英雄たちの選択「露寇事件」 | テキトーに何か言ってるブログ

テキトーに何か言ってるブログ

甘っちょろい戯言です^^

英雄たちの選択「露寇事件」を見ました。

 

1804年9月ロシアのレザノフ来航。

1805年3月レザノフは幕府目付との面会を許される。

1805年4月レザノフはカムチャッカに帰る。

1811年ロシア軍艦艦長ゴローニン捕獲。

 

ロシアが通商を求めて択捉、国後あたりを砲撃した事件。

 

疑問に思ったのが、ロシアの海路って北極海しかないよねって言う事。

まだシベリア鉄道も走ってないから、交通インフラは船しか無く、航路も北極海に限られる。

レザノフもカムチャッカに帰っていったから、多分、ロシアの正式な使節ではなく、カムチャッカ入植者が独断で食糧や薪が欲しくてやった事かなって思った。

ロシア艦隊も来るわけでも無く・・・

 

ロシア艦隊がなぜ来ないと言い切れるかは、1806年~1812年までロシアはトルコと交戦してる。

クリミア経由でもトルコと戦争してたらダーダネルス海峡も通れない。

そして1812年にロシアはナポレオンと対決してる。

サンクトペテルブルクではヨーロッパの事で頭がいっぱいだと思う。

だから、カムチャッカに補給が来ず、レザノフたちは暴挙に出たのでは??

と思った。