ものすごくざっくり言って「凱旋門」、いや「プラハの春」かなあって思いながら見た青年館。1988年に月組でかなめさん主演でやってるやつらしいんですが、見終わるまで知らなかった。愛が足りないです。


ナチス制圧下のパリのレジスタンスに協力するためはるばるやってきたのに、ケガしちゃって身動き取れなくなって、かくまってもらった先の壁のなかでほれたはれたなになるイギリスの情報部員がかなめ君。


劇的な状況なのにしどころのない役。かな~り芝居のスキルがないと難しいと思う。せっかくの二番手時代の主演作品なのに、ハードル高い芝居を持ってこられちゃったなあと思いました。劇的と言ってもラヴィックや堀江ほどドラマチックじゃないし。なんか、もっと彼女が生きる作品はなかったのかい。ゆうひの「シャングリラ」みたいに。番外公演は、スターの注目度をあげるためにあるものじゃないのかい。


年寄りにはぐっとくる話なんすけどね。なんだかんだ言って最後は泣けたし。


泣かされたのはベニーのジョルジュ。戦傷で車椅子になっちゃって、かいがいしくフィアンセに八つ当たりするしかない。ポーラに「愛してほしいの」といわれても逆切れ。悲しい。なのに彼女を撃ったナチスに銃を向けて蜂の巣になる。


たぶん、ベニーのジョルジュはやりすぎなんだと思う。白目むいちゃって、危ない笑い声あげて。役の方向はまったく違うけれど、ねったんのヘスぐらいやりすぎ。芝居のバランスとしてはいかがなものかとも思う。でも、それがベニーのベニーたるゆえんだし、かなめ君がしごくあっさりなので、ベニーがあのくらいやってくれなかったら、おばさん、眠ってたかもしれません。ごめんなさい。


ジョルジュ、初演は久世さんだったらしいです。それをふられるベニ。なんかうれしい。しかもフィナーレの男役総踊りではスパンついてるし。両脇にしーらん、みやるり従えて出てきたとき、ひえ~!って声、上げそうになりました。この作品では二番手なんだから当たり前なんだろうけど、端っこでメンチきってたころの彼女が忘れられないんだと思う。


白華れみちゃんは娘役らしい娘役ちゃんだなあと改めて思いました。今の宝塚では貴重だと思う。楚々とか品とかいう形容詞がとても似合う。少し顔が太ってくれるともっといいんだけど。


みやるりのナチス将校も難しい役っすよねえ。冷酷なナチス将校がマリーへの情にくずれるところは、うまくいけば、主役差し置いて見せ場になる。こっちをベニー、ジョルジュがみやるりのほうがいい感じになったと思うんだけど、まあ、そうは行きませんわな。


みのりちゃんがみやるりに愛されちゃう酒場の女。かわいくて芝居もダンスもいいのに路線には乗らないのかなあと思っていたのでとってもうれしかったんですが、そうかお歌がすごかったのか。がんばれ。


美城れんちゃんがポーラのお父さん役(初演は未沙さん)。最初、なとりさんが出てきたのかと思いましたよ。お顔がかわいいのであれだけれど、芝居、本当にいいよね。腹すえてそっちの方向へいってくれないだろうか。


ところで16年後から振り返るというプロローグとエピローグはどうしてもなきゃいけないものだったんでしょうか。あれ、ないほうがかなめ君はやりやすいと思うんだけど。


とりあえずチケットはかなり取りやすい状況みたいです。虞美人もそうだったけど。日経株価9千円台だもんなあ。そういうことなのでしょうか。



千代田線の日比谷駅についたら女子がごっそり。でも、宝塚とはちょいと年齢層というか人種が違うような。地上に出てわかりました。日生にGact(眠狂四郎)、クリエに内くんが出てるからなのね。なんか、エストロゲン濃度が高い気がした。


かなり出遅れてしまった「虞美人」ですが、そうか、キムシンだったかあという以上に、すっかり自分が中国史を忘れていることに愕然としました。


出てくる地名とか人名が耳で聞いただけだとわかんないんですよ。「シンの国」っていったって、晋なんだか清なんだか秦なんだか。項羽と劉邦の時代なんだから、秦に決まってんだろうなんだけれど、始皇帝って言われてやっと思い出す情けなさ。


カンヨウも「へ? 漢陽?」って思っちゃって、それじゃあ朝鮮半島になわけですが、咸陽にたどりつくまでポカーン。カンオウも、ええと韓の王?と勘違いするとんちんかん。


ねえ。ソルフェリーノといわれる分には、それがそこだかわからなくても「そうか、ソルフェリーノという場所があるんだな」とスルーできるのに、なまじ漢字だと、それがどの字なのか結びつかないとすっごイライラする。カタカナのまま放置できない。ホゲは放置できても、チョウリョウは張遼? 張凌? とかぐるぐる(張良だっつーの)。


