英雄たちの選択「推古天皇」を見ました。
主に血で血を争う即位。
隋との雪融け。
皇位継承しか話されなかった。
自分が興味を持ったのは、なぜ仏教で国を治めることに成功したのか?
そこについてはあまり触れられなかった。
そこで自分の妄想だが、考えてみる。
当時の日本からしてみれば、隋は巨大文明である。
だからお手本とした。
しかし、これまでは冊封体制でしか中国との付き合いはない。
そこを推古天皇が冊封体制に入らないけど、謙虚に学びますと雪融けに成功した。
では一体どう仏教が日本に影響を及ぼしたのか?
冠位十二階では蘇我馬子ら大臣など例外はあるが、家柄に関係なく実力で高い位を得て、能力の高い人が政治に参画するようになった。
十七条の憲法では仏教や儒教の教義に従い、法や徳を重んじた。
野蛮国家から法治国家に変貌を遂げようとしている。
中国から知の流入。
文字や考え方など、国をよく治めるための方法論が示され、後世に記録を残すことができるようになった。
仏教自体の持つ強力な後ろ盾。
大きな仏の力で重要な決断ができるようになる。
この時代の人たちは、貧しくても必ずご加護があるとか、大きな決断も仏に決めてもらうような仕組みも作ったのでは?
野蛮国家からの脱皮を図れたのはこの時代かもしれない。
それでもこの後も武士が出てきて争いをするが、有能な統治者も現れるようになる。
文字の登場は非常に画期的で、高度な教育をしやすくなったかもしれない。
後世の人たちの指針にもなったかもしれない。
蘇我馬子の経済力・軍事力に守られて改革ができたのも事実だが。
きっと家柄だけの人との対立があったと思うから。
この時代、史料が少ないかもしれないが、もっと大きな扱いでも良いかもしれない!