つらい場面に遭遇してしまった。
昼過ぎ、いつものよう、母のいる老健へ。日曜日は通所施設が休みなので、1階にある広々とした応接間やリハビリコーナーが自由に使用できる。
ところが車椅子の母を連れて1階へおりたら、ケアマネさんが飛んできた。
「ごめんなさい。今日は一番奥の応接間でお願い…ちょっとお母さんに見せたくないことが…」
「何かあったんですか?」
「亡くなられた方があって、今、ここを通って退所していかれるので…」
私と母は、通路に背を向ける格好で、一番奥まったところに座った。
母は全く気づいていないが、私は見まいとしてもどうしても横目で見てしまう。
亡くなった誰かがベッドごと運ばれて、受付横の一室に家族と一緒に入っていった。同じフロアの人かどうかはわからない。しばらくして、おそらく葬儀社の社員と思われるスーツ姿の男性が入室、その後、施設スタッフが集まってきた。扉を開け、ご遺体をストレッチャーに移し、通用口へ。その間、5~6名のスタッフが、整列して見おくっていた。
面会に行ったら、この前まで部屋についていた名前プレートが外されていることは何度かあった。亡くなったか入院したか、別施設にかわったか。でも目の前で、亡くなった人を見おくるのは初めてだった。
しばらくして、スタッフが戻ってきた。ベッドを出し、椅子を戻し、後作業をしている。普通に、何事もなかったように、、会話しながら、てきぱきと…
人の命は地球よりも重いと言うけれど、そのわりにはあっけないものなのだ。
そしてこの場所の最後の結論は、「死」なのだ。
老健に入所する時、終末期について希望を書く書類があった。
5年の間に両手の指では数えられないほど入退院を繰り返した母、気を失うほどの激痛に何度も見舞われた母を見ていて、私の気持ちは迷うことなく決まっていた。
延命治療はしない。
胃ろうもしない。
ただ、痛みや苦痛を取り除く処置はできる限り施してほしい。
そしてみとりは、ここでしてほしい。
先月頃から、母の様子は明らかに変わってきた。口数が減ってきた。喜怒哀楽がなくなってきた。食べる意欲が減退してきた。うとうとしている時間が長くなってきた。座位を保つことがつらそうになってきた。今日なんか、首が座らない。首のところに詰め込んだマットに首を任せ、上を向いたままだ。
すべての生きる欲が、少しずつ少しずつなくなってきている。
おそらくそんなに遠くない将来、今日のような光景が私自身の光景となる。
いつ永遠の別れがきても、覚悟はできている、と思っていた。
…でも、本当にできているか。
今日、誰かが運ばれていくストレッチャーの音を背中で聞きながら、その時、おそらく私は大きく取り乱すに違いない、と思った。
自分の心をどうおさめたらいいのか、もうやりきれなかった。いたたまれず、たまたま別件で電話してきたBFに、涙声を聞かせてしまった。
しかたないよ。
いつかみんな、みんなそうなるんだから…
わかってる。わかりすぎるくらい、わかってる。
昼過ぎ、いつものよう、母のいる老健へ。日曜日は通所施設が休みなので、1階にある広々とした応接間やリハビリコーナーが自由に使用できる。
ところが車椅子の母を連れて1階へおりたら、ケアマネさんが飛んできた。
「ごめんなさい。今日は一番奥の応接間でお願い…ちょっとお母さんに見せたくないことが…」
「何かあったんですか?」
「亡くなられた方があって、今、ここを通って退所していかれるので…」
私と母は、通路に背を向ける格好で、一番奥まったところに座った。
母は全く気づいていないが、私は見まいとしてもどうしても横目で見てしまう。
亡くなった誰かがベッドごと運ばれて、受付横の一室に家族と一緒に入っていった。同じフロアの人かどうかはわからない。しばらくして、おそらく葬儀社の社員と思われるスーツ姿の男性が入室、その後、施設スタッフが集まってきた。扉を開け、ご遺体をストレッチャーに移し、通用口へ。その間、5~6名のスタッフが、整列して見おくっていた。
面会に行ったら、この前まで部屋についていた名前プレートが外されていることは何度かあった。亡くなったか入院したか、別施設にかわったか。でも目の前で、亡くなった人を見おくるのは初めてだった。
しばらくして、スタッフが戻ってきた。ベッドを出し、椅子を戻し、後作業をしている。普通に、何事もなかったように、、会話しながら、てきぱきと…
人の命は地球よりも重いと言うけれど、そのわりにはあっけないものなのだ。
そしてこの場所の最後の結論は、「死」なのだ。
老健に入所する時、終末期について希望を書く書類があった。
5年の間に両手の指では数えられないほど入退院を繰り返した母、気を失うほどの激痛に何度も見舞われた母を見ていて、私の気持ちは迷うことなく決まっていた。
延命治療はしない。
胃ろうもしない。
ただ、痛みや苦痛を取り除く処置はできる限り施してほしい。
そしてみとりは、ここでしてほしい。
先月頃から、母の様子は明らかに変わってきた。口数が減ってきた。喜怒哀楽がなくなってきた。食べる意欲が減退してきた。うとうとしている時間が長くなってきた。座位を保つことがつらそうになってきた。今日なんか、首が座らない。首のところに詰め込んだマットに首を任せ、上を向いたままだ。
すべての生きる欲が、少しずつ少しずつなくなってきている。
おそらくそんなに遠くない将来、今日のような光景が私自身の光景となる。
いつ永遠の別れがきても、覚悟はできている、と思っていた。
…でも、本当にできているか。
今日、誰かが運ばれていくストレッチャーの音を背中で聞きながら、その時、おそらく私は大きく取り乱すに違いない、と思った。
自分の心をどうおさめたらいいのか、もうやりきれなかった。いたたまれず、たまたま別件で電話してきたBFに、涙声を聞かせてしまった。
しかたないよ。
いつかみんな、みんなそうなるんだから…
わかってる。わかりすぎるくらい、わかってる。