この大事なことを書くのを忘れていました。
もともと私はお酒が大好きでした。
父親は全然、お酒が飲めません。お正月に、お客さんが来るので、瓶ビールを酒屋で配達してもらっていました。
残ると、父親が夕食に飲むんですが、一本は飲めないのです。
母親も一口程度。。。
残って、飲みきれなかったら、普通は捨てますよね?
私は小学生低学年でした。
飲むっ?って言われて、飲んだら、少しですけどね、苦くて美味し―い🍺
七五三の時に、形だけですよね?日本酒が小さい白い皿に入れられて。。。
飲んだら、甘くて美味しーい🍶
自分でも、笑いが止まらない。。。
一応、お酒は20歳からということにしておきますが、高校生の時から飲んでた。
家ではないですよ。外でね。
高校卒業後は、まだ学生だったけれど、金曜は外で飲んでいたね。
社会人になってからは、もし飲んでも家では缶ビール一本くらいだったと思うけれど、外に飲みに行けば、いくらでも飲めるっていう感じかな。
とうてい、お酒が好きな人って、友達も同じだよね。
結婚するのが遅かったのだけれど、結婚したら、自分が好きに飲めるでしょ?
ビールが一番好きだった。
ワインも日本酒もサワーも、なんでも飲めました。
しかし、胃がんになって、お酒は一切飲まなかった。
それで、5年も過ぎて、先生もいいよって言ってくれたので、もう少し緩めていいよって言ってくれたので。
→先生のせいじゃありません(笑)。
また、飲み出しました。胃がないから直接腸に行くから酔いやすいと聞いたけど、私の場合はそうでもない。
アルコールを飲んでもダンピング症状にならない。
あー、こんなに努力して、乗り越えてきたのに、今までのこと、忘れちゃったの?
って感じで、いい気になって、アルコールを飲んだんです。。。
その結果、おかしくなったんです。
だから、再発した時に、肝硬変になっちゃっていたんですね。
この再発が分かる前に、体調が変だったから、アルコールを飲むのをやめようとしたんです。
それが、飲まないと、体が変になるんです。
手が震えた。
寝たら、すぐに目が覚めて、汗がびっちょり💦
その汗は尋常じゃない。
更年期からくる発汗?
なんか違うよ。。。
息苦しい、なんか不安な感じ。
私、うつ病か何かになっちゃったんじゃないかな?
アルコールを飲むと、この手の震えが止まる。全ての症状が嘘のようになくなるんです。
それってアルコール依存症じゃん!
私、アルコール依存症って、お酒の量をコントロールできなくて、
正直言って、お酒にだらしない人がなるのかと思っていました。
違うよ!
アルコール依存症って、アルコールがないと生きるのが大変つらい病気なんじゃないかって思うんです。
→消化器内科の先生にこのことを伝えたけど、別にアルコール依存を治療する先生じゃないから言ってもしょうがないことだったかな?
離脱症状が辛いから、それを楽にするには、お酒をまた飲めばいいだけ。
すぐに買えるしね。。
再発が分かった時に、肝硬変と言われたから、自分でアルコール依存だって言ったら、
そう位置づけられていたけど、本当は病院で診断されたわけではないんです。
だから、先生が、そんな簡単にお酒を辞められるの?って言いましたが、そこのところは正しく先生に伝わっていなかった。
私のカルテ(コンピューター)にアルコール依存症と記載されていた(笑)。
けれど、確実にアルコール依存症になっていたんだと思います。
色々なことがあり、お酒に逃げた結果でした。
そんな時に、突然、蜂窩織炎というものになり、のたうち回るような足の痛みで入院しました。
その間に、再発が分かり、余命宣告を受けて、アルコールを飲めるような状況でなかったので、離脱症状から抜けたんだと思います。
→入院していなかったら、お酒の離脱症状を抜け出すことは難しかったと思います。
こんな痛くて苦しい、命までかけた思いをした結果、アルコールも本当に抜けて、良かったとしか言いようがありません。
何やってるの自分?ですね。
何が何だか分からない状況ですが、とにかく良かったわけです。
アルコール依存は大変な病気だと思います。治すのが大変だと思います。
肝臓がもう機能していないみたいに言われた時に、もうアルコールは飲まないって、ぼそっと言ったことで、本気でそう思うならって、肝臓の先生が治療に加わってくれることになりました。
実際は、そう私が言ったから、先生が加わってくれたのかは分かりませんが、一度、口にした以上、私は一生、アルコールを飲まないと誓いました。
断酒人生だよ!
あー飲みたかったワインがあったのですが、それはとても残念だけれど。。。
まあ、しょうがいないよね(笑)。
一生分飲んだということで、あきらめるよ!
そんな飲んだの?と言われそうですが。。。
どうでしょうね(笑)。