ブラック・クランズマン(原題名:BLACKkKLANSMAN'19年3月 TOHOシネマズ梅田) | Que amor con amor se paga

Que amor con amor se paga

映画・本などのネタバレメインのブログです
日常で気になったコトや動画も載せてます。

やっと書けた~ばんざーい。

令和元年第一番の映画レビューは、過激にコレで行きます!

週末にジムに缶詰になると、仕事+ガーデニングだけじゃぁなくて、映画のレビュー書くのも滞るからストレス溜まるわ~。

…隔週行く土曜のジムのスケって何とかならんのかしら…
夕方までに家に帰れるスケになればいいのにという溜まりまくった不満を爆発させるのに、ピッタリだったこの映画。



平成がデンゼル・ワシントンだとすれば、令和は、今回の主役で、デンゼルの息子、ジョン・デヴィット・ワシントンになるやもしれん。

新人黒人警官が、白人至上主義KKKに電話一本で潜入捜査するという、ありえない実話の映画化

先に紹介した『グリーンブック』が、白人視点から見て『人種差別があった時代だけど、こんないい話もあるよ~』という映画なのに対し、こっちは

何甘っちょろいコト言ってんの?
根強い差別が、今日明日で終わるわけないじゃんqqqq

…という痛烈な皮肉を込めた映画。

監督は『マルコムX』『インサイド・マン』のスパイク・リー。

予告編はこちら、あらすじいってみる。



時は'70年代半ば、米コロラド州スプリングズ。

怖いもの知らずの黒人青年ロン・ストールワース(ジョン・デヴィット・ワシントン)は、地元の警察署が『マイノリティ求ム』という警察官募集広告を新聞に出していたのをみて、面接に行く。

面接にあたった署長のブリッジ(ロバート・ジョン・バーク)は、ロンは『いかにも黒人』というのでなく、北部インテリ白人の使う標準英語と、南部黒人の喋り方を使い分けるのに舌を巻いた。

が、軍人に育てられたロンが人種差別に慣れていない事を心配し、差別の現状を身をもって知ってもらうべく、ロンを採用し、書類管理室に配属させる。

捜査課希望だったロンは、フテ腐れながら地下資料室で言われた資料を探して出す退屈な日を送っていた。
退屈ならまだいい。
ここにいる白人下っ端巡査の殆どは人種差別主義者で、黒人容疑者を『トード(ヒキガエル)』呼ばわりしていた。

署内でも差別主義として悪名高く、職権乱用で誰でもしょっぴく白人警官トラップ(ダン・ガリート)は、黒人容疑者のファイルを出すのを指示する時は必ず『このヒキガエルのファイルを出せ』と、せせら笑いながらロンに命令した。

トラップのクズぶりにロンは『ここにヒキガエルのファイルはねぇ、名前で言え。』とブチきれる。

資料室に来る下っ端白人警官の人間性の低さに、うんざりしたロンは、ダメモトで署長に潜入捜査官になりたいと直談判。
すると彼の願いは、あっさりと通った、が、それには理由があった。

黒人活動団体『ブラックパンサー』のコロラド集会が近々開かれるので、潜入捜査してこいというのだった。

ロンはブラックパンサーの集会で、コロラド州支部長のパトリス(ローラ・ハリアー)と出会い、首席のクワメ・トゥーレ(コーリー・ホーキンズ)の演説を聞く事になる。

クワメは、公民権が法律上確率された今でも、教育を受ける事が出来る黒人は北部の一部に限られている事や、企業での差別を集会で訴え、共に戦おうと会場の面々を盛り立てた。

パトリスは空港までクワメを送った後、ロンが待つバーに現れるが、彼女の顔は浮かなかった。

クワメを送る道中で地元の白人警官に捕まり嫌がらせを受けたというのだ。
ロンはトラップの仕業だと薄々気づいていたものの、署内の人間でさえ、トラップの悪行に手をこまねいている以上、何もできなかった。

ロンはクワメの演説が最もだと判断し、危険な発言はあったものの、暴動に繋がるような事件性もないと署長に報告。
その後、ロンは情報部に異動になる。
情報部の面々はユダヤ人のフィリップ(アダム・ドライバー)、アイルランド人のジミー(マイケル・ブシェミ)と様々な人種が居たが、 誰も黒人であるロンを差別するものはいなかった。

が、仕事はとりたててなく、ロンはヒマでヒマで、しょうがない。
そんなロンが、新聞の広告を見て電話をかけたのが

KKK(クー・クラックス・クラン)

白人至上主義団体のコロラド・スプリング支部局だった。

ロンが電話をかけると留守電に繋がり、メッセージを残すと、すぐに支部長のウォルター(ライアン・エッゴールド)から折り返し電話が入ってきた。

するとロンは、署内の人間が目をむく様な暴言を吐きちらして、いかに自分が黒人嫌いかを猛烈にアピール。
ウォルターに『電話一本』でいたく気に入られたロンは、

後日あう約束まで取り付けてしまった(爆)

