役者・パフォーマーぎつをのブログ -29ページ目

着る物が2枚足りないみたいだ

人を動かすモノとの出会い

最近強く思うことなのだが「こういう風に思われたい!!」とか「こういう風になりたい!!」いう強い思いがあるから人は行動するんだよなぁ、と。


まぁ、新聞の記事見てて思ったことなのだが・・・


吉本興業のシルクさん


彼女は推定年齢50歳を超えるらしいのだがめちゃめちゃ若く見える。


でもそれは「若く思われたい!という『強い』思い」があるからこそ顔のマッサージをしたりいつまでも若くいるための地道なトレーニングが続けられるのだろう。


だから、そういう思いを持ってない人が「シルクさんっていつまでも若いわよね~うらやましいわぁ」といくら嘆いたところでシルクさんばりの強い思いにならなければ絶対にその人は変われないだろう。


シルクさんは「いつまでも若くいたい」というハンパなく強い思いがあるからこそ、たぶん自分で環境を変え、若くいられるための土壌を作り、そして実行してきたんじゃねーかなぁ。。。


それをまわりの人が私もああいう風になりたいなぁと思っても「シルクさんレベルの強い思い」にならなければたぶん変われないだろう。




そのためには「意識を変える」のではなく「具体的ななにかを変えない」と変わらない。


―人間はな意識を変えることはできないんやで。本気で変わろ思たら意識を変えようとしたらあかんねん。意識やのうて「具体的な何か」を変えなあかんねん。具体的な何かをな。

「テレビを見ないようにする。」この場合の具体的な何かって分かるか?テレビのコンセント抜いたらテレビ見たくなっても、一度立ち止まるやろ。そしたら、今までよりTV見んようになる可能性あがるやろ。

もっと言えば捨てる。自分がこうすると決めたことを実行し続けるためには、そうざるを得ないような環境を自分で作らなあかんねん。(Byガネーシャ)




で更に言うと、その思いが成功するかどうかはどれだけその事象を続けられるかにかかっている。
思いが続けられない人は、効果が期待できずにあきらめるが、

それは続けられる人に比べて思いが弱いだけなんだと思う。


とは言っても、人というのはなかなか自分を変えられない。


(ちなみに余談だが、大きく変わると書いて「大変」と読む。)



というのも、その理由の1つは「必要に駆られないから」ではないだろうか。


 例えば親になにか指摘されたくらいでは人間はまず変わらない。

 とんでもないくらい好きな異性ができて欠点を指摘され今までの価値観がひっくり返るくらいのことが起こらなければ、自分を「変えよう!」とはまず思わない


うちの母を見ていて思うのだが、部屋をキレイにするということでも基本的に重要性はわかっていても必要性にかられないので母の部屋は汚くなる一方である。

誰かを定期的に呼ばないとダメらしい。



他に私のケースだと、一人暮らし始めてから初めて料理や洗濯やるようになった。新聞も読むようになった。

なぜならごはんは誰も作ってくれないし

洗濯も当然ながら誰もやらない。

ゆえに自分でやるようになった。

新聞にしろ誰も読まない新聞が玄関にどんどんたまっていったから読まずにいられないのである。

まぁ、今は実家に戻ってきたので洗濯は母任せに戻ってしまった。(料理は自分で作る。)



仕事上必要だからとか、


これがしたいのだけどそのためにはこれが必要!とか


もう何人かの他人には〇〇と思われているのでがっかりされないようにがんばらなくちゃとか・・・



ん?ということは変わなければいけないところに自分を追い込むと変わるということですか。


なるほど。(自分で書いてて自分で納得)




だって芸能人が魅力的なのは必要にかられているからじゃないすか??きっと。


彼らは魅力的である必要があるわけですよ。



もちろん、最初はそんな必要なかったわけですけど。


だって、やさしい人って「やさしいと思われたいからやさしい」のであって


強い人って「この人強そうって思われたいから強い」んですよ


お笑い芸人も「おもしろいと思われたいからおもしろいし」


かっこいい人って「かっこいいと思われたい!」と思っているからかっこいいのです。

 (もちろん素でかっこいい人もいますが。)


ちょっと真似してみて自分には無理だと思ってしまうからそういう風になれなかったという事もけっこうありますよね!?。。




である日それが

『〇〇と思われたい!』という思い


から  

『〇〇と思われないといけない』という必要

に変わった瞬間にその人はプロへの第1歩を歩んだんじゃないかい?。










 モテたいなぁ。くらいでは人は変わらない。


 モテたい!!と思うと人は変わる。





――――偉大なもの


で、話は変わって、人が変われない理由が他にあるとすればなんだろう?


