ジェームス・ブラウン~最高の魂を持つ男~(原題名:Get On Up '15年6月テアトル梅田) | Que amor con amor se paga

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ソウル界のゴットファーザーにして、

史上最もサンプリングされたアーティスト

といえば、ゲロッパ(それ原題名)じゃない・・・

ジェームス・ブラウン

彼のサンプリングされた曲目リスト以下の通り(書くが既に面倒な人)


おい、そこのお前

お祭スキか?音楽こだわってるか?サプライズとか好きか?

だったらみろ(強制)全てのヒントがアンコの様に詰まってる。


…先々週観に行った・・・んだけどね・・・書けば長くなる諸般の事情で(号泣)

予告編はこちらあらすじいってみる




ジェームス・ブラウンは1933年5月3日

米国南部サウス・カロライナ州ハニンウェルに生まれた。

父ジョー(レニー・ジェームス)はロバを連れ松脂の行商をする商人だったが、
売り上げは飲み代や娼婦に使い果たし、家に帰る時は一文無し。

幼いジェームス(ジメイロン・スコット)と母スージー(ヴィオラ・デイヴィス)は
2人で歌を歌い、そんな日を気を紛らわせ過ごしていた。

しかしジェームス5歳の時スージーは家を出て行き、父ジョーはジェームスを連れ
ドサ周りに出る。

叔母ハニー(オクタヴィア・スペンサー)の家にたどり着くまでの間、ジェームスは、
白人を観客にした黒人の子供同士の見世物のボクシングに出場させられたり、
金を稼ぐためなら何でもした。


ジェームス9歳(ジョーダン・スコット)の時、父ジョーは兵役に出る為、
ハニーにジェームスの事は頼むという。

ジェームスは、この日から夜は居酒屋の呼び込みをし朝は教会へ行きゴスペルを聞く生活となった。

どんな環境におかれても逞しく生きるジェームスに、この子なら大丈夫と叔母のハニーはそう思っていた。


しかし1949年、終戦から4年後

車上荒らしとスーツ泥棒でジェームス(チャドウィク・ボーズマン)は16歳で少年院行きとなる。

叔母は引取りに来ないと知ると、金を稼げない自分はこの世で何の価値もないのか・・・と
絶望の淵に追いやられるジェームスだった。


その彼に一条の光が差し込んだのは、刑務所の慰問だった。

ある日、刑務所にバード(ネルサン・エリス)がメイン・ヴォーカルを勤める
ゴスペルグループ・エイヴォンスが慰問にやってくる。

最初は前から3~4列目で聞いていたジェームスは彼らのサウンドに黙っていられず、どんどん前に出てきて
ついには一緒にハモり歌いだしてしまう。


大人しく聞いていられなかったという事で、別室につまみ出されたジェームスだったが、
バードは彼の才能を惜しいと思っていた。

たかがスーツ泥棒というだけで刑は重く、保証人が居なければ職にもつけず保釈されないジェームス。


バードは渋る母や家長の父(ジュリス・ラノン)を説得し、ジェームスの事を一目気に入った
妹サラ(タウラ・セーネ)の協力もあり、ジェームスは保釈、バードのグループに参加する事になる。


ジェームスとバードらは、ある日場末のバーでリトル・リチャード(ブランドン・スミス)の
ライブを休憩中にジャックするという行動に出る。


自分の休憩中に盛り上がるバーに唖然としたリチャードは、後日、自分が経営するバーガーショップで、
有名になりたいならレコードを刷って売り込まないとダメだとジェームスに、アドバイスする。


リチャードに言われたとおりにジェームスとバードはライブもこなし、レコードを作り、
手元に残る金もなく、ライブを車で回っても、途中でガソリンは切れ、その切り詰めぶりは
1つのドーナツを2人で分けようかという瀬戸際まで来ていた。


