ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館 -3ページ目

ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

春原圭による、よろず文章読み物ブログです。読んでくれた皆様との忌憚ない意見交換を重視したいと考えておりますのでよろしく。

 広島原爆の日です。

 ごちゃごちゃくどくどは書きません。

 76年前の今日、何が起きたのか、どうか忘れないでください。

 黙祷──

 たまに戸惑われる方もいらっしゃるようなので定期的にお伝えしておきますが──


 当ブログでは各記事の『いいね!』ボタンは設置しておりません。



 2017年秋まで当ブログでも『いいね!』を受け付けておりましたが、ブログ冒頭や過去記事で何度も
 「無言『いいね』はやめて」
 「コメント欄でどこがいいのか。よくない、でもOKだから忌憚ない声を聞かせて」
 「ここは意見交換で互いに話題を広げて考えを深め合って行こうという趣旨で運営してるから」
 としつこく呼びかけてるにもかかわらず、聞いてくれない人たちがあまりに多い、てかそういう人ばかり集まってきて、何度も同じこと言うのもほとほと疲れてしまったので。

 毎回テーマの全然違う記事にもれなく無言『いいね!』してくる人も少なくない。でもそれらの人たちの書いてるブログの多くは単一のテーマで書かれている。しかもその単一のテーマと『いいね!』がつけられた記事との接点は、ほぼないに等しい。
 つまりは『いいね!』の趣旨が全く見て取れず、これでは話題も広がらなければ考えも深まらない、要するにそういう『いいね!』がいくら集まっても当ブログにとってプラスではない、という判断に基づいての仕儀であります。

 何卒その趣旨及び当ブログの方針をご理解の上、その『いいね!』は何が『いいね!』なのか(『よくない』でもいいので)、コメント欄にてとくとお聞かせいただきたく、どうぞよろしくお願いします。

 








 今月初め、大雨が原因で熱海市で発生した大規模な土石流は、下流の街を一気に押し流し、人的にも建物的にも多大なる被害が出てしまった──ここ数年来梅雨前後のこの季節になるたびにあちこちで豪雨による土砂災害で何人もの犠牲者が出ており、この『ヒヤリハ』カテゴリ記事でも何度か取り上げてきているのだが…、集中豪雨であるから気象現象でありなおかつそれが起きた場所の地形や土壌にもよるわけで、天災であるから誰を責めるわけにもいかず、不運だったで片づけてしまう人も出てきそうだが…。
 しかし、過去記事で取り上げた事例の場合も、険しい山間を切り開いて造成した宅地であったり、川岸の堤防に強度の低い場所があることが判明したり等、人為的に手を加えて自然の状態を変えてしまったことにより被害がより大きくなった面は否めず、豪雨そのものは天災であっても、被害は人為的に助長されたと見るべきであり、天災と人災のどちらの側面を重視するかは人それぞれだろうし立場によっても異なるだろうが、少なくともやむを得ない不運だったですむ話ではないのは間違いない。
 で、今回の熱海の場合であるが──土石流が発生した最上流付近には盛り土があり、その崩落で規模が拡大したという指摘がされている。この場所は元々宅地造成のために開発された土地であり、長年の工事の過程でかなり盛り土がどんどん堆積していった模様。静岡県知事は「土石流との因果関係は検証して明確にする」としているが、上述の過去の事例から考えても無関係ってことはまずなかろう。市にこの土地の宅地造成を相談した業者は無届で樹木を伐採したり産廃入りの土を外から持ち込んで盛ったりして指導を受けてたそうで、その後この土地を買い取った別の業者が市の指導で植林したものの木の生育を待たずの今回の惨事、とのこと。土地所有者の関係者は「開発は市から許可を得ていて問題なく、土地を買った時、盛り土とは知らなかった」と証言してるらしいのだが、上述の経緯を踏まえるといささか疑問に感じてしまう…。
 しかし、その責任の所在はどこであれ、今回の大規模土石流が単なる天災ではなく人災としての面が少なからずあることは間違いないわけで、災害そのものの責任追及は置いといて、まずは自治体としての、土地所有者としての責任として復旧と再発防止策に全力を注いでほしいものである──しかし、今回が熱海市のこの場所だったってことであり、同じような豪雨がどこでも起こり得ることも、豪雨によって同様の土石流が発生する可能性のある場所も日本のどこにでもあるわけで、そこに少しでも開発の手が加えられてるのであれば、それに関与している自治体や業者がいるということである。各地の宅地開発業者さんはこの惨事を他所のことだなんて間違っても思わないで、自社の造成工事の状況をしっかり点検して、問題点があればクリアにしておかないと、その天災はあなた方の人災になりますよ…。
 

