一応世間的にはクリスマスなんで、それについてでも。

クリスマスって何かって広辞苑で調べると、
「キリストの降誕祭」だそうです。

まずまちがいなくほとんどの日本人にとっては
どうでもいい日ですよね。本当は。

でもお祭り大好きだし、世界でも類を見ないくらい
柔軟な思想の日本人はとりあえず一緒に喜んでますね。

イギリスなんかでは、自国内のイスラム教の人に配慮して
クリスマスを「冬祭り」って呼んでみたり、それに対して
キリスト教の人が怒ったり。

日本に生まれて良かったです。

さて、そんな中疑問に思ったことがひとつ。
子供のころから疑うこともなく信じていた孤高の存在。
サンタクロース。

あれって何者?

なんでキリストの誕生日に関係なさそうなおっさんが
世界の子供におもちゃばらまくの?

謎です。
難しいテーマだけどメモの意味もあって書いてみます。

仕事至上主義っていうとほとんどの人は自分はそんな事ない、
と思うかもしれません。
しかしこれはイスラム原理主義みたいな大げさな話ではありません。
要は仕事が他のものに優先しすぎてしまう人の話なんです。
日本の高度経済成長期はこういう旦那さんが普通だった。
国家として女性を「専業主婦」にしてしまったわけだから。

ちょっと話がそれてしまいました。
男女平等とか男女雇用機会均等法とかの話じゃないです。

育児を含めた家族とのコミュニケーションや、自分の趣味
などよりも仕事のほうを優先する人です。

かといって家族が大事でないわけでもないし無趣味な訳ではない。
仕事は神聖なもので公のものだから私個人(家族含む)の都合よりも
優先させるべきだ、という考えなんでしょう。
かなり大げさな言い方ではありますが。

まぁでもこういう考え方の人がいたって別に私としては構わない。
しかし問題はこういう人は決まってそれを人にも押し付ける。
そこにあるのです。

こういう人はよく人の仕事の仕方や、仕事のできるできないについて
文句を言います。
「なんであんな能率の悪いやり方しかできないんだろうなぁ~」
とか、
「あの人は合コンとかカラオケとか飲みばっかやってて、ちょっとは
まともに働けって感じだよな」
とか、
「○○さんは結構できるよね。それと比べて△△さんはひどいよな。
ほんとに先輩かよって思う」
といったところです。

ここでひとつ思うのは、その「駄目」な人は、仕事ができる人に
なりたいのか?っていうことです。

やってもできない人もいるでしょう。

でも必ずしも全員が「勝負」をしているわけじゃないと思うんですよね。
そこそこ給料をもらってミスなくこなしていればそれで満足だし、
出世も別にしたくないし、趣味を充実させたいから残業もしたくない。

実は最近はこういう人って多いと思うんですよね。

今回の安倍さんの政策だってそこが読みきれてなかった。
ニートやフリーターの中でどれだけ正社員になりたい人がいるのか
わからないのにフリーターを8割まで減らすとかいっても本人が
やりたくない、と言ってしまえばそれでお仕舞いです。

高度経済成長期は頑張って出世して家電を買ったり、家を買ったり、
車を買ったりしようとした。

でも今の人たちはそんな家庭に育った。
家はあるし、家電も揃ってる。下手すると親に車を買って貰っちゃう。

社会的な拒絶反応が起きているんですよね。
働きすぎに対して。

「できない人」は「できる人」の邪魔を基本的にしていないのだから、
「できる人」も「できない人」の邪魔をしないで放っておいてあげて。
人間は客観的に物事を見ることができる唯一の動物です。

これはたぶん初めて言うことではないと思います。

ただ、人間であれば客観的見方ができるかというと残念ながら
どうやらそうではないようです。
というより圧倒的にできない人のほうが多い気がします。

結婚や住宅購入、長男出生にあたって色々と人間の生の
部分に触れることが多かったここのところで感じた事です。

うちはお姑さんにあたる人間が基本的にいないため、
妻はまだ楽かと思います。
このお姑さんが上で述べた事ができなく、なおかつ旦那が
情けない人間であった場合、こういう時期に奥さんが受ける
ストレスは並大抵ではないと思います。

喜ばしいことではないのですが、うちの場合は色々とあって
私の両親は健在ではありますが、関係は遠いです。
一緒に住もうなんてことにはなりません。
(言われたとしても、絶対住みません。)

こういう時期に一番辛いのは出産した奥さん、次には夫かな、
と思います。

周りの方の対応としては温かく見守ってあげるのが一番の手助けです。

もちろん、経済的、精神的な援助は助かります。
でもそれとひきかえのストレスを少しでも押し付けようと
いう考えがあるならばそれは二人にとっては間違いなく
総合的にはマイナスとして受け取られます。

昔はおじいちゃんおばあちゃんはやさしかったけれど、
そのぶんそんなに介入してくることはなかった。

いまは元気な老人が増えたために、はつらつとしているけれど
まだ自分が半分現役だと勘違いしている部分がある人が多く、
堂々と介入してくる。

元気であることと、現代に対して現役であるかは大きな隔たりがある。
はっきりいって団塊世代の感覚はいまとはまったく違う。
それはたぶん団塊の方々が若いときに老人に対して感じられたそれとも
比べ物にならないくらい違うと思う。

そして今がそうなっているのは彼らにも責任があるのだが、
結果としての若者ばっかり批判する。

なんか話が大幅にずれてきるな・・。
一般論になってるし。

つまるところ、今回の結論は、客観的にものごとを
考えるようにしてください。っていうこと。

今年、色々あったけど、周りは思った以上に優しくなかった。
ちょっとびっくりしました。

でもこういうときこそどういう人か、というのがすごく
良く見えた。

今後もつきあっていく人間がずいぶん見えた気がするんです。