ママを探して
7個くらいの夜が過ぎた…

ママは僕が
嫌いになったのかな?


ママはどこへ
行っちゃったんだろう…


捨てられたの?


お腹が空いて
ペコペコになった。


仕方がないから
ゴミ捨て場に居たんだ。
そしたら
お兄ちゃんが来て
僕をお家に連れて行った。

新しいお家だと思って…
とても嬉しかったんだ。


美味しいご飯もくれた…


なのに なんで…?


なんで僕のしっぽを
切ったの?


なんで僕の足を切ったの?



良い子にしてたよね?


なんのために・・・・
僕生まれてきたのかな…




2002年5月
某大手掲示板にて
猫が公開虐殺をされるという事件がありました。


みんなの署名活動が実り
犯人は異例の逮捕
有罪判決となりました。


このような事件が
二度と起きないためにも
貴女の力を貸して下さい。





ぷ~さんのブログよりバトンです。


珍しくバトンを回してみました。


やっぱりこうゆうのって、ダメだと思うから。


だって、自分がされたらどう?


手を切られて、足を切られて、面白半分に公開される。


動物だって同じ。小さい生き物だからって、粗末にしてイイ命なんてあるわけ無い。


死んでもイイ命なんてあるわけ無い。


摘み取ってイイ命なんて、1つも無い。







「お前が、俺を殺したいなら殺してもイイよ。…もし、誰かに殺されるなら、ちょん、お前に頼む。」って、言われたことがある。


私は「イヤだよ。」と、断った。


大切な人を自分の手で殺すなんて、もぅしたくない。





摘み取ってイイ命なんて、1つも無いんだ。

我が家では姉と義兄が時々、ものすごい大喧嘩をするんだけど、つい最近もあった。


離婚話まで出て、私もこの先を考えてしまった。


まぁ、もぅ仲直りしたからイイんだけど。




仲直りが済んでから姉と話しをした。


以前、喧嘩した時のことを話した。


その日は、冬の寒い夜で、一番忙しい頃。


家族全員がイライラしていて、姉と兄がぶつかった。


あまりの怒鳴り合いだったので、心配になり姉夫婦の部屋に飛び込んだ。


母と2人をなだめて話しをした。内容は忘れちゃったけど、その時の姉の一言が忘れられない。


泣きながら「パパのことを嫌いになったんじゃないの!」って言った一言。






それが忘れられなくて、今でも2人が喧嘩をすると思い出す。


また姉が泣くんじゃないか?あの強い姉が泣くんじゃないか?と思うと、こっちが悲しくなる。





この時の話しをして、私は姉に「ママ(姉)が泣くトコを見たくない。あの時、とっても悲しかったから。ママが泣くトコを見たくない。泣かせたくない。」と、言った。

姉はビックリした顔をして「ありがとね…。」と、言った。私は、自分の家族がホントに大事なんだと思う。イヤ、もちろんみんな大事なんだろうけど、自分がココロから家族を大事に想っているコトにビックリした。こんなに想っている自分にビックリしている。





愛情は、家族から教えてもらった。

人を愛することも、家族から教えてもらった。





人を愛せる人間だと思っていた。

だけど、今までの愛情表現や「愛している」という言葉などは、自分のためだけだったような気がする。

他者を愛してきたんじゃない。自分を挟んで相手を思ってきたのかも知れない。愛してきたのは自分だけだったのかもしれない。




父58歳…小企業の社長。

母55歳…小企業の専務。

義兄31歳…小企業の常務。

姉31歳…月収20万の専業主婦。

甥っ子1…今年5歳。双子の兄。

甥っ子2…今年5歳。双子の弟。




姉が時々言う。「自分のことは何を言われてもイイ。家族のコトを悪く言われるのは、我慢できない。」私もそう思うよ。


家族って、特別すぎて言葉で表しきれない。

空っぽの冷蔵庫に食材を詰め込む。


冷蔵庫が充実すると何故か嬉しい。ホッとする。




昨日は姉家族と、隣町のイベントに行ってきた。暑すぎて1時間程度で逃げた。

ワインが紙コップ1杯で500円!高っ!!

ワインのイベントなのに、500円は高すぎじゃねぇのか?と疑問を抱いた。


朝はいつも通りに起きて、みそ汁を作ってご飯を炊いて納豆と冷や奴で朝食~。と思ってご飯が炊けるまで二度寝したらお昼近くになっちゃった。。。

結局、みそ汁だけ食べてイベントに行ったんだけど、暑くて「即帰宅」を要求してしまった。


帰り道はジェラート屋さんに行って、ティラミスアイス。ココナッツアイス。杏仁アイス。食べた。食べ過ぎっ!


