清水富美加さんの本は買ってないけど、彼女を色眼鏡で見ない方がいと思う。
清水富美加さんのことはよく知らないので、自分のことを話します。
社会に出れば社会のルールがある。
会社に入れば会社のルールがある。
でも入り始めは何も分からない。
そりゃ不安になるさ・・・
学校では教えてくれないことだから。
会社によっては、「これが人間のすることか!」ってこともやらされる。
人間には個体差がある。
前任者が出来ていても、自分には相当きつい・・・
そうやって擦り減って、最悪のことまで考える。
思考停止ってやつ。
この状況を逃れる方法を知らないから。
その仕事を辞めたとしても、どうやって生きればいい??
自分に何もできることがない絶望感。
擦り減っていくと無力感しか残らない。
自分を救ったのは、仏教の本。
「解脱」という言葉を知った。
すべての煩悩を捨てる。
でも、「生への欲はまだあった」と思った。
仏教の本を読みこんだ。
自分の過去をひとつひとつ反省した。
人に寛容であろうともした。
そして親鸞さんも「いくら修業しても煩悩が消えない」と言ったことも知った。
弱ってるときは何かに救いを求める。
これは致し方ないと思う。
多分「良いことをしなさい」とか、古来から伝わる宗教はどれも経典や聖書に書いてあると思う。
「自分を変えることで救われる」ことは、いろんな哲学者が考えている。
それに感化されて、生きていれば、笑顔を取り戻せれば、悪い話でもないと思う。
大川隆法氏の本買って騙されたって思った記憶もある。
その宗教が良いか悪いかは本人の信心による。
芸能界が最低賃金払わずに法の抜け穴を見つけてる可能性もある。
大事なのは、どん底から這い上がれた時、誰に感謝したか。
自分は数々の教養の本であり、両親や行政。
だから、更生できた。
若いときには、勉強やらスポーツやら芸能人やら会社の先輩やら、必ず何かに妄信する。
いいものに感化される人もいれば、変なものに感化される人もいる。
自分も今、性悪説を信じているから、人は悪い師匠に出会えば悪くなっていくものだと思ってる。
だから、道理や分別を自分の頭で考えられるように勉強中の身です。
芸能界が必ず善とも思わないし、清水さんが「幸福の科学」をどう捉えてるかは分からないが、時間が経てば良いか悪いか自分で決めるとも思う。
結局は十人十色で、生き方の一部分だけを切り取っても、その人のすべてを分かることは不可能だと思う。
アドラー心理学を借りれば、その偏見のメガネをかけ替えれば、その人の印象も変わる。
「幸福の科学」と言う言葉で、清水さん本人の見方を変えたならば、老眼かもしれない。
「幸福の科学」を見て清水富美加を見ずって。
ま、何も擁護するつもりも、何を斬りつけるわけでもないけれど・・・