『…お前、今、本名でやりとりしたんだよな』『KKKに黒人がどうやって合うんだよ』

署内の人間から一斉ににらまれるロン。

そこで思いついたのが、実際に組織に潜入するのはフィリップで、電話担当はロンという設定だった。

フィリップは必至でロンの口調をマネて、騙しだましKKKのコロラドスプリング支部に馴染もうとする。

コロラドスプリングのKKKの面々は、支部長のウォルター、呑んだくれのアイヴァンホー(ポール・ウォルター・ハウザー)そして古参メンバーのフェリックス(ヤスペル・ペーコネン)だった。

ウォルターと、アイヴァンホーは、やんわりな白人至上主義だが、問題はガチガチの白人至上主義のフェリックスだった。

入会してくる輩が、混血でないかどうか嘘発見器にかけて実験しようとするので、コロラドスプリング支部は、KKKの最高幹部デヴィット・デューク(トファー・グレイス)から今一つ信用されていなかった。

コロラドスプリング支部の面々との駆け引きはフィリップに任せ、ロンはさらにKKKに電話一本で潜り込もうと再びKKK本部に繋がる電話をかける。

すると偶然にもその電話は、デュークに繋がってしまったのだ…

以下ネタバレです。

この話、オープニングからして怖いので、話の内容把握してないと『何の映画はじまるのか、さっぱりわからん』と思う人が居るかもしれない(汗)

オープニングで、メガネのポーリガード博士(アレック・ボールドウィン)が、『人種隔離を違憲とするのは白人に対する攻撃だ』だの『こんな世の中になったのは共産主義者とユダヤ人が悪い』だの、あべこべな事を、凶器の沙汰でギャーギャーまくしたてるワケなんすよ。

この『凶器の沙汰』な映像を『未だに信じている』が白人至上主義者というコトを頭に入れて、映画に望んでくれ、という事になるわけです。

アレック・ボールドウィンったら『ミッション:インポッシブル』で、クルーズ演じるイーサン・ハントの上官アラン・ハンリーのイメージがあったんすが、この映画のプロローグで出てきた時、しばらく『同一人物』だと気づかない程怖かったわ(汗)

話を戻す

いや~、実際観に行くまで

そんなお粗末な潜入捜査、一日でバレるだろうよqqqq

…と思っていたんですよ…。

実話で、しかも

ロンもデュークも、存命(エンドクレジットに現在のデュークが出て来るし、パンフには現在のロンが出ている)ってのが、ある意味スゴいよなと。

潜入捜査でフィリップはロンのフリをして組織に潜入し、電話のやりとりはロンなのですが、ロンが電話で言ったこととフィリップが、その場で対応する事が、違ったりもするわけです。

このあたりフィリップを疑っているフェリックスは『電話のヤツと、今目の前に居るヤツは別人=2人1役の潜入捜査官じゃないのけ?』と疑っているんす。
実際にフェリックスは、ロンが入会に届け出た住所を抜き打ちで訪ねるんすね。

ロンもロンで、ドジというか、入会手続きの時にフィリップの住所を書いておけばよかったのに(涙)

自分のアパートの住所書いちゃったんですよ(マジかよ)

そりゃー、ロンになりすまして潜入してるフィリップが、そこに住んでるワケではなく

フェリックスが尋ねた時には、運悪くロンのアパートには、既にこの時ロンと恋人同士になっていた、パトリスが居たという(おい)

フェリックスは、特ダネ掴んだ週刊誌の記者みたいに、フィリップに『お前の家尋ねたら黒人とブラックパンサー党の黒人幹部女性出てきたけど、あれってどういう事?』と問い詰めるのです。

フィリップは『ありえない言い訳』をしてかわすんですがqqqqq

他の面々、どういうワケだが、フェリックスがロンのなりすましに気づいてる事が、どうでもよくなってる。
というか、

過激杉なフェリックスを脱退させようかな~と思ってるぐらいで。

KKKの最高幹部デュークが『表向きはKKKもソフト路線で行こう』という事にしていたので、勧誘の時も『KKK』という名前は使わず『白人同士の友好団体』として白人しか入れないビリヤード場で勧誘してたりしたのです。

ソフト路線に、フェリックスの様な過激さは、ジャマになるだけで。

コロラドスプリング支部長ウォルターは、電話のロン、実際に逢うフィリップを見て、時期支部長をフィリップに任命するわけです。

何がなんでもフェリックスに時期権限渡さない様にするんすが、よりにもよって新米か~というので、フェリックスの怒りが爆発するのですね。

そんな時、ロンが電話でデュークと話したお陰で、デュークがコロラド・スプリングに演説しに来る事になります。

KKKの最高幹部・デュークは大学で政治学を学んでいて、表向きは差別用語を使わず、イメージ戦略を学び、裏で差別用語をボロカスに言うという二枚舌攻撃をやってたのです。
目的は政界進出+政界までいかなくても政治に対する影響力を持つこと。

…エンドクレジット見たら、現在のトランプ政権にデュークは影響力があるので、彼の念願はかなった形になりますが、嘆かわしいですよね。

そしてデュークがコロラドスプリングに来るのと同じ時、ブラックパンサー党も、最高幹部のジェローム(ハリー・ベラフォンテ)が演説する事が判るのです。

ロンは、この前にKKKコロラド支部に捜査官2人(デート・ライト、ファロン・サイスブリ)が潜入捜査していた事をFBIの捜査官(ダニー・ホッチ)から知らされ、デュークに脅迫状が送りつけられている事も伝えられます。

命令で、ロンは『名前を明かす事なく』上官命令で、デュークの護衛に付くのですが

彼の正体に気づいているのは、フェリックスだけなワケです。

フェリックスは、デュークにチクろうと、うずうずしてるんすが、ウォルターは、フェリックスのイメージが悪いので、デュークから遠ざけるのに必死です。

がっ!