その時、彼らをキングレコードにコネを持つマネージャーのベン(ダン・エイクロイド)が
探し当てる。

ベンは彼らをシンシナティにあるキングレコードのスタジオで録音する様に勧めてくれた。


キングレコード創立者のシド(フレッド・メラメッド)は同じフレーズの繰り返しに
メロディーがないと激怒したが、ベンはこれからはこれが流行ると説得。

ベンの努力の甲斐もあり、ジェームスの『フレイムフェイマス』の第一作は飛ぶように売れた。


しかしシドら役員たちの無理解はジェームスやバードらを苦しめる。

シドら役員たちは、ジェームスのネームバリューだけで売れるとカン違いし、
ジェームスは、バードが窮地の時に彼のグループ、エイヴォンスに引き入れてくれた恩は忘れていないが、
その破天荒な性格からエイヴォンス時代の面々からはスタンドプレイに立っているように思われていた。


不協和音は広がり、レコード契約時には揉め、旧メンバーの何人かはジェームスが元々嫌いだった、
バードのメンツをたてて今までやっていたと去っていった。


ジェームスは、バードやベンに話を通し、これ以上シドに何も言われないように、
自分たちのやりたいようにやらせてくれと、自腹でアポロシアターでのライブを敢行するのだが・・・


以下ネタバレです

映画の冒頭は、'88年ジェームスが『過去の栄光』にすがって落ち目になっている所から始まります。

自宅の事務所を自動車保険の説明の為に間貸ししてるんですけど、説明が長くなったから
お手洗いにいった女性に出くわしたジェームスが腹を立てて拳銃をブっぱなすわけです。

そこに警察がやってきて、カーチェイスの末逮捕され懲役6年を喰らう。

もう誰もジェームスの味方はしない


'62年に自腹でアポロシアターでライブ、ローリングストーンズやチャックベリーと
共演してもひけをとらないリアルでは観客のひきつけていながら、ジェームスは

今で言う所のボリウッド映画『スチューデント・オブ・ザ・イヤー』的存在、
『スキーパーティー』に


ホントにどうでもいい役

…として見世物の様に出演させられている。

実際の映画でのシーンはこのシーン



おそらくライブの為の金稼ぎや宣伝の為にレコード会社や音楽関係が手を回し
出演させたという古典的営業努力だと思うのだが


ジェームスは画面に向かって観客に問いかける

スキーパーティだって?白人ばっかりのパーティじゃねぇか

見世物なんかごめんだ、と。


この時代、黒人俳優の牽引者とも言われたシドニー・ポワチエは、同胞から『ショーウィンドウの中の黒人』と揶揄され、
ポワチエが各作品で演じる黒人男性たちは、進歩的な白人から『夕食の席に招きたい』と思わせるような、人間だった。

ポワチエとは正反対のジェームス


ジェームスは一度あったDJの名前や彼らに関する話を忘れないという強みを生かし、ラジオ局を買収

エドサリヴァンショーにも出演する


時は'68年、マーティン・ルーサー・キング暗殺で、ボストンでのライブが延期されようとした時

ジェームスは、ライブを敢行。

怒りを暴徒に変えるのか、それとも音楽に変えるのか?

ライブは次々壇上上がり踊りだす観客を目の当たりにする中、ジェームスは歌いきった。


が、時代がいつまでもジェームスに味方してそしているわけでもない。

私生活では、妻との離婚、シド、マネージ勤めてくれたベンとの別れが重なり、
金銭管理がおざなりになっていく。

'70年のジョージア州でのライブ時、
バンドメンバーでテナーサックス奏者のメイシオ(クレイグ・ロビンソン)は、
音あわせ時のジェームスの横暴さ、聞く耳を持たない強情さだけでなく、金銭管理の悪さから来る
給料未払いを指摘。彼をはじめとするバンドメンバーの殆どはジェームスのもとを去り、
残ったのはバードだけとなった。


新天地を求め、ジェームスはパリでのライブを敢行し成功を収めるものの、バードから
独立をほのめかされ激怒。

バードは、ジェームスの異様な支配欲と嫉妬心に驚かされる

いつか皆がオレの曲をそのままマネしだすだろう?

