利なし」とか強烈に思いしらされてきたが、これは全く違うタイプの反戦文学作品だと感じた。
ただしこれは、やっぱりユーモア小説であり、決して反戦文学の範疇には入れられないだろう、と思うけど、一般的には。
主人公・犬丸順吉。もう、この名前を見ただけで笑えるが、まさしくこの名の通り、彼は気が小さくて臆病で、特段取り柄もなさそうな平凡男。
彼が、太平洋戦争の後、恩のある(←と思って、今まで仕えてきた)社長が戦犯になるかもしれず、その流れで自分にも咎めが来るかもしれず、そんな中、訳の分からない重要証拠品(←と思わせられた)を託されて、四国の田舎に身を隠すことになる。
ところがこの田舎、まるで桃源郷だった。
自然は豊かだし、人々は丸く疑うことを知らず、食べ物は不自由しないし、その上、順吉は地元一の名士の食客として、信じられないようなもてなしの日々を送ることになる。
その名士すら、権力や富を振りかざすことなく、なんとも素朴で朴訥ないい人なのだ。
この地では、あの戦争の影はみじんも感じられない。だが、順吉には、ときどきあの戦争の恐怖がよみがえる一瞬がある。
そう、その一瞬が絶妙なのである。
笑いながら読んでいる最中に、読者の私も、だから戦争はしてはいけないと一瞬、刺さるのである。
後半、順吉が親しくしているメンバーが「四国だけで独立する」と真剣に言い出す。一見、奇想天外なその主義も、決して侮れない。読んでいる私も、完全にオルグされてしまった。こんな世界が実現したら、どんなにいいだろう。っていうか、実現できそうじゃん、四国独立……などと、いちいち納得しながら、やっぱり人はこうして生きなくっちゃ、戦争なんて、誰一人得しやしない、と思ってしまうのである。
『てんやわんや』は、1948年から1949年にかけて毎日新聞に掲載された作品。80年近く前に発表されたものだが、今、読んでも、全然古くささを感じない。いろいろ言ったって、人の本質は変わってないからだろうな。笑えるし。笑いながら、戦争はしてはならない、と思うし。そういう意味で、あえて反戦文学だというのが私の率直な感想。
こんな日に 戻りたいでも 戻れない
鞠子