 当ブログ記事の右側に、各カテゴリ(テーマ)についての簡単な説明文をフリースペースとして書き記しております。
 一応マルチなテーマで書いてるこの『テーマトーク館』なんですが、特定のジャンル記事をまとめて読みたい方とか、統一性がよくわからなくて記事の的をしぼれない方なとかがいるといけないな、なんて思いまして。

 それぞれのカテゴリ名はテキストサイト時代のサブページのタイトルになっていたもので、単純に『大相撲』とか『医療・健康』とかにするとカタくて無味乾燥になっちゃうような気がして、ブログ移行後も使い続けることにしたのですが、それだけで何の説明もないとカテゴリの意味がわかりにくい人もいるだろうな、なんて気がして…。たま~に記事内容のテーマや趣旨を理解せずに的外れな勘違いリアクションをくれたりする人がいたりして戸惑ってしまうことがあるのですが…、それを単に責めるだけではなく、こちらとしても読み手にとって勘違いしにくいよう務める必要があるのかな、なんて思った次第であります──

 ともあれ、興味あるテーマ記事の検索の際に、ぜひご参考にしてみてください──







 先日、こちらの記事でこんなことを書いた──コロナワクチンは、防犯防災で言えばセコムとかに当たるだろう。感染と発症の予防という意味で、ウィルスを避けるだけでなく撃退してくれるワクチンは、防犯防災両方の意味で是非接種しておきたいものである──と。その上で、副反応などを恐れて接種に否定的な人、なんでだろう? という疑問を呈した。
 そちらの記事にも書いたことだが、報じられてる限りだと副反応はせいぜい筋肉痛や倦怠感で、まれにアナフィラキシーを起こす人もいるらしいが症状は軽くて回復も早い。コロナの症状とどちらが怖いかと言えば当然コロナに決まってるし、自身の感染発症だけでなく、自分にとって大切な人を感染させないためでもあり、コロナと比較にならない症状&それを誰かにうつす可能性とじゃ、天秤にかけること自体ナンセンス──そんなのちょっと考えただけでもわかることじゃん、って思ってたので、それでもワクチンを忌避する人たちって一体何をそんなに恐れているのか、真面目に意味がわからない。一部の「コロナはただの風邪」だとこの期に及んでまだ言い張ってる人たちはもう完全にイッちゃってると思うので論外だが、そういう人ばかりじゃなく、コロナの怖さを認識しててその上でなおワクチンに否定的なことを主張してる人も少なからずいるから「なんで???」って感じなのである。
 日本国内でもワクチン接種はかなり進んでいて、高齢者や基礎疾患持ち、医療従事者はもとより、自治体によっては一般の人の接種率も上がってきていえう状況の中、腕の筋肉痛とか発熱とかの副反応のニュースも少なからず報じられているが、コロナによる症状だったり後遺症だったりのニュースに比べると圧倒的に少ないし、その重症度も比較にならないくらいの大差である。日本よりもさらに接種が進んでいる海外でも同様である──後期高齢者であり心臓に基礎疾患ありかつ肺の手術歴のある母は先月2度の接種を終えてるのだが、2回とも接種後2日程度腕の筋肉に若干の痛みをおぼえた程度で特に大きな体調不良は起きなかったのを見ているので、それら状況を考え合わせて、基本的にワクチンはさほど大きな問題はないだろうと、僕は認識してるのだが…。
 それよりももしコロナに感染してしまったら、って考えた方がよっぽど怖いよ。伝え聞いてるような症状及び後遺症に自分が襲われるだけでなく、自分が誰かを感染させてそれらの症状を起こさせてしまう可能性があるわけだから──そう考えるとワクチン接種って感染発症予防=ある意味防犯防災、という観点だけでなく、ある意味紳士淑女のマナーとも言えるのではないでしょうか──実は未だに僕は接種できてないんだけど、一日も早く接種したいという気持ちは、ずっと変わっておりませんです。
 