帰ってからDVDを見た。「ペイフォワード」を見たんだけど、じんわり感動。


しばらくダラダラして、夕飯の準備。


昨夜はすき焼きを作った。


白菜・きのこ・結びしらたき・牛肉・豚肉・ネギ


久しぶりに食べたけど、美味しかったなぁ~~☆


かたづけてからまたDVD。「ワールドトレードセンター」 …眠っ…寝た。


なんかねー。つまんなかった。30分くらいしか見てないけど。


友達が「ハンニバルライジング」を借りたらしい。そっちが見たかった。。。




で、今日の朝食は、明太子おむすびとハムエッグ。

イベントに行ったときにハムを沢山もらったから、ハムエッグ。

美味しかった。

6時過ぎ頃に起きて、支度して、朝食を摂って、ラクラク出勤。


こんな毎日で丁度イイんだけどなぁ。






今日は敬老の日だけど出勤です。

取引先などは休みらしいので、電話も鳴らないし。ラクラクだ。こんなに楽なら休みたいけど。

友達がリカちゃんの日記についてブログに書いていたので、私も便乗。




私もリカちゃんは勝手だと思う。


勝手すぎると思う。


嘘ついているのがツライから、旦那さんに他に付き合っている人が居るという事実を話すことで自分は楽になっただけじゃん。って、思った。ホントに思いやりがあるのなら、話さないべきだと思うから。(ま、ホントに思いやりがあるのなら浮気しないんだけどね)


自分自信が抱える罪悪感を軽減しただけで、正直になったなんて言えないと思う。余計なコトじゃないかと思った。


浮気するなら隠し通すべきだと思う。私だったら墓場まで持って行く。





それからせいあのコト。

「極力せいあには負担をかけたくない。時間の面でも。金銭面でも。」と、書いてある。


はぁ?ひとりで1人の人間を育てるのに、負担がかからないワケがないだろう?さらに精神的にも負担がかかるっつうの。


負担をかけるのだから「負担をかけたくない」なんて、自分よがりもイイトコだと思う。

「負担をかけることを申し訳なく思う」くらいだったらまだしも、「かけたくない。」…アホですか?と、正直言って思いました。




前の日記を読んでも思ったけど

「この先、友達とせいあが居てくれたらそれでいい。」って、書いてるけど、リカちゃんはせいあを愛しているのだろうか?って、思った。自分を一番に愛した結果がこれじゃん?って、思った。

