新聞の一面広告に、
「新しい年は食宅便とおいしく、健やかな毎日を」
と大書きされていた。
パッと見、私は大腸の薬の広告だと思った。
こんなにでかでかと、排泄物を全面に出すとは、チャレンジャーやなあ、とまで思ったのである。
だが、よくよく考えれば、食宅便の「便」は、benではなくbinだ。
もしもbenだったら、意味が全く通らない。「食宅便」なる「便」など、聞いたことがない。
なのに、瞬間読み違えたのは、「おいしく」と「健やかな毎日」のせいだ。
とっさに「快食快便」を連想したからだ。
おまけに運悪く、直前に読んだページが「浅い眠り、日々の不安感、カギは腸だった!?」なるキャッチコピーの全面広告だった。
それも後押しし、「食宅便」を「軟便」や「血便」と同類に見てしまった。
思わず一人でワロてしまったが、実際、こういうことは度々ある。
新聞とか小説とか、しっかり読んでいるつもりでも、前後の語句や写真、イラストにつられて早合点してしまうということ。
仕事上の書類でも、ままある。
それでミスをしては元も子もないが、一方で、何も連想しないとしたら、おそらく文は読めず、理解もできないはずだ。
一瞬で連想することと熟読して理解することは、微妙なバランスの上に成り立っている。
どちらが欠けても、発信者の意図は十分に伝わらないと思う。
ちなみに、「新しい年は食宅便とおいしく、健やかな毎日を」は、料理のサブスク広告だった。
人間は 筒一本で できている
鞠子