 ♪あの人はキミが好きなんだ~ キミは僕が好きなんだ~ 僕はあの人が好きなんだ~ 三角関係な、の、だ 三角形がこわれぬように 僕は浮気をしないんだ~ キミも浮気をしないんだ~ あの人も浮気をしないんだ~
 僕がまだ小学生だった頃に即興でメロディをつけて歌ってた曲ですw まだ子供でしたからもちろん三角関係という言葉の意味など全く分からず、ほとんど言葉遊びで作った歌ですが、何となく頻繁に口ずさんでました。
 言うまでもなく、いわゆる『三角関係』とは三人の人物が同時に恋愛関係に陥ることである。一般規範的にはいわゆる恋愛関係は婚姻の前段階であると考えられているので、日本のような一夫一妻制社会では恋愛も1対1と考えるのが普通であるが、中には『二股』とか、既婚者の場合だと『不倫』とか、モラルよりも本能が優先されてしまう種類の人がいて、1対2の恋愛関係=三角関係が生じることもある──なんて生臭い意味を持つ言葉であることなど全く知りもしない子供だったので、現実の三角関係でどんなドロドロした修羅場が展開されるかなど思いも寄らずに、一方向への循環的な世界をこわさずキープするだめに浮気をしないんだ、などという全く現実離れした歌を歌ってたわけだw 言うまでもなくそんな三角関係はあり得ないし、ましてそれでいい関係を保ってるなんてことになど間違ってもなりっこない。それが常識である──はずだった。
 しかし、近年は同性愛者の存在が珍しくなくなった。いや、その当時からだって同性愛者は一定数いたのだが、それらの人たちが堂々と自らのセクシャリティを主張できるようになったし、逆に彼らを特別視することの方が罪悪であるという考え方が、世界的にも一般化している。当然、三角関係だって異性愛同士ばかりではなく同性愛同士はもちろん異性愛者と同性愛者の混じった三角関係も成立し得るわけで、上述の僕の戯れ歌のような好きが循環するパターンもの世界も普通にあり得る話になるわけだ。
 そして恋愛のパターンで変わってきてるのはLGBT関係だけではなく、愛し方のカタチも同様である。互いのいい関係を保つために敢えて抜け駆けをせずにただ想い続ける気持ちを抱くのみにとどめておきながら好きな人を見守り続けるというパターンの愛もあり得るわけで、そうであれば上述の「三角形がこわれぬように…」な関係も大いに成立し得る──そんな風になれたら、とてもいい関係のように思えてしまうのだがいかがでしょう?
 小学生の頃に、子供の戯れ歌として作った曲に時代が追いついてきて、その内容もいい印象に転化されようとしてることに、ちょっと震えてたりします──では、冒頭の歌を、改めて今の気持ちで歌ってみることにしましょう、1、2、3、ハイッ!
 ♪あの人はキミが好きなんだ~ キミは僕が好きなんだ~ 僕はあの人が好きなんだ~ 三角関係な、の、だ 三角形がこわれぬように 僕は浮気をしないんだ~ キミも浮気をしないんだ~ あの人も浮気をしないんだ~
 









