テレビでパラリンピックを観ていると、不思議に思うことがいくつかある。
1つ目、彼・彼女らは、どれだけ練習しているのだろう、ということ。
スノーボードとかスキーとか、私など、見ただけで足がすくんでしまう。
なんと、陸上でもメダルを取ってる選手がいるとは、ふだんいったいどれだけ練習をしているのだろうか。
2つ目、スノーボードの成田緑夢選手は、「練習中のケガで障害を負った」とのことだが、それでもまた、同じ競技にチャレンジしようという精神力はどこからくるか、ということ。
普通ならトラウマになって、恐怖心にさいなまれるとか、もう二度とやりたくないと思うとか。
でも果敢に挑戦する、なんて。
平凡な私には、そのあたりがどうしても理解できない。
3つ目、補助具、たとえば義足とか、座位でのスキー板(ん?板とは言わないな)など、どれだけ進歩しているのだろう、ということ。
義足の選手を観ていると、付け根は痛くないのだろうか、とか、どう制御するのだろうとか、ハラハラしてしまう。
だが、我慢できない苦痛はないのだろうし、苦痛が苦痛でなくなるまで、調整し練習するのだろうから、器具も選手も、やはり私の想像を超えている。
どうして? どうやって? と興味シンシンで、中継をチェックする今日この頃。
それもあと、2日、となった。
想像を超える世界にドキドキと
鞠子
1つ目、彼・彼女らは、どれだけ練習しているのだろう、ということ。
スノーボードとかスキーとか、私など、見ただけで足がすくんでしまう。
なんと、陸上でもメダルを取ってる選手がいるとは、ふだんいったいどれだけ練習をしているのだろうか。
2つ目、スノーボードの成田緑夢選手は、「練習中のケガで障害を負った」とのことだが、それでもまた、同じ競技にチャレンジしようという精神力はどこからくるか、ということ。
普通ならトラウマになって、恐怖心にさいなまれるとか、もう二度とやりたくないと思うとか。
でも果敢に挑戦する、なんて。
平凡な私には、そのあたりがどうしても理解できない。
3つ目、補助具、たとえば義足とか、座位でのスキー板(ん?板とは言わないな)など、どれだけ進歩しているのだろう、ということ。
義足の選手を観ていると、付け根は痛くないのだろうか、とか、どう制御するのだろうとか、ハラハラしてしまう。
だが、我慢できない苦痛はないのだろうし、苦痛が苦痛でなくなるまで、調整し練習するのだろうから、器具も選手も、やはり私の想像を超えている。
どうして? どうやって? と興味シンシンで、中継をチェックする今日この頃。
それもあと、2日、となった。
想像を超える世界にドキドキと
鞠子