生まれて初めて高層マンションに引っ越した。
1日目から、それをひどく後悔した。
見晴らしはとてもいいのだが、地面の感覚がない。外へ出るまで時間がかかるためつい面倒になり、特に歩行に難がある母は、この部屋に閉じこもったままになるに違いない。
対面にも高層マンションがある。
同じ高さの部屋は水槽で、大小様々な美しい魚が何匹も悠々と泳いでいるのが見えた。
私は1階で行われる集会に出なくてはならない。
母を置いて、エレベーターで1階まで下りた。
ものすごくたくさんの人が集まっているため、司会者が何を話しているのか全然聞こえない。なのにどこからか、誰かが「鞠子さん、鞠子さん」と呼んでいる。キョロキョロしてみたが、声の主が見つけられない。だが、執拗に呼ぶので懸命に探したら、何とそれは司会者の隣に立っているニシマツさんだった。
私はかつてニシマツさんを少なからず想っていたことがある。
それなのに、ニシマツさんを見ても大して嬉しさを感じなかった。
それどころか、「面倒なところで会っちゃったなあ」と微妙に不愉快だったのである。
だが、ニシマツさんと私は、当たり前のごとく2人で人だかりを抜け出し、町中をぶらぶら歩いた。
私は手に持っていた多量の和菓子をニシマツさんにあげた。
しばらくして喫煙所に入ったのだが、そこには小学生から老人まで、彼の部下が何十人もいて、彼は私のあげた和菓子を、私に断ることもなく全部部下に分け与えてしまった。
私はニシマツさんに「飲みに行こう」と言った。
ニシマツさんが「うん」と言ったので、私はそこでニシマツさんと別れ、高層マンションに戻った。
ドアを開け、母の姿を見たとき、やっぱりこの引っ越しは間違いだったと確信した。
ここに住んでいたら、母は一生部屋を出ないに決まっている。明日、普通の一軒家を探しに行かなければならないと思うと、全く面倒なことになってしまったものだとうんざりした。
それよりなにより、これから着替えてニシマツさんと飲みに行かなければならない。
それもまた、なんとも面倒で気が重い。
ニシマツさんが「いや、行かない」とさえ言ってくれればこんな不愉快を感じなくてもすんだのに、と、ニシマツさんが恨めしくてならなかった。
···という久しぶりにリアルな夢を見た。
それにしても、笑っちゃうほど身勝手な私。
ところでニシマツさん、元気ですか。
コロナさえなければ、ニシマツさんとヤマダさんと私で定期的に飲みに行っていたはずでしたよね。
夢くらい 優しい女〈ひと〉で いたいのに
鞠子