そして「逃げるとかじゃなく、私が居なくなれば2人を苦しめている原因がなくなる。」と、書いてあったけど、

その考えは逃げじゃん?って、思った。





離婚するな とは言わない。離婚が悪いとも言わない。離婚するまでにはイロンナ思いや出来事があったのだと思う。





だけど、友達のブログに書いてあったように、自分の意志で造った家庭に対して「責任」を持たなきゃって思う。ホント、周りを振り回しすぎ。


りかちゃんが導き出そうとしている結果は、自分にとって一番楽な答えでしかないと思う。






他の男と付き合うなんてどうだってイイ。

ただ、黙っておくべきだろって、単純にそう思う。

先月、専門学校のクラス会をした。


集まったのは10人程度だったけど、楽しかった。


20歳の頃、同棲していた彼とも会った。


相変わらずだった。


普通に話せた。


「私はやっぱりこの人のことはずっと好きだ」と感じた。


恋愛感情とか、そうゆうのではなくて、人として。っていう感じかな。


かといって、頻繁に連絡を取っているワケでもないし。互いに元気そうで良かったという感じかも知れない。


また、みんなで会う約束をして別れた。


イイクラス会だった。




***********************



専門時代の友達で今でもよく会う友達が居る。


彼女は少し、情緒不安定なトコがあるかも。


私にとっても似てる。


強がって素直じゃなくて、甘えんぼで寂しがり。


彼女には旦那さんが居て子供が2人居る。


旦那さんもまた、素直じゃなくて強がる人。


ホントはお互いとっても好きなのに。


彼女は私に「アイツは私に興味が無い。」と、漏らす。


旦那さんは何も言わない。


そんな彼女を見ていると、淋しいんだよね。ホントは「大好きだよ」って、言って欲しいんだよね。って、思う。


だから、旦那さんに言った「お前が大好きだよ。ギュッ・チュくらいのことしてやれ。たまには。」と、言った。


翌日、彼女からメール「あれから、何もないよ。。。」


付き合って5年。結婚して5年。


この間にイロイロあった。彼女の浮気もあった。もちろん旦那さんにはバレてない。


淋しかったが故の浮気だったコトを私は知っている。だから、彼女を咎めない。責めない。もぅ終わったことだから。


彼女が大好きなのは旦那さんだけ。


浮気しても、心は旦那さんだけだから。その気持ちはわかる。




可愛い彼女。


とっても愛されたいのがわかる。


結婚生活をしていても、不安になったり淋しくなったり、するんだね。

夜、時々散歩をする。


1人で。2人で。




この前の夜、1人で散歩をしていた時、思わず出た一言。

「人と付き合うって面倒くせーー!」


でも、人は好き。

だから、多くの人と関わって生きている。関わりたいから。




ただ、関わりすぎると面倒だ。



最近、関わりすぎたことがあった。

面倒で疲れた。



ちょっと離れた。

イイ距離を作れるようになった。



今は、ちょっと離れた距離が丁度イイと感じた。





離れた理由として「面倒だった。感情の起伏があると疲れる。それがイヤだった。」と、述べた。

相手は笑いながら「面倒だったって、ホントは良くないんじゃないの?」と、言った。「まぁ、イイじゃん。」と、軽く返した。




どんなに親しくても、近すぎると心地よいハズのモノが悪くなる。

そんなことを感じた。

「ちょんって、”私を見て!”っていう感じだと思ってたけど、そうでもない?」

私の愛情表現のあっさりさを知ったのか、言われたコトがある。

「男の人って好きだけど、好きじゃなかったから。100%の自分なんて、自信がなさすぎて見せられない。って思ってたから。」


なんて矛盾してる言葉。



束縛されたいと時々思う反面、私の全てを聞かないで欲しいと思う気持ち。


私は、聞かれた以上のことは答えない。

話したくないワケでもないし、隠しているワケでもない。

ただ、聞かれれば答える。


「子供を降ろしたことを後悔している?その頃に戻りたい?」と、聞かれた。

「子供を降ろしたことは後悔している。ただ、戻りたい過去は無い。」と、答えた。

「戻りたい過去が無いのは意外。」と、返された。



現状に満足しているからなんだろうなぁ。

今ほど現状に満足しているコトはない。

家族を心から愛していること。これが現状の満足度に繋がっているのだと思う。


今ほど満たされている時間は、過去に無かった。

むしろ、溢れんばかり。

そして、今ほど家族に甘えている時間も無かった。

幼少の頃、私はホントに手の掛からない子だったそうだ。

そりゃそうだ。甘えなかったもん。

甘えられなかった。自分の家が貧乏ってことに、子供ながらに気付いていたから。

「旅行に連れてって」って、言えなかった保育園の頃。

「内履きを買って」って、言えなかった小学生の頃。

お陰様で今、やっと人様並の生活は送らせて頂いていますが。



とにかく親に甘えるなんて出来なかった。

その反動なのか、問題は山のように起こした。

親が泣く姿も、学校に呼び出された時も、校長室で停学処分を受けた時も、親は私に「もうしないでくれ」とは言わなかった。「イイ先生だな。」とか「ドライブでも行くか」とか。もちろん叱られたけど、「どうしてこうなってしまったのか」「どうしてそうしてしまったのか」を聞いてくれた。

停学期間中は、「学校行かないんだから、寝てばっかりいないで家事やっとけよ。」って、言ってた。



今、思い返せば、私はとても愛されていた。

頭ごなしに叱られたコトも多い。頭ごなしの方が多いかも知れないけど。でも、聞いてくれた。もちろん親も人間で、聞くことがイヤな時は「もぅ、お前の話は聞かない。知らない。自分で考えろ。疲れた。」と、言うときもあった。聞いて欲しかったし、突き放された感があって、ショックだった。けど、自分の娘が問題ばかり起こせば親だってうんざりする。いっそのこと目の届く場所に起きたくないって思うコトだって沢山あっただろう。実際「目の届かないトコへ行ってくれ」って、何度も言われた。



それでもいつだって親は家族は私のことを考えてくれていた。

心配してくれていたし、何かあれば一番に駆けつけてくれた。嬉しいことがあれば喜んでくれた。事故を起こしたときも病院で泣きながら「お前…死ななくて良かったなぁ…」って、母が枕元で泣いた。私は黙って泣いた。



今まで気付かなかった、家族からの愛情。

ある人は言った「私は46歳まで親からの愛情がわからなかった。私は愛されてないと思っていた。けどそれは、自分の1人芝居だったんだよね。笑っちゃうけど、1人芝居だったんだよ。」って。


笑ったし、「そうそう!」って、納得した。



家族の愛情に気付けて良かった。私、現状に満足してますって、初めて言えている。

中島みゆきの「宙船」が今更ながら好きで聞いてます。


なんだ?あのビブラート?こぶし?


