やっと解放された
先月休職期間が満了となり、正式に会社を退職となりました。3月に「辞めたい」と上司に伝えましたが、「大事な判断はしない方が良い」と慰留され、それなら休職期間が終わるまで待つしかなかったのです。その間もうつ症状は続き、嫌なことばかりが頭を巡り、生きてても良いことないな…と悲観するばかり。その上4月下旬には熱が出て「コロナかも」と焦りましたが、かかりつけ医からもらった薬を飲んだら、熱が下がったのでコロナではないと安心しました。しかし、その後1カ月程喉の痛みと、咳に悩まされ、寝込んでいました。それまで日中寝るのに罪悪感を感じていたので、遠慮なく寝ていられるのはありがたかったです。唯一の楽しみである週末の水泳を1カ月休むのは辛かったし、明らかに体力も落ちていたので、戻すのに時間もかかりました。休職期間が満了になって、人事担当者からメールで「早急に国民健康保険の加入手続きに行って欲しい」と言われ、市役所に行きましたが、市役所に着いてから、「確か書類が必要だったような」」と思いながらも窓口に行きましたが、やはり会社の保険の離脱証明書が必要とのこと。その後会社宛てに退職に必要な書類や返却するものを郵送し、会社から離職証明書をもらいましたが、それらはすべて失業手当のためのもので、保険加入の書類ではありませんでした。人事担当者にメールで問い合わせても返信はなく、私が直接保険担当へ申請し、やっとのことで証明書が手に入り、約1カ月後に新しい保険証が来ました。人事担当者に改めてメールし、「すぐに手続きができるような書き方をされて、何度も無駄足を踏んだ」と伝えたら、お詫びの返事がありました。同時に会社に残した私物を取りに行く日時を伝えました。感染リスクと会社の人に会うの億劫だったので、お盆休み前の人の少ない日を選びました。電車もラッシュを避けた時間にして、就労支援員さんに付き添ってもらいました。電車内で支援員さんと合流し、気分が悪くなりながらも会社に到着。幸い気温が高くなかったので助かりましたが、パニック発作にも注意して用事が済んだらすぐに帰ることにしていました。人は少ないと聞いていましたが、出てきたのは総務課長。私を最初の休職に追い込んだ張本人です。私の顔は全く見ず、支援員さんに挨拶していました。職場には世話になった上司たちが出勤していて、私物を鞄に詰めるのはすぐに終わり、上司たちには「お世話になりました」と伝え、温かい言葉を掛けてもらいました。別室で作業しているメンバーもいるからと案内され、同僚2人にもお礼を言いました。その横に総務課があるのですがその日は総務課長だけが出勤で、私は素通りし、支援員さんだけが挨拶をして会社を後にしました。滞在時間は約20分でした。まっすぐ帰宅し、やっと会社から解放されたと思いました。書類を書くのに会社のHPを見たら、私が担当していた業務はなくなっていました。撤退したようです。私が居たころから半分くらい担当業務をさせてもらえなかったので、やはりと言った感じでした。コロナが無ければ違う展開になったかもしれませんが、せっかくこの歳で得た正社員の職とは言え、草むしりやゴミ拾い、印刷物の運搬など力仕事で体が持たないと思い、我慢も限界に達し、退職することを選びました。こんな状態ですが、あまり悲観も焦りもないです。できることをできる範囲でやろうとこれから模索します。