俺なりの答えは、自分を突き動かす偉大なものに衝撃的に出会ったかいなかである。

すごい魂をゆさぶるなにかに衝撃的に出会わなければ人はなかなか変わらない。


ミュージシャンになれる人は偉大な音楽に出会ったから、
 それに近づきたいがために別次元の偉大なモノをつくる。

野球選手になれる人は偉大な先人プレイヤーに影響されて毎日強く思うから
 プロになる。

 才能のことに関してはここでは触れず別の機会に書こう。


スポーツ選手やアーティストの例ばかりだけど、影響されるものは身近な人かもしれない。


父親や母親の可能性だって大いにある。


とにかく自分を突き動かすほど偉大な何かに出会えば人は変われる。


あっしも演劇界に足を突っ込んだ最初の理由は映画俳優に憧れたからである。

その映画はまぁ、バックトゥザフューチャーなのだが、
マイケルJフォックスをめちゃくちゃかっこいいと思い、
小学生のころはめちゃくちゃマイケルのモノマネをしていた。


吹き替えにも関わらず(笑)


当時は本当に吹き替えの映画を見てもマイケルJフォックスが日本語をしゃべってるのだと思っていた。

(それが三ツ矢雄二という声優だと知ったときは相当なショックを受けたことは内緒だよべーっだ!


まぁ、余談ですねあせる


で!話の続きですが

同じ偉大なモノを見ても
ある人Aさんはめちゃめちゃ影響されて
ある人Bさんはすごい感動したけど別にそうなりたいわけじゃない
       つまり、それになりたいとは思わない。
という現象が起こる。


それが個性の入口である。
まぁ、個性について書くとさらに長くなってしまうので別の機会に書こう。

つまり、ある人を突き動かすほど偉大なものは人によって違うのである。

さらに自分の中の偉大な中心人物は年齢とともに変化する。

今でもマイケルJフォックスは大好きだけど、2011年現在で私を突き動かしている偉大な人物はまた別の人である。詳しくは影響を受けた作品影響を受けた人物 で。


では、どうすれば自分を変えたいと思えるほど偉大なモノに出会えるかというと最初の入口は案外『運』である。

その年、たまたまオリンピックで浅田真央ちゃんが活躍していて
自分もフィギュアスケートやりたい。
これは正しく『運』である。


地域のコミュニティにたまたまプロ野球の王さんがきててバッティングを教えてくれた
自分も王さんのような野球選手になろう。
これも『運』である。


週刊少年ジャンプで連載中の「スラムダンク」(当時ね♪)がめちゃくちゃおもしろくてバスケ部員になりたい。
これも『運』である。(ちなみに今の話は私の高校時代の友人の話。


さらには
その当時は別になんとも思わなかったのに、誰かが「これ良いよねぇ♪~」と言っているので
改めて触れると、「あれ?なんかいいな」と感じることもある。
それも運だ。

はたまた、好きな人がそれを好きで、よく聞いているミュージシャンだから好きになったり、
憧れのアーティストが影響受けたから自分も鑑賞したら良いなと思ったり。



いいなと思っているモノに触れているとだんだん偉大なモノと出会う確率はあがる。
というかプロになる人って影響されるなにかとの出会いを常に探す人もしくは探すのがうまい人なんだと最近思う。

今、俺はこれに影響されて何かひとつの行動を起こせたけどなにか他にすごいのないかなぁと探していると結構すごいものは世にあふれている。



で、人は偉大なものとの新しい出会いを探し続けるから

いろんないいものに影響されるからその人の個性が素敵なものになっていくんだと思う。


探していれば絶対自分を動かすすげぇものに出会う。
「今のまま人生終わるのもなぁ…」とか「このままじゃマズイ…なんとかしなきゃな」と本気で思ってる人のもとにしかこない。