そのたんびに集中力が途切れる。なので、どうして装置に地図をどかーんとつかってくれなかったんだろうと、少し逆恨みしました(ソルフェリーノでやったやん)。できれば、主な登場人物も、人名と肖像画(夢こわすような昔のでいい)つきで左右に並べてくれたらさらにうれしかったんだけど。どんくさい装置になっちゃうのは承知でお願いしたかった。


装置はテアトルエコーの大田創さん。「王家」もこの人だったみたいですが、今回はグラフィックな背景でけっこう面白かったです。ただ、それが物語を伝えるのに役立ってたかはいまいちわからなかった。なんで梅? なんで項羽は獅子に乗ってやってくる?とか。きっとこれも何か意味があるんでしょう。わかる人にはわかる。でも私にはわかんなかった。ならば、地図~と思ったわけです。


キムシンの本+演出は、予想よりはよかったです。相変わらず荒いし、80人近くいるの上から15人ぐらいしかつかってないけど、それはまあいつものことなので。


いちばんの儲け役は張良だしょうね。諸葛孔明なわけだから。冷徹に劉邦を傀儡王のように操る。まっつにぴったりだ。いや、まっつ、うまい! 薄ら笑いがかっこいい! この人がいなかったら、今回の「虞美人」は成立しなかったかもと思いましたよ。


あとはやっぱり初?女装のダイモン@桃娘。芝居のうまい人だから心配してなかったけど、本当に器用だと思う。声とセリフは無問題。みわっち@韓信とのよりそいシーンで無理やりひざ折ってるのがばればれだったこと以外は満点なんじゃないでしょうか。あと、鬘か。なんでずっとおかっぱ? 童はしょうがないけど、おかっぱ似合わんで。あごのラインを隠したかったのかなあ。それともキムシンチョイス? 惜しいなあ。


ラストのあやねちゃんはきれいでした。キハも似合ってたけれど、虞美人もとっても似合ってた。呂妃をたずねていくくだりとか、キムシンが雑にしか書き込んでないのに、虞妃の心のうちがよ~くわかる。いい娘役になったなああと思います。しかし、寄り添い系がまたひとりいなくなるのね。寂しい。


そういえば、まあくんの歌が上手に聞こえました。耳、おかしいかも。 



劇団、本谷有希子公演。


「お前が生まれたから母親が去った」と言われ続けて育った女(小池栄子)は、夜になると寂しさにむせび泣く父親を憎み、愛していた。その父が恋人(広岡由里子)との再婚を決めた日、彼女は父を殺すことを決める…。


孤独にむせびなく父親への愛情にからめとられてひとり立ちできない頭でっかち女が、男に体をゆだねることで自分の道を歩みだす、っていう物語なんだと思いますが、小池さん演じるジュンが男を知るきっかけをつくるのが、安藤玉恵演じる友人のキョウコ。


いやあ、よかったです。安藤玉恵。すげえです。


キョウコは「やらせてくれ」と頼まれたら断れない女で、大好きな「先輩」(水橋健二)のためなら、まわされたってOKという、ありえんだろうという人なんだけれど、彼女が演じるキョウコを見ていると、「そういう気持ちになるのかもねえ、あなたなら」とえらく当たり前に納得してしまう。


ようはうまいってことなのかもしれません。でも、暗転して彼女が目の前にいた瞬間から、そういう人なんだろうと納得させる何かがあった。小池さんと茶飲み話してるだけのなのに、たぶん、この人は救いようのない、でも、だからこそいとしい女だと思わせるたたずまいがあった。なんなんだろう。あの、全身から発する救いようのなさは。


残念ながらポツドール時代は見てないのだけれど、こいつ、天才だなと思いました。


主演は小池さん。ナイロンとか演舞場とかで何度か見てきたけれど、今回ほど「舞台に向いてるんじゃないの」と思ったことはなかった。


ジュンは、キョウコと対照的に頭でっかちな女。彼女の頭でっかちさに、スーフリ的鬼畜の「先輩」すら敗北感を感じてトルストイを読み始めてしまうというくらいの。


役柄的には決して彼女に合ったものではないんでしょう。もうちょっと少女っぽい人がやったほうがよかったんじゃないかとも思ったりもしたくらいで(そのほうがジュンの残酷さがもっと出たかもしれない)。でも、突然、妄想に逃避しちゃうくだりとか、トランス状態の一歩手前で、いい感じでした。


面白かったです。ただ、本よりも役者のインパクトのほうがが強かった。演出がいいということでしょうか。


1時間40分くらい。青山円形劇場。