旅に行きたいなーーーーーーーーー。




遠くに。




貧乏旅行。




で、好きな国で永住。




それって、旅じゃねぇし。




暖かいトコ。




アタシの手に自慢できる武器が欲しい。

この前、出かける直前まで友達と電話してた事があった。


友達にも用が出来て、アタシも出かけるからって事で電話を切った。



そしたらすぐまた同じ友達から電話。


「どうしたんだろう?」と思って出た。



友「今日、事故を4回見たから、気を付けて。家族にもメールしたんだけど、今日、子供が引かれたり、追突があったり衝突があったり。。。だから、気を付けて。」



アタシはそれがすごく嬉しかった。


友達は、怖かったから。っていう特になんてことないつもりで、ただ、「事故を沢山見たから気を付けてー」っていう注意をしてくれただけなんだろうけど、アタシはそれがすごく嬉しかった。



その嬉しさは忘れらんない。なんでかな?すごく嬉しかったんだ。何気ない人の優しさに触れたっていうのかな?ホントに嬉しかった。ありがとう☆




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今日の夕方、アタシとヨシオの仲人をしてくれる人に会う予定。17:30から。


電話が来た。



仲人「今日は、16:00だったな?」

私「16:00に変更ですか?17:30ではなく?」

仲人「17:30なんて寝てしまう!16:00か16:30!わかったな!?」


ガチャン。ツーッツーッツー



再度電話が来た。



仲人「寝ないで待ってるから17:30に来なさい。」

私「わかりました。ありがとうございます。」




多分、忘れてたんだろうなー。


「夕飯を用意して待ってるから17:30に来なさい。」って自分で言ったこと。


っていうか、17:30なんて寝るワケねぇし。


っていうか、仲人頼んでもねぇし。


立候補仲人だし。



ま、いっか。やってくれるって言うんだから。





17:30,行ってきます。ヨシオ、初対面であの人だったら、相当に面食らうなーー。頑張れヨシオ☆

アタシの家は、アタシが小さい頃、ものすごく貧乏でした。


や、別に今が金持ちっていうワケじゃないけどさ。今はやっと人並みの生活が出来るようになったのかも知れない。



ものすごく貧乏だったアタシの家は、小さな雑貨屋を細々と営んでいました。田舎の小さな雑貨屋でした。最初は結構売れたみたいで、父がサラリーマンでもらってくるお金より稼いだそうです。それでも家庭は火の車でした。


アタシは小学校で使っていた上履きが小さくなってボロボロになっても「買って」ってなかなか言えませんでした。靴は高いモノだと思っていました。


旅行にも行ったことが無くて、母は近所の人に「たまには子供を旅行に連れて行ったら?」と言われて悔しい思いをしたそうです。その近所の人は当時お金持ちで、しょっちゅう旅行に行ったり、新しいモノを揃えたりしていました。


アタシは羨ましかったけど、「ウチは貧乏なんだ」って子供ながらに分かっていたのか、「旅行に行きたい」とかって言わなかった気がします。「旅行は金持ちの人しか行けないんだ」って思っていたのかもしれません。



アタシの父は、裸一貫から出た人でした。

父は末っ子ですが家を継ぎました。兄は居たのですが、いろんな理由があり父が継ぐことになりました。父の両親は父が19・20歳で相次いで亡くなりました。借金もありました。父の両親が亡くなり、兄が家を継がないことになり、田んぼや牛を売って借金を全額返済しました。その代償に、何も残らなかったのです。


父は、一生懸命働きました。働いて小さな1DK位の家を建てました。それから母と出会いました。結婚するため、家を増築しました。そして、結納金を貯めました。当時の30万は今の150万くらいでしょうか?