さらに強い思いが持続するかどうかはそれを少しでも楽しめるかだとも思う。

ジャグリングにハマってた時期があって、ハットジャグリングやフレアというものができるのですが、

ジャグリングは究極の「飽きとの戦い」でした。

それでも続けられたのは少しでも前進できていることが楽しめたからです。


でも、今ではジャグリングの本番を重ねる機会もなく、自分でも一通り満足できたのでやってません。結局、ジャグラーではなかったようです。



変化したあとの自分を想像できてそれに近づくことも楽しみ方の1つだよね♪


イチローのように毎日、素振りができるかは野球がホントに楽しいかどうかだし


科学者になれるかどうかは理科がホントに好きでやってて楽しいかどうかだし



子どものころの環境は親の影響が多分にあるので自分でなかなか変えられないけど

大人になると環境を変える力があるわけですよ


ちなみにこれ泯さんが言ってたんですが

そのものに興味持たなければ古代から科学者も詩人も生まれなかったんですよ

なんでだろう?っていう好奇心が科学者を産み詩人を産み哲学者を産んだんです。。


ん~。おっしゃる通りです


で、プロのダンサーに共通することはないかって調べたら

「みんながみんな身体を動かすことにアドレナリンをだしていた」ようです。


そして、これはワタクシにもあてはまります。


そのうちピラティスもやりたいし、ヨガもやりたいし、気功もやりたい。


でも、それは健康のためだけではなく、身体というものをもっとよく知りたいから。


あ、俺の話になってきたのでこの辺で軌道修正。


え~っと変化の話ですよね。


んと、いざ自分が変わってくるとだんだんと他のすごいものやこう変わりたいと思うものがどんどん見えてきます。


こうなればしめたもので



するとどんどん良いものに影響されるという好循環が生まれる











そこから先はやっぱり『運』だ。


先ほどのスラムダンクの例で行くとバスケ部に入って、引退もしくは卒業したときにさらにバスケを極めたいと思えるモノと出会えるかはホントに運だけだ。。


(結局、運かよ!)



でも、その事象が本当に好きなら運はある程度まで引き寄せられることができると思う。



そして、首尾よく10年続けられたものはそれなりに自分のモノになるんじゃないか



と、心底信じている。




結局、運と出会いの連鎖が人の人生を作っていくんだよなぁ。と2011年の初頭に思うのでした。




そして、このブログを書くのに6時間くらいかかってしまいました。。。なにやってるんでしょうか。


ボコボコ書きたいことが生まれてきちゃって・・・


最後まで読んでいただいてありがとうです☆彡



ちなみにトラックバックやコメント大歓迎ですので。違った意見どんどん聞いてみたいです♪


前から気になってたんだけどトラックバックって何??

プロフィール

しもとり ゆう



1986年東京生まれ。


日本大学芸術学部演劇学科演技コース卒業。



演出。俳優。パフォーマー

演劇ユニットⅡ→Ⅴ主催。


このブログは演劇について、人間について、芸術について、音楽について、その他日々思い浮かんだことをつらつら綴る俳優兼演出家ぎつをの雑記です。


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MySpace、Gree、About meとかもあるけど今は完全放置!foursquareはやってねーぜ



あんまブログのプロフィールに堅苦しいプロフィールもどうかと思うので、文章チックに書きます。


んと、まずお前なにもんだよって話ですが、「演劇人」と名乗った方が一番説明しやすいのでそういう認識で。


演劇人の方はこのへんは飛ばしてください。




というのは肩書きがコロコロ変わるんですよね。ある時は役者だったり、ダンサーだったり、パフォーマーだったり、チラシのデザインも担当すれば、舞台監督なんていうのもやったことあります。






-演出?


んで今度は演出なんかもします。

って言っても「演劇って何やねん?」って人に一番説明しずらいのが『演出』なんですよ。



だってセリフを書いたのは脚本家や劇作家と呼ばれる人たちだし、出演しているのは役者と呼ばれる人たちなわけで。実際、歌舞伎なんてものは演出というポジションがないわけです。



じゃぁ演出って何やってるの?って話なんですが芝居の細かい方向性を決めてるといえばいいのでしょうか。




僕も昔は演出って何やってる人なのかわかりませんでした。TVでお笑いなんか見てても「今笑ったのは脚本がおもしろいからだ」と強く信じてたんですが、どうも違うんですよ。



