国道に面した廃屋の荒れた駐車場に自転車が1台。
その横で、若い男の子が「相撲の仕切りの姿勢」でしゃがんでいた。
そうして黙々とパンを食べている。
たまたま私は、その廃屋の横で信号待ちのため停車した。
つい、見つめてしまった。
彼は、車の流れや私の視線などものともせず、遠い目をして黙々とパンを食べ続けているのである。
人は、食べなくては生きていけない。
しかし、この時間にこの場所で、その姿勢で食べる必要があるのだろうか。
そのとき私は、葬儀会場に向かっていた。
客様の御尊父がお亡くなりになった。
その御尊父には会ったことはない。電話で話したこともない。葬儀の連絡をもらうまでは、実は存在すら知らなかった。
私の車の中では、メンデルスゾーンの『エリア』がガンガンかかっていた。
一大スペクタクル様のドラマチックな旋律。
食べてる人・亡くなった人・知らない人の弔いに行く私・預言者エリアの生涯…今、この時間、地球のあちこちで、こうして全く脈絡がないことが同時進行している。
これこそ「究極のシュールレアリズム」ではないか。
このワンシーンだけで、ものすごく切なくなってしまった。
この痛み知らぬ貴方の腕の中
鞠子