 以前に「親方の多くが師匠で力士たちはその弟子。他人事なはずはない」と書いたが、こちらの記事ではそうでなかった師匠(前時津風親方)がいたことを嘆きつつも後任の新師匠に対して師匠として真剣な姿勢を期待したのだった。もちろんそれは時津風部屋に限った話ではなく、他のすべての相撲部屋に対しても気持ちは同じである。もちろん高砂部屋に対しても──
 錣山部屋の阿炎が3場所出場停止を経て幕下下位から再スタートし、2場所連続優勝して十両復帰を果たした先場所、幕内の土俵に高田川部屋の竜電の姿がなかった。コロナ自粛通達を破っての不適切な外出が発覚して師匠によって休場届が出されたためである。竜電に対してはその後3場所出場停止という処分が決定したが、場所の時点ではまだ処分の決定前でどうなるかは分からない状況であった──
 そんな先場所の真最中に"文春砲"によって明るみに出たのが、大関朝乃山のキャバクラ通い。上述の阿炎の処分の前例があるが、その後も同様に事例が度重なり協会全体がナーバスになってる中、大関という地位を考えると同等の処分というわけにはいかない。その重みを本人も恐怖に感じたのか、協会の事情聴取に対して当初は「事実無根です」と証言していたのだが翌日にはウソが発覚してあっさり事実を認めることに。さらに同行者(スポーツ新聞の記者らしい)が文春のカメラマンに詰め寄って暴行まがいの脅迫していたため悪質度がより高いと認定され「これはヘタすると引退勧告か?」と懸念されたが…、処分結果は6場所の出場停止であった──首の皮がつながったと言いたいところだが、6場所=丸1年番付が下がり続ければ三段目下位、あるいは序二段まで下がることは間違いなく、そこから再び大関に戻るのは、照ノ富士の例もあるが、あちらはケガと闘病、リハビリを経ての復帰であり少なからず温かい応援の声に包まれながらであって、自覚を欠いた不祥事がらみではそうした温かい声も少ないだろうし、道のりはかなり苦難かも知れない…。
 今回の朝乃山の件では、部屋の現師匠(元関脇朝赤龍)が近くのマンションからの通いであり、現在も住んでる前師匠(元大関朝潮)は師匠を退いたことで部屋のことにはあまり口出しせず、朝乃山の夜の外出に対して野放し状態だったことも指摘されているが、その後、前師匠も師匠時代に何度かコロナ自粛期間中に会食をしており、その席に朝乃山を伴ったこともあったことが判明、これを受けて定年後も再雇用で協会に残っていた前師匠は退職届を提出し、受理されている──自覚がないのは力士も親方も同じなようだが、前師匠の場合は協会では理事まで務めたことのある人物であり、その人にしてこの体たらくということは、これは協会幹部たちは親方や力士に自覚を促すばかりではなく、自分たち自身の自覚のほども点検してみた方がよいのではなかろうか? もしも現役の理事や副理事に同様のことが発覚でもしたらシャレにならないぞ…。
 ──今回の件を受けて、現師匠が今月中に自身の住居を部屋に移すことになったが…、果たして前師匠からの弟子であり近大の後輩でもある朝乃山に対して、師匠就任後間もない現師匠がどの程度睨みを効かせられるのか…、朝乃山本人の自覚が最も大事なのは当然だが、師匠の力も試されていることは間違いない。もちろん師匠だけでなく他の部屋付親方も同じである。朝乃山は何だかんだ言っても大関まで張った人気力士でそれ相応の力もあるわけで、部屋はもちろんだが相撲界にとってもこのまま潰してしまうのが惜しい力士であることは間違いない。師匠に任せっぱなしにしないで部屋ぐるみで真剣に取り組んでもらいたい。
 ──ところで前師匠の退職により、また年寄名跡がひとつ開いたわけだが…、順当だったら朝乃山に行くはずだったこの名跡の行方も、今後の朝乃山次第ではどうなるかわからんぞ。
 