両親も居ない父に、何の財産もない父に、母の親は結婚を許すわけがありませんでした。厳格な母の父は4年間結婚を反対してきました。


同じ職場だったため、母は仕事を辞めさせられました。今考えると本当にあり得ないことです。仕事を辞めさせるなんて!しかも、会社に連絡したのは母の父で、その翌朝から親は「出勤しなくてイイ。お前はもぅ、解雇された。」なんて言うのですから。あり得ない話です。異常とも言えるでしょう。


4年後、結納をしました。結納をして1週間で結婚しました。母の父が「アイツ(私の父)は1人で暮らして居るんだろう?結納もしたんだし、早く行ってやれ。」その一言で、1週間で結婚式をしたのです。


当時の結婚式の集合写真を見たら、吹き出してしまうほどです。何故なら、母の両親の歪んだ口元。引きつった顔。集合写真なのに、完璧に怒りをあらわにした写真でした。


そして、10年ほど前、厳格な母の父が他界しました。


最後の言葉が「お前の(私の母)旦那が一番可愛い。よくココまでお前を幸せにしてくれた。結婚を反対したけど、オレはお前の旦那が一番可愛い。」と、言ったそうです。





貧乏で裸一貫から出た父。それを支えた母。旅行にも行けず、上履きを買ってもらうこともためらった。20年頑張り続けた父と母。


今、アタシの父と母は小さな会社の社長・専務となって、可愛い孫にも恵まれて、幸せに暮らしています。



父が最初に作った家にアタシは約14年住みました。そして、今の家に9年。一人暮らし2年。今現在、新しい家を建築中(道路の拡張で引っかかったので)。その家には3・4ヶ月くらいかな。住む予定です。



生涯のウチ、3度も家を建てるなんて滅多にないと思います。アタシは父と母を誇りに思います。父と母の子供で良かったって、つくづく思います。




アタシの家は昔、とっっっっても貧乏でした。村一番の貧乏な家でした。でも、それで良かったと思います。あの頃は辛かったけど、今はそれで良かったんだと思います。




長々と書きましたが、読んでくれて有り難うございます。

土曜の夜、久々にヨシオの部屋に行った。



「また汚いんだろうなぁ~」って思って行ったんだけど、キレイだった。


あれ?っていう顔をしていたら、「お前の咳の原因がオレの部屋の汚れじゃないかと思ってキレイにした。ホコリ落としたりした。洗濯もしたし、食器も洗ったよ。」



ニッコリ。さすが。一人暮らし歴7年。



すぐに部屋着に着替えて2人でゴロゴロ。テレビ見ながらゴロゴロ。お風呂入ってゴロゴロ。アタシがDVDを見ている隙にいつも寝るヨシオ。見終わってヨシオの腕の中に潜り込むと暖かくてすぐ寝れる。ヨシオはうざがりもせず笑って抱きしめて寝てくれる。けど、朝起きるといつも互いに背中を向けているんだけどね。互いに。


8:30頃ダラダラと起きて、着替えて新潟の東京インテリアに行った。装飾品を沢山買った。結婚式の準備をした。帰りにワーナーマイカルシネマズ県央に行って、ずっと見たいと思っていた「シンデレラマン」を見た。最初から泣かされっぱなしで、ハンカチが手放せなかった。そのハンカチを奪ってヨシオは涙を拭いていた。


親子愛・夫婦愛を感じた映画だった。泣けてしかたなかった。お勧めです。シンデレラマン。



部屋に帰ってから、結婚式の備品の準備をした。夢中になってろくに話もせず黙々と作業をして気づけば12時だったので寝た。



最近、改めて思ったこと。付き合う頃以上にヨシオを愛おしいってこと。誰より失いたくないってこと。



アタシとヨシオが出会ったのは去年の11月。アタシに彼氏は居なかったけど、ヨシオには2年付き合っていた彼女が居た。今年の5月、飲み会で再会した。ヨシオは2年付き合った彼女と別れていた。「久しぶり~。また小さくなったんじゃねぇけ?」と言われたのが、久しぶりに会った第一声だった。「なってないし。そっちこそまたでかくなったんじゃない?」って返したのを覚えている。


