最近、南朋さまの動向がわからない。
結婚後、仕事控え目かもなぁ…
『ポテチ』が上映中だけど、なにしろここは「地方」。確実な上映は一週間だけで「継続は未定」となっている。

有休とらなきゃ、行けないや(>_<)
でも、有休とれるような雰囲気皆無。

…そんなことでウツウツしていたら、オトコ後輩が、「言おうかどうしようか迷ったんですが…」と意味深な前置きをしてからこのよなことを言い出した。

「来週月曜日、南朋さん、ドラマに出るの、知ってます?」

え、知らんし(>_<)
それに、そんな大事な情報、私がつかみ損ねているわけがないo(><)o

…と、いろんな意味でアツくなったのだが、

…情報は正しかった。

ドラマは宮部みゆきの『長い長い殺人』。
ただし、数年前に、スカパーだかwowowだかで放映されたものらしい。

…駄菓子菓子…

オトコ後輩が「言おうかどうしようか迷った」のは、

私・に・は・会・議・残・業・が・入・っ・て・い・る・日

…だからだ。

だめじゃん(:_;)
観れないし(:_;)

何度もしつこいが、「ビデオ関連の機器は持っていない」し(:_;)

仮病を使うという禁じ手も頭をよぎったが、私の普段の言動からすると、たとえほんとに病気で休んでも、「今日は南朋さまか亀治郎さまか」とさんざ言われるのが目に見えてる。

…だめか…

失意のドン底にあったものの、その後、劇場のHPで、『ポテチ』が後一週間、上映期間が延びたことを知った。

\(-o-)/\(-o-)/\(-o-)/\(-o-)/

急いで日曜日のチケット、リザーブしたわっ\(-o-)/

…ようやく&久っさしぶりに、南朋さまに会えるっ\(-o-)/!

…明日もガンバりますっ\(-o-)/


追伸

今、読んでる安部公房の『飢餓同盟』。
以下のくだりは、深く考えさせられました。

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遺書にもさまざまな遺書がある。
愛しているものは、他人の心にとどまろうとして、種子のような遺書を書く。
憎んでいるものは、他人の心に死をまいて、道づれにしようと毒のような遺書を書く。
絶望したものは、他人をもたないから、自分の死を記録するだけの短い遺書を書く。

(中略)

…書くという行為は、あらゆる人間の行為の中でもっとも人間的な行為だ。なぜならそれは自分を支配することだからだ。遺書はその中で、自分の死を支配しようという欲求だ。

★☆★☆★☆★☆

自分の心の中にある「遺書」とか「書くこと」についての思いを、こんなに的確に、かつ端的に表現されると、私はしばらく感動が鎮まらない。
本が仮につまんない内容だったとしても、こういう一節に出会えただけで、充分すぎるほど満足…って感じです。

…だから乱読・積読・並行読みはやめられない。
もちろん南朋さまもやめられない。(←脈絡なし)