確かにコントなんかは脚本がおもしろければ、それなりに笑えるものになります。

だけど、じゃぁおもしろい脚本をやればおもしろいコントになるのかというとそんなことは全くなく、

素人が同じ脚本でコントをやっても全く笑えないという現象が起きます。




そこで演出というポジションが生まれます。と言えばわかりやすいでしょうか。



もちろんそれは演者の芸の部分だろと言ってしまえば実にその通りです。

ですが、素人のコントからプロのコントへの橋渡しの役が「演出」と呼ばれるものです。


それはセリフの間の調整だったり、立ち位置や仕草の指定だったり、セリフの生まれ方の指導だったり

実に様々です。




「ん?じゃぁ舞台監督っていうはいったいなんなんだ?」


と思われた方、なかなか演劇通ですね

こちらは本番中の現場監督のようなものです。


役者に稽古をつけて、劇場に準備する時から芝居は演出家の手を離れ、舞台監督が概ねとりしきることになります。タイムキーパーだったり、舞台裏の仕掛けの整理人だったり、本番中の現場監督です。


ですので、初日の幕が開いたら演出家はいなくなります。公演期間中は舞台監督にその場を任せ、演出は他の舞台稽古に行ってしまいます。と言っても公演期間が2週間とかのロングランの場合に限ってですけどね。


僕のやろうとしている小劇場という世界は、自分の表現したいことを追求したい方たちであふれているので本番中であろうとガンガン変わっていくものですが。。。



-演劇って高いよね


なんか僕のプロフィールより演劇の紹介をしたくなってきました。


演劇のチケットの相場って高いですよね。ホント、泣きたくなるほど。

でも、別にぼったくろうとして高くしてるのでは決してないんですよ☆彡


映画は1000円なのに(基本的に毎月1日にしかみないので。)

演劇は高いところだと8000円とか平気でかかる。僕の知ってる範囲で最高チケット金額は1万5000円です。



え?



アホでしょ?



と最初思いました。


う~ん。

これはぼったくりとしか思えない。


それでも客席は満席だったりします。


約2時間で1万5000円。。。


ディズニーランドに3回行った方が有益だよなー


と、僕も最初はそう思いました。

(ちなみに4月から値上げだってね。フフフ)


まず、値段のからくりから言うと紅白歌合戦なんかの中継で知られるNHKホールは確か250万くらいかかります。

一晩で、です。


つまり、2日間公演を行おうと思えば準備に+3日借りないと規模的に準備できないので

5日間借りるとして

1250万円劇場費だけでかかる。これに出演者へのギャラや照明音響、など全部合わせると総予算は劇場費のだいたい3倍にふくらむ。


想像いただけますでしょうか。




というわけで、小劇場でもチケット代3000円は当たり前の値段になってしまうのが現状なんですよー。

















役者・パフォーマーぎつをのブログ

「だったら安いし、

映画でいいやー。」














ちょっと待ったぁぁあぁぁぁああぁぁあ!



確かにこの先行きの見えない不況下。映画の方が役者のアップは見れるし、安いし、おもしろいし、映画に流れる気持ちもわかる。

そして、演劇には当たり外れが激しいのも認めよう。



だが、演劇の最大の武器は俳優の身体が観客の目の前にあることである。


これはどういうことかというと、空気感を観客と共有できるということである。



よくお笑い番組を見ていてスタジオの観客は笑っているのにTVで見ている自分は声をだして笑うほどではない漫才なりコントなりを見たことがないだろうか。


あの現象はなぜ起こるかというとスタジオではライヴという空気感が共有されていて、なおかつそれが映像では伝わらないために起こるのである。


近日メガネのいらない3Dテレビ が発売するらしい。


今後3Dテレビが当たり前の時代がくるだろう。白黒ではなくカラーが当たり前になったように。。。


しかし、今後どんなにTVが発展しようとも空気感の伝わるTVまでは生まれないだろう。


なぜなら空気感とは何かその正体を知っている人間が演劇人とごく一部のインテリくらいしか知らないからである。



演劇が唯一(と言っても過言ではないだろう)他の芸術分野に負けない特徴があるとすれば

それは空気感を客席と共有できることにある。と私は思う。



では空気感の正体とはなんなのか。こればかりは残念ながら文章では伝えられないし、実際に劇場にきて欲しい。。




ちょっと疲れたので自分のプロフィールはまた今度で(笑。