再開したのは、アタシの友達でありヨシオの先輩であるKと飲み会の約束をしていたから。「誰か紹介してくれ」っていうお願いで、この日の飲み会はKのために開いたようなモノだった。Kの隣にはアタシの友達S。アタシの隣にヨシオが座っていた。12時頃まで飲んでいたけど、皆楽しくて離れられず、結局Kの部屋で飲み直した。


アタシはその日からヨシオのことが気になっていた。


アタシとヨシオが急速に近づいたのはそれから10日後くらいだった。


夜遅くまでデートして、2回目のデートでヨシオのカラダを知った。ヨシオがアタシに対する特別な感情なんてなかった。罪悪感はあったとしても。


アタシはヨシオが好きだった。好きだったから悲しかった部分もあった。でも、好きって思う気持ちがアタシにストップをかけなくて、アタシ達は何度も愛情のないセックスを続けた。何度も、何度も。



ヨシオとの関係に心が疲れた時があった。「もぅ限界かなぁ・・・」って思った事があった。そう思った日、アタシはアタシからヨシオにメールするのをやめた。


毎朝、必ずと言ってイイほど、ヨシオにメールを送っていた。けど、限界を感じ始めた翌朝、アタシはヨシオにメールしなかった。


夕方、仕事が終わって家に帰って洗濯物をたたんでいたらヨシオからメールが来た。


ヨ「仕事終わった?夕飯一緒に食べない?」

私「何処で?」

ヨ「六日町で。前に行きそびれた所。」

私「今日、その店は休みだよ。」

ヨ「じゃあ、ソバは?」

私「いいよ。」

ヨ「着く頃、また連絡するねー」


正直言って、アタシはこの時迷った。いつもだったら会いたくて「もちろん行く!」って言っていたのに。この時はすごく迷った。会いたかったけど、今会って良いのか、ものすごく迷った。けど、会うことにした。


いつも通り、楽しく食事をして、外でイロンナコトを話した。家族のこと。友達のこと。自分のコンプレックスまでも。それから近くにある露天風呂に一緒に入った。


ヨシオはアタシを抱き寄せていたかったけど、アタシは何度も離れた。この日、アタシは怖かった。ヨシオに何を言われるのかが怖かった。「もぅ、会わないようにしよう。」って言われたらどうしよう。ってずっと思っていた。だから、ヨシオの近くに居るのが怖かった。


それなのに何度も抱き寄せて自分の側に置きたがるヨシオの腕を離してヨシオから離れた。



ついに捕まえられてヨシオが発した言葉。「ちょん。。。付き合おう。」この時、アタシは「うん。。。」ってしか言えなかった。そのまま抱きしめられたままだった。「アタシで良いの?」とか「嬉しい」とかっていう気の利いた言葉も出なくて、ただただ何度も離れていたのに、もぅ離れたくないって言っているかのように抱きついて離れなかった。



あれから、もぅすぐ4ヶ月。まだ4ヶ月。もぅ4ヶ月。アタシが今の名字でいるのは5ヶ月もない。



アタシ達は付き合って1年もしないうちに結婚することになった。それは他の誰が望だのではない、アタシ達が望んだこと。時間は関係ないって思った。


「ずっと一緒にいたい」と思ったから結婚しようと思った。ただそれだけのこと。とても曖昧で、ぐらつきそうな感情と約束。だけど、一番大事でどちらかの努力だけじゃ保てないモノ。


アタシは結婚をしたことはないけど、結婚をしようと思ってするならば、自分の将来はもちろん、相手の将来をも背負うモノだと思っている。「そうかな?違うんじゃない?」って意見もあるかもしれないんだけど、アタシはそう思って結婚しようと思っている。だから、適当なことは出来ないし、一番守るべきモノだと思って結婚しようと決めた。



