今回の映画鑑賞はオランダ映画『孤独のススメ』。
…これはなんとも不思議な観後感が残る映画だった。

それよりなにより、真っ先に面食らった(←正しくは、耳食らった)のは、コレ。

冒頭、いきなりBACHのマタイ受難曲『憐れみ給え、わが神よ』が流れてきたのである。
アルトなら、一度は歌ってみたいすばらしいアリア。
それも、あきらかに子どもが歌っているのである。

これにはとっても驚いた。
だがしかし、子どもの歌う「Erbarme dich mein Gott…」も、それはそれで胸にくる。
その上、
この映画、最後まで音楽は「オールBACH」なのだ。
これはたまらない。
…正直なところ、「映画のストーリーはどうでも、充分満足」、だった。

主人公・フレッドは、オランダの片田舎で1人、孤独かつ「定規で線を引く」ごとくの単調な生活を送っている中年男性。
妻は死んでしまった。
息子は追い出してしまった。(…と、途中でわかる。ちなみに、「Erbarme dich…」と歌ったのは、幼かったころの息子)
そこに、テオという「どうも普通でない男」が住み着いてしまうのである。
テオはしゃべれないし、ものごとが充分理解できない。過去もなければ現在も未来もないような、よく言えば無垢な、悪く言えばバカな(差別用語ですみません)変な男なのである。

だが、このテオが、フレッドを変えていく。

彼らを同性愛だといって奇異な目で見る近所の人々や、神を冒涜すると怒りをあらわにする教会関係者なども登場するのだが、全員が「何となく弱いところをさらけ出している人間」に描かれていて、そこがとってもしみるのである。

原題『約束のマッターホルン』の通り、ラストシーンはマッターホルン。
そこに、フレッドとテオがいる。

フレッドは、息子の生き方も、少しは理解した。
テオも心が落ち着く場所を見つけた。
ただ、特別、何かが決定的に解決するわけではない。
そこが、なんとも不思議な観後感なのだ。

でも、人生はほとんど、こんなものではなかろうか。

BACHの旋律は、それもこれもすべてひっくるめて認めてくれる懐の深さを持つことが十二分に味わえる映画だった。



大玉の夏ミカンむく指の幸    鞠子