そんな時、フェリックスの前に、過去にフィリップに捕まったというKKKコロラドスプリング支部の下っ端が現れるんです。
アイツはポリ公だ、潜入捜査官だと、ゲロ吐いてしまうのですね。

2人1役の潜入捜査危うし、ついに正体バレるのか、と思いきや

フェリックスの奥さんのコニー(アシュリー・アトキンソン)が、爆弾テロを起こそうとして、しくじるのですよ。

コニーは、パトリスの家の郵便受けに爆弾しかけようとして、駆けつけたロンに止められるんすが、止めたロンを見た白人警官がロンが潜入捜査官だと言ってるにもかかわらず、身柄を確保しようとする。

コニーもコニーで、自分が爆弾持ってたくせに『この男にレイプされそうになったのよ!』とか、どんだけ人種差別なんだよqqqqq
男にも選ぶ権利はあるわqqqq

ロンは連行されそうになったのを、遅れてかけつけたフィリップのおかげで解放され、パトリスは間一髪、爆弾から逃れるわけです。

後日、潜入捜査にあたったフィリップとロンは署長に呼び出され、業績は評価されたものの

記録は全て破棄するように

…と命令されてしまいます。

情報部部長マラニー(ブライアン・タランティーナ)も唖然茫然。
一時は『お前らが作戦失敗したら、オレが署長にオ○マ掘られるわー!このクソッタレめ!』と、ありえない罵詈雑言を吐いてロンとフィリップを叱り飛ばしていた部長。

ロンは、オレさえ電話かけなきゃ、こういう事にならなかったんだろ~と、ブツブツいいながら捜査資料を破って捨てようとして、警察署から出ようとするのです。



電話が鳴り響き、彼を飛びとめる、ので、出てみたら、相手はデューク

おマヌケなコトに、彼はロンの正体にもフィリップのなりすましにも、全然気づいてない。

ロンが電話に出る向こうでマラニーは、飲んでいるコーヒーを、ブブブー!と激しく吹いてしまう。

『ええええええ?まだ気づかないの?マジでえ?』

原作のロン・ストールワース本人曰く、大学の政治学専攻のインテリ白人を、黒人で高卒のボクが知性で叩きのめせた瞬間は、何とも言えなかったんだそうな。

その後の映像は、今もなお続く、白人至上主義によるデモの様子や、KKKのあの白装束と燃える十字架の様子です。

現在のデヴィット・デュークの映像も挟まれています。

『デ~オ!』という歌詞で有名な『バナナボート』のベラフォンテも90半ば

『ボビー』以来の出演なのだけど、いやはや、画面見た時に、まだ生きてるとビックリした。

ベラフォンテが演じる役は実在したブラックパンサーの指導者・ヒューイ・ニュートンがモデルだと思う+で会場で黒人学生に語るのは、今から100年近く前に起きた黒人リンチ事件の話。

それに対し、KKKは、1915年に上映された『国民の創生』を観てニヤニヤしてるという、不気味さなんですよ。
南部白人の視点で描かれた差別偏見も甚だしい映画を観てニヤニヤしてる。

デュークを演じたトファー・グレイスは『スパイダーマン3』で、トビーちゃん演じるスパイダーマン/ピーター・パーカーをライバル視する駆け出しのカメラマン・エディ/ヴェノムを演じたんすが

今回はヴェノム以上にキツかったらしく
役から離れたいと思った事が幾度となくあり、監督に励まして貰いながら演じたそうです。

映画の中では『ブラックパワー!』『ホワイトパワー!』の対比がスゴかったすね。

ロンとデュークは、電話のやり取りで、お互いに『アメリカ・ファースト』と言うんですが、意味合いが違うんですよね。

デュークのそれは『白人至上主義+有色人種に奪われた白人の権利を取り戻す』という意味で、ロンは『米国全体でしょ?』という意味。
それは今でも続いてる。

もしも黒人が歴史上支配を受けない国があったという仮定で作られたマーベル・ヒーロー『ブラックパンサー』も、原作は、'66年に誕生してるのだから、この点は言えてるのだと思う。

映画の舞台こそ'70年代で、主人公はアフロヘアの黒人男性なんすが、映画の中で語られている事、つまり

自分の話に、同意してくれる人に対しては点数甘くなるという、どの時代にも通じる皮肉

…は、現代にも通じるのではないでしょうか。