しびれるわぁ~~。





**************



この前、コンビニ寄ったら、高校時代に一緒にバイトしていた男の子に偶然会った。


向こうも明らかに気付いていたので「Oだよね?」と、声を掛けたら「一緒にバイトしてたよね?」と、返された。その間をOの彼女が割って入ってきたので「あ、じゃぁ…」と、バイバイ。


どうでも良いけど、夜にサングラスはねぇだろ、Oよ。


太ったなぁ~、可愛そうなくらい。


昔はもっと見れたんだけど、10年も経つとビールっ腹とかになってダメなんかなぁ。仕方ないんかなぁ。



「あの頃は…」ってやつだな。





私は高校時代から体重があまり変わってないんだけど、3㎏くらい減ったかな。


高校時代の写真を見ると、パンッパンッだもんね。ビックリする。

「あっれぇ~?今とほとんど体重変わらないのに。」って、思う。


張りが無くなった?でもまだ水ははじくよ?あの頃よりははじかないかも知れないけど。

でも、まだはじく!まだまだ!!


目元のシワが気になるけど。

口元のシワも気になるけど。

おっぱいは垂れるほどないけど。



あの頃も良かったけど、でも私は今がイイ。



私に戻りたい過去は無いなぁ。後悔はいっぱいあるけど。

亡くなった友達のブログにコメントした。


「沖縄での最後の夜を覚えていますか?ハグをしながら「また逢えます」って言ってくださったコト。あの言葉がずっと忘れられませんでした。今は逢えなくなってしまったけど、また逢いましょう。アナタの言葉通り、また逢えます。アナタに逢えて感謝しています。本当にありがとう。」




彼に届きますように。

彼が居なくなったのだと実感した。涙が一筋、こぼれた。

先日、沖縄の友達の葬儀だった。




自殺なのか事故なのか、まだハッキリとした情報が入ってこない。34歳という若さだった。


仕事を1年半くらいしてなくて、6月に「社会復帰した!」という情報をブログで確認した5日後、「辞めた」という記事が載った。


私と他の友達2人は、「5日で判断して、辞めると言う勇気。なかなか出来ない。」という高評価を出した。普通に考えれば「はぁ?働けよ!」っていう感じでもあるんだけど、彼はとっっっっっっっても繊細な人だった。



「鬱が原因で自殺した」という説と、「治療中に逝去された」とう説がある。


治療中=ヒーリング?カウンセリング中?手術中?


それも、現段階ではわからない。





去年、彼に会った沖縄での最後の夜。送ってくれたホテルの前でハグをしながら「ちょんさんに会えて良かったですよ。また会いましょう。また会えます。」と、言ってくれたことがずっと忘れられなかった。


「また会えます。」という言葉。なんてことない言葉だったけど、ずっと忘れられなかった。異性として刺激を受けたとかっていうワケじゃなくて、「また会えます」って言葉に重みと確実さを感じた。「あぁ、また会える。うん、また会えるよね。」っていう感じ。


彼から何度かハガキが届いた。CDも届いた。そのCDと一緒に「やる気のスイッチが入りますよ!」という一言だけを添えて。案の定、スイッチは入った。


ハガキには「また遊びましょう!沖縄で待ってますよ。」という内容だった。思わず「おめぇが来いや!(笑)」と、ハガキを見ながら突っ込んで笑った。


ポストカードには「不安な時もある そんな時はずーっと先を見る 先を見てれば進む方向を間違わない 自信を持っていいんだよ ゴールは決まっているのだから」と、書いてあった。

何度も見返して、今はいつも目に入る所に置いてある。あぁそっか。不安にならないね。って、時々思い返す。きっと彼も不安だったコトが多かったんだと思う。だから、私にポストカードを送ってくれたんだと思う。


彼に手紙を書きたいと思った。

彼に届くかわからないけど。彼に手紙を書こうと思う。



去年、沖縄での6日間のウチ、4日間お世話になった。イロンナトコへ連れて行ってくれた。イロンナコトを話してくれた。

最後に彼と私と年下の男の子と年下の女の子と居酒屋へ行った。居酒屋と言っても、品のある居酒屋。

豚足が美味しくて彼は私に「絶対オススメ!ちょんさん、是非食べて!」と、目をキラキラさせて言ったのを覚えてる。豚足は得意じゃなかったけど、食べたら意外とあっさりしてて美味しかった。

居酒屋を出た後、名残惜しかった私達は、バーへ行って飲み直した。

何を話したのか覚えてないほど、沢山の話しをした。そして、私達をホテルの前まで送ってくれて、最後のハグと「また会えます」という言葉。




彼との思い出は、たったの数日。だけど、とても濃い数日だった。

思い出は少ないけど、この先また思い出が増えるワケじゃないけど、彼のことは私達がずっと語り続けるのだと思う。

「また4人で会いたいね。」という言葉がお決まりの言葉だった。それは叶うことは無かった。


休みが取れたら、3人で会えたらイイと思う。彼の追悼の意を込めて。




彼のご冥福をお祈りします。会えて良かった。

またいつか、会える。