原題名:Der ganz grobe Traum(とても大きな夢・・・っていう意味なんじゃろけ?)
邦題をつけた人はある意味彗眼だと思うのだ。まんまだったら『いまをいきる』みたいじゃん、そりゃ中味はそうだろうけど。
実はドイツは最初からサッカー強豪国ではなかった?
ドイツサッカーの祖ともいえるコンラート・コッホの話に基づく映画
『タイタンズを忘れない』と形としては似ています
スポーツは人種教育格差を超えるというアレです
予告編はこちら、あらすじいってみる
時は1874年大戦前の帝政ドイツ
当時のドイツの体育の授業は軍隊スタイルの運動と
器械体操が賞賛され、歴史の授業は第一次世界大戦での
ドイツ軍の勝利だけを教えている偏った教育法が
まかり通っていた時代だった
ブラウンシュヴァイクにある名門カタリネウム校も例外ではなかったが、
進歩的な校長(ブルクハルト・クラウスナー)によって、英語教師
コンラート・コッホ(ダニエル・ブリュール)が招かれる
ドイツから英国オックスフォードに留学していた彼の手には
サッカーボールがあった
コッホは母国に帰国する時に、大学での友人イアン(トマス・スペンサー)と
『お互いの生徒同士でサッカーチームを作り、いつか親善試合をしよう』と
約束していた
しかしコッホを待っていたのは、進歩的な校長とは正反対の校風、
教師、抑圧された生徒たち
歴史担当のボッシュ(トマス・ティーマ)は、ラテン贔屓で英国敵視。
校内で唯一労働者階級出身の生徒・ヨスト(エイドリアン・ムーア)を『プロレタリア(労働者階級)』と差別し、
学校にも権限を持つ、地元の名士で学校の後援会長リヒャルト(ユストゥス・フォン・ドーナニー)の
息子フェリックス(セオ・トレッブス)のいいなりだった。
またクラスの中も、フェリックスに逆らう者はなく、母親クララの給料と奨学金で通うヨストは
いじめの対象になっていた
最初の授業の日、英語に全く興味を示さない生徒たちに、コッホは体育館に来るように
言う
そこでコッホはサッカーボールを取り出して、生徒たちに蹴ってみせるようにいうのだが・・・
主演のダニエル・ブリュールのインタブーこちら、本人はサッカー好きなだけにうれしそう
久々にあたったスポ根でした
テアトルは興行が短い+映画はすぐにレイトショーになってしまうんですが、これは、
結構時間帯を変えてロングランしてくれた作品ではないでしょうか
なんかよう判らん輩がきたなぁ、と思ったらサッカーボール持ってきた→やってみたらオモロかった
→きがついたら英語を覚えてた
それだけじゃなくて、今までいじめられていたヨストにはFWとしての才能があって、
オデブで、学校の体操用具会社の社長の息子のオットー(ティル・ヴァレンティン・ウィンター)(体操用具会社の息子なのに
オデブというのでからかいの対象になっているのがミソ)はGPになる。
がっ!フェリックスは面白くねぇんだな、そりゃそうだ。今まで自分が一番だったんだし。
舎弟だったハインリヒやメガネのクラーゼン(ティム・ブローウィシュ)も、『てめえ反則じゃねーかよ(`・ω・´)』と反抗してくるようになる
今までの授業はこの時代典型の『プロイセン方式』
手はひじまできちんとついてないとダメ、発言するときは先生の許可なしじゃないとダメ、
先生の許可なしに何かしたら指示棒でビシビシ叩かれる。
そこに何でもええからコッホ先生がきちゃったもんだから、ビックリ(@_@)
そんなフェリックスにも弱みがあって
アンチ・プロレタリアとはなんちゃら言いながらそれはオヤジへの『建前』で、実は家の年上の
メイドのオネエチャン・ロザリー(ヘンリエット・コンフューリス)が好きなんだな(〃∇〃)
で、学校ではヨストが視界に入る度に
『オレも労働者階級だったらロザリーとオハナシできちゃうのに』
・・・とか歪んだコト考えてたりするワケだ。で、いじめる。でもこの片思いあっけなく、あのオヤジにバレちゃってロザリーは
お屋敷からおいだされちゃう(ノДT)
そこまで生徒を夢中にさせるサッカーってなんだんねん?という後援会+教師は