ただ単に、ヨシオが大好きだと思う今の気持ちを第一に、そう決めた。




シンデレラマンで、妻役のレネーのセリフ「アナタは私が支えているの。私が支えなきゃ。」って。


アタシが支えなきゃ。アタシが支えているからヨシオが安心して仕事が出来るように。アタシが支える。

昨日、アタシの姉と母がある人に会った。仮にBさんとします。


Bさんは、ダウジングなどをやるらしくて、イロイロ見てもらった。母のこと・姉のこと・ヨシオのこと・アタシのこと。




まず、母について。心の中に緑の綺麗な草原があったとしたら、母の心には釘が刺さっている。らしい。実際問いかけられたらしい「釘が刺さっているように見えますが、ご自分でわかりますか?そして、あなたは引きずる人です。」母は涙ぐんで兄のことを話したそうだ。


ちょっと前に母と兄が喧嘩した。アタシもその終日前に兄とぶつかっていたのだけど。その喧嘩と兄が発した言葉に母はまだ引っかかっているようだ。許せないでいるようだ。母は自分で「年を取ると邪念が入るから」と言っていたが、そうじゃない。それは言い訳。プライドが高いが故に許せないんだ。きっと母は兄を許さないだろう。ずっと引きずったままだろう。変えることができないのは、自分で変える気がないから。きっと釘は抜けないだろうなって思った。


でも、せっかく教えてもらったのだから、変える努力をしたらいいのに。



姉について。姉は今、ウチの会社に入っていない。家事もあるけど、自分で仕事をしている。ネットワークビジネスだ。取り組み方は半端じゃない。「感動で人は動く」ってことを、姉から教えられたと思う。本当に一生懸命やっている。けど、姉はウチの跡取り。直結している人間がウチの仕事をしないのは良くないらしい。婿養子に入った兄がやるのでもない。アタシがやるのでもない。ヨシオがやるのでもない。姉がやらなきゃダメらしい。パズルのピースのような存在で、姉が入らないといつまで経ってもそのパズルは完成しないらしい。だから、姉は近い将来、ココにはいるだろう。



ヨシオについて。ヨシオがウチの会社に入るのは、イイらしい。母は正直心配していた。ヨシオが入って、兄とぶつからないだろうか?比べられないだろうか?と、心配していたらしい。けど、Bさんが言うにはヨシオは入ってもイイらしい。良かった。。。。



で、アタシについてだけど。。。。

「ちょんさんは、ココに居るべき人ではないです。他にやりたいことがあるハズです。それをやらせるべきです。」って言われたらしい。それについて、昨夜母から問われた「何をしたいの?」と。おいおい、いきなり聞かれても・・・・。と思ったし、一生のことだと思ったからアタシは「よくわかんない。だから、今これがやりたいって言えない。」と、言った。母は案の定「自信持って言えないって事は無いんだね?」と言ったので、「一生のことを簡単に言えるはずがない」と言った。


母の心配は、会社の経理だ。アタシが抜ければ大変なことになる。と、でも思っているのだろうな。


何度も何度も「お前とおねぇちゃんで一緒に事務して、午前午後と分けて、で、もう一つ仕事をやればいい。」って何度も言った。


しつこいくらい言うから、「アタシが居なくなるとでも思っているの?だから何度も同じ事を言うんでしょう?」と言ったら黙った。


今、アタシ自身、何がしたいのかなんて分からない。一生掛けてやりたいことなんて分からない。けど、これからそれに当たるんだと思う。だから焦ってない。これから持つ自分の家庭に支障をきたすようなことでないって、何故だか分からないけど、それだけは分かる。だけど、今すぐじゃないけど、今の仕事から離れるんだろうなって、なんとなく思ってきた。もっと、今の会社が大きくなって、経理の方も外部の人間がやって、アタシはその指導をするのかなって思う。でも、ほとんどは任せっぱなし。そんな気がする。


会社内の他の部署が出来るのか。そこに配属されるのか。それとも会社から全くノータッチになるのかもしれない。それはわからない。けど、今やっている仕事をずっと続ける事はないってずっと思ってきた。分かっているって言った方が正しいのかな?何故なら、基盤を作ったら抜けようと思ってきたから。そのうちアタシ1人じゃやりきれなくなる。外部の人間を入れた時が、アタシが抜ける時だと思っている。




いずれアタシはココを抜けるだろう。アタシが抜けた方がイイのは、アタシのためでもありヨシオのためでもあるかも知れない。




今度、アタシもBさんを訪れたいと思う。



今夜は甥っ子達の誕生日☆プレゼント買いに行かなくっちゃ!