このジェームスのセリフに、ギクっとしているアーティストは居ると思う。

それだけ彼の曲は、どこかで聞いた事があるぐらいサンプラーになっている

バードは、君なら曲を作れるというのだけど

な、何となくバードは一緒に曲作りも参加していたから、ゴソっといい部分とられるんじゃないか
とジェームスは恐怖心を抱いていたかもしれない。

実際のボビー・バードはレコードをリリースしているけれど、ジェームスぐらい強烈かつ
印象的というワケじゃぁない。

ホラあれだ、マイケル・ジャクソンは皆知ってるけど、お兄さんのジャーメインやマーロン・ジャクソンの
アルバムにマイケル程の魅力を感じるかったらNOなワケで。


この後、ジェームスは交通事故で息子を亡くし、ディスコブームにものれず、
不遇の時を重ね麻薬中毒になり、ブクブクに太った結果、映画の冒頭のあの姿につながっていく。


釈放された後、ジェームスはやっとライブを出来るようになり、ボビーの所に奥さんの分も
チケットを持っていく。

ボビーは音楽はもうやってないよ、といいプール付きの豪邸にすんで貫禄もよくなっている。

ジェームスが現役の時から私生活をしっているボビーの奥さんは、ジェームスが来た事にいい顔はしない。

奥さんの了解が取れたら2人で来て欲しい、そうでなかったら誰かにあげて、とチケットを渡すジェームス。


そしてライブが始まる

いつもの様に、盛り上げてはじめるがジェームスは、
ボビーの姿を客席に確認するとセットリストをチェンジする


今まですまなかったとバラードに変えてしめやかに歌い映画は、リアルの映像も
交え終わる。


ま,まあジェームス・ブラウンは

22歳から亡くなるまでの51年間で全米R&Bのチャートに入った曲の数

TOP40ヒット99曲、TOP10は60曲というオバケアーティスト



動きや音源とか、これはマイケルににてるとか、レニークラヴィッツに似ている、
というのは逆で、彼がオリジナルという。

JBのメドレー、アッシャーがオバマさんの前で歌った動画こちら。ノリノリオバマさん。


そんな半伝記映画なので、プロジェクトそのものは

15年前にはスタートしていた




そうです。

2006年のクリスマスジェームス・ブラウンがなくなり映画化の権利が引き戻され、
暗礁に乗り上げた計画は、再び、ローリングストーンズの音源を管理する
制作会社の目に留まり


ミック・ジャガーが制作にのりだしたというコトに

劇中でミック・ジャガー(ミック・エバースマン)は、
演奏終了したジェームス・ブラウンに
『へぇ~ローリングストーンズねぇ~』と一瞥されるのですが。

この時のミック・ジャガーが今みたいな不良老年じゃなくて

ギター抱えたヒョロヒョロのボク

…なワケです

ミック自身、ジェームスみたいにやりたくても僕たちは出来ない。

と言ってる所を見たらそれだけJB凄かったんだな、と



映画でのジェームス・ブラウンの歌声は、『ジェームス・ブラウン本人』のモノと、
演じるチャドウィグ・ボーズマンのモノと二通りあるんだそうです。

ま、まぁライブのシーンはごまかしきかないから『最後のマイウェイ』の時の様に、
本人存命中の音源使用したんでしょうねぇ


『最後の~』でも今回の『ジェームス~』でもそうなんだけど、
コアなマニアのファンが居るアーティストを演じるにあたり、俳優さんはどれだけの
プレッシャーがかかるのだろうと思います。


チャドウィグはこの役を演じるにあたり毎日5時間ダンスの特訓をしたんだそうで。

でもってジェームス役をするにあたりあつらえたカツラは9つ

衣装は50着

時にはファットスーツも着なければいけなかったジェームス役のチャドウィグ

じっとしてるだけで痩せられた(涙)

・・・という苦行だったそうです。

『42~世界を変えた男~』に続いて実在した偉大な黒人を演じつつ、
完全コピーじゃなく、演じるチャドウィグが、自分のキャラも所々挟んでいる所がよかったです。


ジェームス・ブラウン

日本にも15回来日してて、『ミソッパ』のおじさん、でお馴染みの人も
いるかもしれない。




ジェームス・ブラウンに生前関わったスタッフや彼のお孫さんも制作プロダクションに
加わっただけあり、質のいい映画に仕上がってます。


またサントラが、未発表音源もはいってるので、ナカナカオススメですぞ。


マイケル・ジャクソンも興奮して思わずステージに上がって踊ってしまったJB

マイケルの主治医とJBの主治医が同じ人というのは何かの因縁の気もしますが