こちらの記事…

熱量の違いを説明してみました。
https://ameblo.jp/875meg/entry-12475618858.html



めぐさんが必死になったのは、
そのときあまりに不幸だったから。
あまりに辛かったから。
なのではないか。
変わりたいどうにかしたいと心から思ったから。



必死にならないのは、
そこまでの思いがないから。
つまり、
いまそこそこ幸せってことなんだろうと思った。



わたしは、
必死にならないその人に対して、
早く言われたとおりにやりなよ、
いいかげん褒め言葉も受け取れよ、
辛くなるような世間的尺度は早く捨てろよ、
とか、勝手に勝手に思ってた。



でもその人は、いま、それで、幸せなのだ。
必死さがないってそういうことじゃないか?



わたし、人に不安を抱いてアドバイスしてしまう。


このままではこの人は、
パートナーと別れてしまうとか、
喧嘩になってしまうとか、
望まない結果になるのでは…!
という不安に駆られてアドバイスしたくなる。



なぜわたし自身、アドバイスできる立場だと思えるのかも謎だね…笑
傲慢の極み。



その人が、わたしの思い描く幸せでなかったとして、それがなんだというのだろう。



幸せじゃなかったらその人自身でなんとかやってるはずなんだ。
それこそ必死になってやってるはず。
やってないなら、やっぱりそのままで幸せなんだ。



わたしもめぐさんほどの熱量がない。
その人をとやかく言える立場じゃない。
だからまた反応しちゃうんだろう。
アドバイス、実行できてるか?
めぐさんの教えを咀嚼できてるか?
どうだろう??
そこまでの必死さがあるとは思えない。
きっといまそこそこ幸せだから。



自分への怠慢も大きいかもな…。
それは残念だな…。