ココ最近、ブログを書いてない。



別に書けない事が多いのではない。



書くネタが無いだけかもしれないし。



書く気分になれないもかもしれない。



多分、理由の大半は前者だろうな。




今日、魚沼地区の新聞を珍しく読んでみた。


ウチの会社は新聞を2つ取っている。そのうちの一つから。




知的障害者授産施設が新しくできたそうだ。ウチから結構近い。


それから、魚沼地区で100歳を越えたお年寄りが21人居るそうだ。目指せ長寿大国か?と思ってしまった。85歳には座布団。88歳には花瓶が贈られたそうだ。めでたい。


今月の27日から浅草で「魚沼産コシヒカリ」を売るそうだ。観光の活性化。200年にNHK連続テレビ小説「こころ」のロケ地の縁で交流が続いていて「2005南魚沼産コシヒカリらいす・ぬーぼーin浅草」が実現したそうだ。




いろんな記事があるけど、「頑張ってるなぁ~魚沼」って思った。去年の震災以来、中越地区は何処の地域でも「頑張ろう十日町」とか「頑張ろう魚沼」とかっていうフレーズで町が活性化している。




今、地球が変化を起こしている様に見える。ハリケーンやスコール。日本でもスコールが降るようになった。大昔、日本では「梅雨」という時期はなかったそうだ。他の国と同じようにスコールが降っていたそうだ。それは温暖化だけのせいではない。つまり、地球は元に戻ろうとしているのかもしれない。繰り返すのかも知れない。



中越地震もおかしな事じゃなかったのかもしれない。



被害は沢山出た。死傷者も多く、今でも仮設住宅に住んでいる人もいる。これから寒く長い冬がやってくる。私達人間は、これからどう生きたらいいのか。



CMではエコに御協力下さいと宣伝している。節電・節水・ディーゼル車の廃止(アタシの車はディーゼルだけど走行可能のディーゼル車)。禁煙エリアが増えたら喫煙者も減った。ゴミも減った。マナーが見直されてきた。



できることから始めたら良いのだと思う。




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22日、ヨシオが我が家に来た。23日、富山に行って式場の予約と衣装を見てきた。衣装を1つだけ押さえてきた。その後、ヨシオが富山にいた時のバイト先で食事~。焼き肉旨かった。アイスをサービスしてもらった。料金でサービスしてもらえばなおのこと嬉しかったのだが。ごちそうさまでした。


24日、子守と家で義兄の妹にPCを教えた。PCが全然使えないのに、「PC使えます!」と言って面接した会社に今日から中途採用で入社。とりあえず、ワードとエクセルを教えたが、果たして・・・・ってか無茶だろう。


夜、ヨシオが来た。25日、蔦谷に行って結婚式のことをイロイロ調べた。夕方、どっかの新聞社の取材と撮影。撮影は家族揃って。こうゆうの、すっごい苦手。無事に終わって、夕食。



夜はゆっくりできた。ウルルン見ながらヨシオは寝てた。見終わって、アタシも寝た。ウチで寝るときはヨシオと別の布団で寝る。狭いから。


初めてヨシオと一緒に寝たのはヨシオの部屋だった。けど、シングルじゃ狭すぎて眠れなかった。翌日、ニトリに行ってダブルベッドを購入した。


睡眠に関しては、すっげぇ行動力。うちら。





ココまでで決まったこと。


式場・衣装1点・衣装を借りるところ・招待客(ほぼ決まり)


かな。




式に呼ばれると危険を察知している友よ。富山ですので、ヨロシクお願いします。しつこいようだけど。

昨日は、朝から腹立たしいことがあって、さらに夕方、仕事が終わる直前に輪を掛けて頭に来たことがあった。あまりにもむかついたから、昨日の仕事はさっさと切り上げて帰った。帰った頃、友達から電話があってイロイロ話していたらその友達に会いたくなって、