 長引くコロナ禍の中、昨年開催の予定が1年間延期されて、今年は中止も延期もせずに開催する方向で準備が進められている東京オリパラの開幕まで約半月となった──とはいえ、聖火ランナーに選ばれていた人の辞退が続出、沿道の声援も規制されてまるで盛り上がらなかったし、各国選手の事前合宿などの予定も大きく変わってしまったし、国内外からの多数の観客を当て込んでいた都内のホテルは当てがはずれて大損こいてるしで、一昨年あたりまでのあの盛り上がりはすっかり水を差されてる状態である。
 せっかくのオリパラがこうもぐちゃぐちゃになってしまった要因であるところのコロナ禍は、ワクチン接種が進みつつあることもあって一時のピークは過ぎた感じではあるが、オリパラ開催によって感染状況が悪化に転じることが多いに考えられ、およそ、安心してオリパラを楽しめる状況とは到底言えないだろう──なので「中止すべき」論がそこかしこで湧き上がってるし、また報道の論調もそうした声を殊更に取り上げてるように感じられる。コロナ禍にあって、自国民だけでなく世界各国からのアスリートや観客の身体生命の安全を考えれば「中止しろ」ってなるのも宜かなとも思えるし、各業界の莫大な先行投資や国際的な信用を考えれば「やるしかない」だろうとも思う。まあ、どっちに転んでもどちらか一方のリスクを負うことになるし、またもう一方のリスクもどれほど防げることやら…、なのは間違いない。なので最早「やるも地獄、やめるも地獄」と言えよう。
 で、どちらの地獄を選ぶか…、日本国としては「やる地獄」を選ぶことにしたわけだが…、それに対して「やめる地獄」を世論を使って暗に促してるのがメディアである──自分たちもオリパラのスポンサーになっており、放映権その他の利権もからんでいるので大っぴらに中止しろなどとは言えないだろうけど、ニュアンス的には政府のコロナ対応のマズさを探し出して非難することによって世論の「中止しろ」の声をバックに何とかして政府を悪者にしようという姿勢がみえみえだと思えるのは僕だけ? しかし、その一方ではスポーツニュースなどで日本のあの選手やこの選手の五輪出場内定を大々的に賞賛してみたり、競技に向けての選手の仕上がりなどを期待をもって報じてみたりと…、一体どっちなんだいっ! 
 ま、報道メディアがそんな感じなのはコロナ禍うんぬんとどこまで関係あるのか、って気もするんだけどね。森元会長を辞任に追い込んだ件などは完全な発言の曲解を誇大捏造したものだし、それに味をしめてかプランナーのオフレコ発言までほじくってきて辞任に追い込んだりもして、いずれも後任が実力でも行動力でも企画力でも小粒であり、大イベントの運営演出的には大きなパワーダウンは否めない。コロナ禍に関係なくオリパラの足を引っ張るようなことばかりしてきたからな…、本来ならスポンサーとして一緒に盛り上げていかねばならない立場であるはずなのに。
 そんな、何がしたいのかわからんメディアの尻馬に乗って五輪中止しろなんて叫んでる大衆も大衆である。諸状況を考え合わせると、最早中止という選択肢は考えられない段階に、だいぶ前からなってたことは、それぞれの生活現場の状況からも想像はついたであろうと思われる。確かに厳しい状況には違いないけど、その厳しい状況をどうやって前向きに乗り切ればよいのかの方法を模索する、という方向になぜ考えを持っていけないのだろうか?
 残念ながら、今回のオリパラはどう転んでも終わった後に後味の悪さが残ってしまうのは免れそうにない。そして各メディアの報道は、それを明らかに助長していると言わざるを得ない──その責任、政府にだけ負わせて知らん顔してるつもりなのだろうか。
 









 『クラブハウス』とかいう新しいSNSが急に話題になってあの人もこの人もやり始めて、いろんなコミュニティでディスカッションを楽しんでる、なんて言われ出したのって…、まだ今年になってからのことだよね、確か? …騒がれてから1ヶ月もしないうちに全く話題を聞かなくなっちゃったんだけど、その後どうなったの?
 SNSだとツイッターとフェイスブックとインスタグラムは頻繁にアクセスしてるし、LINEもほとんど使ってはいないけど便宜上アカウントは作ってる。ミクシィは完全に使わなくなっちゃったけどまだアカウントは残ってる…、って感じで僕は大半のSNSには手を出してて、なおかつそれなりに活用したりもしてるんだけど、実はこのクラブハウスってやつは当初からあんまし興味を感じなかった。あれもこれも手を出しても…、ってのもあるけど、音声のみのライブチャットという形式が、会話の苦手な僕にはちょっと向かないかな? って気がしたので。それでもロム参加も可能なようだし一応アカウントだけ取って様子見するって方法もあるといえばあるけど、入るには紹介が必要なので、その手間をかけるのも煩わしかったので──そんなわけでさほど関心もないまましばらくするうちに、その話題すら目にしなくなってしまった次第でして…。
 で、今どうなってるの? なんて訊くと「ググれよ」なんて声が返ってきそうだけど…、しかしググって調べる必要があるって時点でもはや流行ってるとは言えませんわな──と思いつつ一応ググってみたら…、案の定ネットでもとっくに話題にならなくなってるみたいです。てか、そもそも最初から流行ってたのか? なんて声もあるくらいでして。多少かじった人の声では、僕が感じた上述のような煩わしそうな印象がやはり印象だけでなく実際にそうだったみたいなのに加えて、ライブ参加しかできないので後でまとめてTLを追うみたいなことができないことに束縛を感じるなんて声もあったみたい。後で聞けないってことは、後で発言できないってことでもあるわけで、つまりは自分の足跡を残せないってことになり、これは創作出身で作品を後々まで残すことにこだわってる僕的には決定的マイナス要因である──やはり僕には全く向かないツールだったようで、飛びつかなくて正解だったようです。
 実際、僕のリアルはもちろんSNSのフォロワーさんでも、クラブハウスに手をつけた人は皆無だったようです…、ってクラブハウス自体がなくなったわけではないようなのに過去形で言うのもナニだけど…、でもこれからやり始めようって人が身近から出てくる気がしないw──まあ、SNSもそれぞれ特徴があって、それによって臨機応変な使い方があるわけで、実際僕もツイッターとフェイスブックとインスタグラムでは発信のアプローチを使い分けてたりするし、自らの用途に合わせて使う、用途が見つからなければ無理して手を出さない、ってのが健全なSNSとの関わり方ってことですね。
 