コッホの授業を見学するコトになるんだけど、運悪く、ヨストが思いっきりけったボールは
見学にきた牧師の急所にあたってしまうワケだ。
ヨストは退学処分くらいそうになるわ、サッカーやめないと、コッホはクビにすると
言われるわ、その上、ヨストの母親(キャサリン・ヴォン・ステインバーグ)はコッホの直談判しにいくんだな。
ウチの息子は進学させたいからサッカーしろって唆さないでって(涙)
その後は、生徒もやけのやんぱち天津甘栗状態ヾ(。`Д´。)ノ
ラテンびいきの歴史の先生が、名誉負傷した帝国軍人を歴史の授業に
つれてきたら、皆でからかうし、サッカーできねぇからってメッチャクチャなんである。
この辺りはオコチャマなワケで
それに対して、コッホ先生は、敵に対してもフェアプレーの精神、尊敬の意をはらうことこそ、
サッカーなんだ、この間の牧師さんにも、この人にも謝りなさい、つーのだけど、
生徒はどうも納豆食う・・じゃない、納得いかない
なんでそんなコトせなイカんのだ、ボケッ(-_-メと顔に書いてある
折角、彼女のなくしたかんざし、ひろったのに、凄い剣幕で怒られて
渡すことできなくなっちゃったコッホ
が、生徒たちは『学校の中でサッカーしたらイカんのだったら放課後はやってもいいんだよね』
と放課後に皆で集まってサッカーをするんだな、そこにはアレだけ反抗的だったフェリックスまで
『外に勉強しにいってきます』とオヤジに大ボラふいて来ている、イイトコの坊ちゃんは辛いね
この放課後の『ナイショのサッカー』は楽しそうなのだ。ロザリーも見張りとして参加
しかしあのウザいフェリックスのオヤジがかぎつけてきて、放課後サッカーは後援会の手によってツブされ、
生徒(フェリックスを除く)は全員牢屋に。
もしかしないでも、こうなった責任ってオレ、だよね
・・て、ワケでフェリックス、アタマのいい所をみせるべく、帝国学校条例つーモノを持ち出して、
皆に見せて提案するのだ
『帝国教育庁の視察を頼めばいいじゃねーか!』
コレって間に合う?どうなの?レッツラゴー!コッホ先生が後援会のオヤジから教職員の見ている前で
辞表にサインする直前、(よくある展開)
教育庁から視察に参りますので、という電報が届くんだな。チョと内心ホっとしてる校長センセ。自分が電報うった覚えはないから、
こりゃ生徒がウチの秘書かダレかを唆したなーというのは気づいてるんだけど、そこは職権で通しちゃう、
スポ根は時として
常識では考えられない無理難題が通る。
しかーし、ここでもシブといのが、フェリックスのオヤジ、後援会長のリヒャルト
コッホを金積んで呼んだのは自分なんだけど(ってか校長にコビを売りたくて金を積んだだけ)、今や校長のお気に入りは学校に
破天荒な風を巻き起こすコッホであって、保守的な自分じゃぁないっつーので、なんとしてもコッホの悪口かいてやろうやないけ、
と最後の手段、新聞にあることないこと売り込むんだな
これじゃぁコッホ先生も生徒もサッカーは出来なくなってしまう
そんな時でも幸福の女神が微笑むようになっているのがスポ根の掟
イギリスからコッホの友人イアンとそのチーム、そして国からの視察団が来るわけだ
で、視察兼試合が始まるというコトに
オットー+オットーのオヤジが試合してる横でサッカーボール売ってる姿は、商売根性逞し過ぎで笑ってまいましたwww
世の中そんなにウマくいくわけがないんだけど
諦めることになれてしまった全ての大人たちへ、というキャッチフレーズもよかったし、周りからの圧力をうけても
前向きに頑張っていく姿は魅力的でもありました
映画の中で何度もコッホ先生が、『蛍の光』をうたってるシーンがあるんすが、アレは印象的ですね
実在したコッホはオックスフォードに留学したわけではなく、ドイツ国内のゲッティンゲンで神学や哲学を学んだ後に、
カタリネウム校に赴任し、サッカーを知ったのは軍医の義父がイギリスを訪れた際にサッカーボールを持ち帰ったこと
だったそうな
でもってコッホは書いたスポーツに関する書籍は100冊を超えると言われているので、
ドイツスポーツの祖ともいえるかもしれないです