阿炎、竜電、朝乃山とコロナ自粛通達違反の不適切外出で相撲協会によって処分される力士が続出、朝乃山の件では同行の元新聞記者の暴行まがいの脅迫だったり前師匠が同伴だったりと、力士や親方のコロナ禍でのモラルはどうなってるんだと、相撲協会に対して厳しい目が向けられている中、先場所後には十両の貴源治が大麻を使用していたことが発覚して懲戒解雇処分、ということになった。力士の大麻事件と言えば10年余りのロシア人力士らが大麻を使用して解雇処分となった例があったが…、あの時津風部屋の力士暴行死事件以降、大麻、野球賭博、八百長、暴力事件と、忘れた頃に相撲界では事件が勃発し、そのたび世間の厳しい目に晒されてきたが、力士たちの自覚には程遠い状況はまだまだ続いていると言わねばならない──次は一体誰が何を起こすのか、戦々恐々である…。 そんな状態の相撲界であるから、力士と関わりを持っていると思われることはタレントとしてのイメージを損なうと思われたのか、とある女性週刊誌に先月掲載された記事に対して女優の有村架純の事務所が、雑誌発売当日に「全くの事実無根で迷惑している、法的処置も辞さない」などと、過剰なくらい穏やかでない声明を即座に発表した──件の記事によると立浪部屋の明生が大の有村架純ファンで、師匠の立浪親方と彼女の所属事務所が交流があり、後援者たちも2人の結婚を望んでいる、とのことであるが…、そこに掲載された明生への"直撃インタビュー"でも、明生は彼女の大ファンであることをデレデレしながら認めたものの、直接逢ったことはないとハッキリ答えているし「結婚は?」との質問に対しても「そうなれればハッピーですね」と、あくまでファンの妄想的願望レベルの話をしてるにすぎない内容である…。 これを、さも2人の結婚に向けて話が進んでいるかのような書き方をするこの女性週刊誌もちょっとどうなの? ではあるが、彼女の事務所の方も過剰反応で事を荒立て過ぎなような気がする。実際この強硬な姿勢もかなり話題になってるし、ここまでの姿勢を取る背景を詮索する追記事なども次々出てて、逆に彼女のダメージになってしまうのではないかと──そこまで角界とのつながりの噂を忌避する理由に、上述の自己管理のなってなさからくる不祥事が続く角界へ、より悪印象があるという面は否めないだろう。他のプロスポーツ選手や男性俳優との噂だったらここまで強硬だっただろうか? 上述のインタビューからもうかがえるように明生はかなり純朴な力士のようだし、すでに小結にまでなっているが年齢的にも素質的にもさらに上を望める逸材である。当人同士の釣り合いという意味では決して遜色ないと思えるのだが、まだ若いということで一般の知名度はさほどではなく、相撲にあまり関心のない人には「誰、それ?」な人も少なくないであろうから、上述のいかがわしい団体のわけわからんやつ、なんて事務所の人に思われちゃったのかも──単なる彼女の一ファンの想いをこうもにべもなく突っぱねられて、付き合ってないどころか逢ってもおらず、当然求愛もしてない相手に直接ではなく関係者から手痛く拒絶された明生の心境やいかに。 "おすもうの味方"としてもすごく残念に思うが、それに加えて実は僕、有村架純ちゃんの大ファンでもあるもんで…、あまりこういうネタで大袈裟にセンセーショナルに騒いで逆に架純ちゃんのイメージを落とさないでくれよ、って思ってしまう。どっちも何にも悪くないのに互いに相手を悪者のように印象づけてしまいそうな今回の騒動、2人のファン的にはまさに「やめてくれ」の2乗なわけである。 ──まあ、ある意味これも力士たちの数々の自覚ない行動が引き起こしたことと言えるのかもだが…、それでも明生には大いに同情してしまう。 |