 ♪ダウンタウンに繰り出そう~ っていうあの歌を僕が覚えたのは、確か80年代初め頃だったろうか。『俺たちひょうきん族』のEDで聞いたのが最初だった。歌ってたのはEPOで、彼女の歌い方独特の節回しが見事にメロディにマッチしてたのと、彼女の他の『土曜の夜はパラダイス』『う・ふ・ふ・ふ』などの楽曲世界観とも通じる部分が多々あって、僕は長らくこの曲をEPOの歌だと思っていた──はい、解説するまでもなく『DOWN TOWN』はカバー曲で、オリジナルはシュガー・ベイブです。
 山下達郎をはじめ大貫妙子、伊藤銀次などをメンバーに擁し、音楽史上においては伝説的に語り継がれてるバンドの名曲のカバーは、彼らのファンでもあったEPO本人が山下達郎に直に依頼して実現した、とのことで、それだけに楽曲へのオマージュがあると思われ、そんなところもカバーを感じさせない違和感ない仕上がりになってるのだろう。オリジナルを知った現在でも『DOWN TOWN』と言われてEPOを先に思い出してしまうのは単にそっちを最初に聞いて知ったからってだけでなく、EPOバージョンのクオリティが高いこともあるんだと思う。オリジナル<カバーバージョンという例は僕的にもそうそうないのだが、この曲は数少ない例外。
 その『DOWN TOWN』が今年、さらにカバーされてリリースされた。歌うのはJUICE=JUICE。ハロプロのユニットである──アイドルグループとはいえ結成後の活動歴は長く、メンバーチェンジを何度か繰り返しながらおよそ8年、正統派かつかなり質の高いパフォーマンスを見せてくれており、僕的にはかなり彼女たちのポイントは高い。なのでJUICE=JUICEは以前からかなり応援してるのだが…、しかし彼女たちの『DOWN TOWN』は、やはり「違うな…」感を否めないわけで。歌唱力の差ももちろんあるだろうけど、やはりそれ以上に彼女たちはダンスパフォーマンスにもウェイトを置いてる分楽曲そのものへのオマージュという点で、もともとシュガー・ベイブのファンであるEPOのそれには及ばないという面が大きいのだろう。
 まあ、EPOバージョンもシュガー・ベイブ世代にとっては「違うよ…」なのかも知れないし、そもそもカバーでこの曲を知った僕が再カバーにどうこう言うのもナニだろう。JUICE=JUICEバージョンもクオリティそれ自体が悪いわけでは決してないと思うので、今の世代にはさほど違和感はないのかも知れない。ここは彼女たちの果敢に挑戦する意気込みを、プラスに捉えることにしよう…。
 ──JUICE=JUICEといえばサブリーダーも務めた主力メンバーが『DOWN TOWN』リリース直前に脱退という一件もあったな。その原因である優里が歌う『ドライフラワー』結構好きな曲なんだけど、他に伝えられてるいろんな件も含めて、優里のことは正直あまり応援したいとは思えないんだよなぁ…。誰かこの曲カバーする若手アーティストが出て来ないかなぁ。多少の『違うな…』には目をつぶって応援してもいいんだけどなw