私「ねぇ、今日なにしてる?」

友「友達と飲みに行く」

私「ホントに飲みに行くの?」

友「ホントにってなんだよ。。。」

私「何処に?」

友「ドラゴンタイフーン」

私「アタシも行きたい。」

友「あー、来る?ヨシオ連れて。見たいし。」

私「行く。でも、他の予定があるから、また連絡する。」



結局、他で約束していた予定を蹴って(←ひでぇ)ヨシオと新潟へと向かった。



人が興奮しているときのエネルギーってすごいねー。何処でも行けそうな気になっちゃうし。こわっ。




ドラゴンタイフーンが混んでいたため、友達とその友達を店から引っ張り出して、友達宅で飲むことに。ドンキ行ってお酒やお菓子を沢山買って、友達から焼そば作ってもらい、飲み散らかし食い散らかしして、最後は上海に行ったときのビデオを見てずっと笑ってたのはアタシと友達とその旦那。


すっごい楽しすぎて、時間はあっという間に過ぎてしまった。



近々、「会いたいなぁー」って思っていた友達に会えてホントに良かった。興奮状態のエネルギーの波に乗って行けて良かった。きっと年内はもぅ会えないかも。アタシの仕事が忙しいっていうのもあるし、結婚の準備もあるし。ないより友達自身がとても忙しい人だから。




ってか、いきなり乱入して友達とその友達に「悪かったなー」って思っております。はぃ。。。でも、ホント楽しかった!ありがとう☆





でも、今日はすっげーねみぃぃぃぃぃぃぃぃ。。。。。。。。。




今夜はヨシオのトコ。明日明後日、富山ーー。

発注→納品&納品書(本伝)→請求



↑これって、普通だよね?



うちもこのスタイルを取っているんだけど、正規の発注書が届かないうちに納品&納品書を出さなければいけないときが多々ある。


ウチの場合、正規の発注書とは、品番・品名・単価が入ったモノを言う。




発注書を発行する側から「納品書(本伝)を下さい。」と言われることが多々ある。




正規の発注書が届いてないのに、納品書を切れるワケがない。品番も品名も単価も分からないのに、切れるかぃ!!



おとといきやがれ!!!!ぺっぇぇ!!!!




って言いたくなる。




自分たちの仕事をしてないのに、人に仕事しろってことあるか!!まったく。。。言いたいことばっかり言いやがって!!





こっちはなぁ!言いたいことも言えなくてガンバッテんだぞ!!!




言いたいことも言えずに!!http://trying.lomo.jp/image/20050208busambomaster.mp3

言いたいことも言えずに!http://trying.lomo.jp/image/20050215busambomaster.mp3



↑携帯では聞けないかな。

結局、週末から二日続けて2通のパンフレットが届いた。



面白すぎる。ヨシオママ。



っつうか、ありがたい。





18・19は富山に行く。留め袖を作ってもらうために。。。



18日は、京都の呉服屋さんが来るらしくて、「なるべく早く来い」とのこと。。。



京都からわざわざ来るのかよ!?



富山の結婚式やら結納やらは・・・どうやら派手らしい。。。。すげぇな!!




アタシの叔母が洋裁をやっているので、今日の休み時間にこっそり計りに行った。叔母さんもビックリ。「留め袖作ってもらうの??富山って派手だねぇ。名古屋ばりに。」ホントに。すげぇ。




こちら側の御礼として多分・・・袴とか作るんだろうな。。。



ってか、すごすぎ!!!



てか、そこまでやらんでも。。。。って思うのはアタシだけだろうか???






結婚式&披露宴は富山で行う方向で話は進んでいる。会社関係は呼ばない。親族と友達だけ。「オレか?オレなのか?」って思う友達は覚悟してて下さい。会場は富山ですヨロシクどうか。