我が家から車で5分程度のところにある国道沿いに、何とかの証人という新興宗教の建物がある。
何10年か前、この建物が建築中のころ、若い男女の職人が大勢出入りし、かつ彼ら・彼女らとも、動きがまるで素人みたいだったため、大学の建築科の学生のための「実習場」かと思っていたのだが、違っていた。
出来上がった建物を見て、納得した。
彼ら・彼女らはボランティア、いや、むしろ宗教活動の一部だったに違いない。
今日、たまたまそこを通りかかったとき、中から若い男性が4人出てきた。
全員、カッターシャツにかっちりネクタイをしめていた。
この暑いのに。
いまや、私のまわりにいるサラリーマンは、誰一人としてネクタイなどしめてないのに。
それだけではない。
彼ら全員、いかにも晴れやかな清々しい笑顔で談笑していた。
その後、若い女性が2人、出てきた。
彼女らも、スカートにブラウスという丁寧な身なりで、きちんとしたローヒールをはいていた。
そしてやっぱり、晴れやかな笑顔だった。
この建物から出てくる人たちは、老若男女を問わず、いつもきちんとした格好で穏やかな表情をしている。
短パン、Tシャツ、素足、サンダルなんて人は見たことがない。
金髪やらピアスやら、もちろんタトゥーなんか無縁の人たちばかりのようだ。
乱暴にまとめれば、全員「絵に描いたような優等生」。
誰が何を信じようと勝手だし、それで心の安寧が得られるならハタがどうこう言う筋合いではないが、彼ら・彼女らは「本当に幸せ」なんだろうか。
あの晴れやかな笑顔は「本物」なんだろうか。
ネクタイを締めた形にアセモなんかできたりしないだろうか。
せっかくの日曜日、海や山やディズニーランドで遊びたいと思わないのだろうか。
だから、誰が何を信じようと私は一向に構わない。
だけど私自身には、絶対ムリ。
そんな私は、彼ら・彼女らからすれば、「不幸な人」に見えるのだろうか。
今日の日を 愉快に過ごす 明日もまた
鞠子