ナミダのクッキングNo.2832 | 鞠子のブログ『ナミダのクッキング』

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今日、ちょっぴり悲しかったこと…

毎日愚痴っていても仕方がないので、今日は久々南朋ネタを。

 

「男の家政婦?!」「キャリアウーマンの生き方」等、いろんな意味で話題になっているTBSドラマ『私の家政婦ナギサさん』。

私の場合、観てる理由は言うまでもなく「大森南朋サマが出演しているから」なんだけど。

 

『ハゲタカ』以来、南朋サマ出演作品は、テレビ・映画・舞台ともに様々観てきた。

きっかけとなった『ハゲタカ』があまりにすごすぎて、そこで南朋サマ演じる鷲津政彦にとことんはまりこんだこともあって、私としては、南朋サマの役者人生は「イコール 鷲津政彦」のままで貫いてほしかった。

例えば、「渥美清 イコール フーテンの寅さん」「大川橋蔵 イコール 銭形平次」というような。

だが彼は、『ハゲタカ』以降、意識的に(むしろムキになっているのかと思うくらい)、毛色の違った役を演じている。

 

どっちの生き方も同様に、大変だろうな、と思う。

一役を定着させるなら、「老い」という如何ともしがたい外圧を乗り越えなければならない。

七変化で行くなら、その時々で「全く別の人格をごく自然に演じる」ことが必須となる。

 

鷲津政彦とナギサさん、どちらも「大森南朋」なんだけど、この二人、顔つきも歩き方も立ち姿も180度違う。衣装や髪形といった「外面」を変えただけでは到底醸し出せない「別の人」。

鷲津のキレ者ぶりとナギサさんのオジサン臭さの差は、ハンパない。

 

ところで、

緊急事態宣言下の巣ごもり生活中、時代劇を観たときのこと。

ふと、悪役の決めゼリフ「おぬしも悪よのう」とか「苦しゅうない、近う寄れ」とか、画面の向こうの役者さんにならって言ってみた。

これ、全然、「言えない」んである。どんなに憎々し気な表情を作ってみても、声色を変えてみても、「いかにも悪いヤツ」という発声はできない。いろいろ試してみたけど、全くサマにならない。ここに演技を加えたら、もっと悲惨なことになる。

 

息苦しくてモンモンとしていた毎日、1人で「おぬしも悪よのう」を手変え品変え言い放題していたら、なんだか笑えてきちゃってよかったわ。

 

『水戸黄門』や『遠山の金さん』の毎回同じ決めゼリフも、実は役者としてのセンスと訓練のたまものなんだと思う。「おぬしも悪よのう」すらまともに言えない自分に笑いつつ、名優と言われる人たちのすごさを改めて知った。

同じ役を演じ続けるのも、毎回違う役を演じ続けるのも、ほんと、すごいな。

 

『私の家政婦ナギサさん』は、この先の、役者としての南朋サマをますます期待させてくれる。

 

…ほぉんと、そのへんのオジサンっぽいんだから。

でも時々は、孤独でキレ者「鷲津系」もお願い!