むかしむかし、遊眠社とかつかさんの新作のときは3回チケット確保が常でした。一回目はわけがわからず過ぎてしまい、二回目でやっとほほ~、そうなってるのかとわかる。なので三回ぐらい見ないと芝居を楽しむってところまでとどりつけない。
歌舞伎も最初のころは好みっぽいのは3回ルールを適用してたんですがいつのまにか消滅。それを久しぶりに復活させてみようと思ったのが今月の「大江戸りびんぐでっど」でした。自分でもなぜなんだかわかりません。不安だったのか、わかりたかったのか、面白いだろうと思ったのか。
風呂敷広げっぱなしだようなあと思った初日。1週間して観たら少しまとまってきちゃってるなあと思い、千穐楽には感動しかかっている自分がいました。
なんかね、「いい話」になりつつあったんです。生きているようで死んでいるハケンを利用してうまく立ち回ったつもりが、実は自分が生きているようで死んでいた半助、ってえところに焦点がぱちんと合った。
芝居が練りあがったからそう見えたのか、回数見たからわかったのか。たぶん、両方なんだと思いますが、新吉のはらわた食らって、血のりで真っ赤になった顔で花道を走り出す半助@染を見てたら、本当に泣きそうになった。
夜の「鼠」でも思いましたが、歌舞伎役者ってえのはやっぱりすごいです。どんな脚本であっても「ここを押しとくときくんだよねえ」というツボを必ず見つけてくる。それ以外のアナを忘れさせるくらい、くいっくいっと絶妙にそのツボを押してきやがるんです。
渡辺えり女史の「舌切雀」すら千穐楽では泣きそうになったくらい涙腺のやわなヤツの言うことですからあてになりませんが、「りびんぐでっど」のとっちらかりぶりは「雀」の数段上。それでも「いい話」にしてきやがったかいと思いました。
もちろん、これも歌舞伎なのか、歌舞伎座にふさわしいかどうかって話は別だと思います。ただ、「歌舞伎座にふさわしい歌舞伎とは」という論議を巻き起こしたのは、「りびんぐでっど」の功罪の功のひとつだと思いました。
いまや、「野田版」は作品の質を問われることはあっても、「歌舞伎としての是非」を問われることはほとんどない。そんくらい新作の間口は広がった。広がってしまったと言ってもいい。これは「新しい歌舞伎」にとっては、ある意味危険な状況なんじゃないでしょうか。「研辰」が成功したのは、抵抗勢力が厳然とあったからだと思います。観客、製作サイド、裏方、それぞれが「歌舞伎はこうあるべし」というものを持っている状況だったからこそ、そいつらを納得させるべく野田さんと中村屋は七転八倒した。そしてあの「研辰」ができた。
クドカン氏は今回、少なくとも観客の「歌舞伎はこうあるべし」に直面したんじゃないかと思います。たぶん、中村屋も久しぶりに。僭越ながら、二人にはその観客の「反感」をどうか覚えておいてほしい。そしてそれをねじ伏せる作品を次は作ってほしい。
楽ではじめてのカーテンコールがありました。
中村屋に呼ばれて舞台に上がったクドカン氏は「また観に来てください」と言い、次に前に押し出された染五郎さんは「これは歌舞伎です」と言いました。
涙がでかかった千穐楽の「りびんぐでっど」でしたが、落涙は「また」にとっておきたいと思います。