『勉強』という言葉については以前にも書いたのだが、表題にある今回の場合は一般的な日常会話で用いられてる"学習"とか"知識の習得"的な意味と解釈していいだろう。「強いて勉める」的なストイックな状況でこの言葉が用いられることはまずないから──で、この言葉、普通に見れば「新たな知識を得ることができてひとつ賢くなりました」的ないい意味に取れる言葉であるし、実際表面的な会話の流れでもそういう意味で言ってる場合がほとんどである。にもかかわらず、これを言われると「ん…?」ってなっちゃうのは、何なんだろう。 まず、この言葉が発せられるシチュエーションであるが、勉強「になった」ということは、本来勉強してる場面ではないということだろう。遊んでる時かダベってる時かテレビを観てる時か、いずれにせよいくらかくつろいで何かをしてる場面で、今まで自分になかった知識を得ることができた、ということである。その"新たな知識"を得たのがその時に会話してた相手の言葉からだったりしたときに、その相手に対して「勉強になりました」という返しがされる、というカタチで表題のこの言葉は使われることが多い──言われた(知識を新たに与えた)方の相手としては「いえいえどういたしまして」って感じで好意的にとらえたいところではあるのだが…。 しかし、その"勉強になった"内容が、例えば「血を吸う蚊は産卵期に栄養補給の必要があるメスだけ」だとか「織姫と彦星は16光年離れてるから年一では逢えないよ」みたいな、子供向けの昆虫図鑑だったり天文図鑑だったりに載ってるようなことだったりして、前提認識のつもりで話していたこちら的には「おいおい、何を今頃そんなこと勉強になってるんだよ…」と、ちょっと残念な気分になってしまうのである。 しかし、残念な気分にさせられるのはそれだけではない。その「勉強になりました」を言う方の相手は、大概の場合その言葉には感謝ではなく皮肉を込めてるのである。相手からすると、知識をひけらかされたみたいに感じるのだろう。こちら的にはひけらかしてるつもりはないどころか、相手も当然知ってるはずのことだという前提で話していたのに、これで「知識をひけらかすイヤミなやつ」的に思われちゃうわけである。そんな子供向け学習図鑑レベルの幼稚な知識、今さらひけらかし目的で出すわけないじゃないか、しかも同じように知ってて当然ないいオトナの相手に対してw で、その"ひけらかし野郎"への皮肉としての「勉強になりました」であるから言葉だけで実際には「勉強になっ」てなどはおらず、別の場面で他の誰かに同じ無知を晒すのだろう。あるいは小学校の図書室か理科の授業でそれらを習って知った我が子の前で。その場合、その我が子に「勉強になりました」などと皮肉を言うのか? ま、その程度のことで大人になってから「勉強になる」前に、ちゃんと子供のうちから勉強はしておいた方がいいですね(これはホントに皮肉込めてますw) |
現在放映中ののNHK朝ドラ『おかえりモネ』の主題歌『なないろ』を歌っているのはBUMP OF CHICKEN。僕は『天体観測』で彼らのことを初めて知ったのだが、約20年ほど前の3rdシングルであるこの曲が彼らのブレイク曲であると同時に現在でも鉄板の代表曲であることは間違いない。その後もコンスタントに曲を出し続けているが、基本的には軽快なテンポの楽曲に、いい意味で力の抜けたノリのいい歌唱がマッチして、聞き心地のいいバンドだな、という印象を個人的には持っているが、しかし朝ドラのメイン視聴者である中高年向きではちょっとないな…、なんて思っていたので、今回朝ドラの主題歌が彼らの曲だと聞いた時は「マジか? 大丈夫かなぁ…」なんて思ったものであるが…。 しかし、いざ始まって2~3週間もしてみると、完全に朝の定番曲としてなじんでしまったw 前回前々回『おちょやん』(秦基博『泣き笑いのエピソード』)『エール』(GReeeeN『星影のエール』)の時も、その前の前の『なつぞら』(スピッツ『優しいあの子』)もそうだったが、中高年層に浸透してるとは言えないアーティスト及び彼らの曲調で「大丈夫かなぁ…?」なんて思ってても、意外と早く馴染んで浸透してしまうものなのである──しかしその後彼らアーティストが中高年の間に定着するかというと…、そんな様子は全くないw 主題歌だけでなく、ドラマの中にもこの中高年には馴染みなさそうなアーティストがしばしばキャストとして出演して役を演じている。今の『おかえりモネ』にも在日ファンクが出てるが、これまでにもウルフルズにRADWIMPSにMONKEY MAGIC"に銀杏BOYSに電気グルーヴに…、メンバーがドラマ内の結構重要なキーマンとしての役で出てきたのだが、それらの出演経験が彼らの音楽作品やステージ活動にどの程度フィードバックされてるのだろうか…、ライヴの観客に朝ドラで観て彼らを知った、なんて人はまずいないだろうから、多くの視聴者にとっては朝ドラ終わったら彼らのことも忘れ去ってしまう程度の存在でしかないような気がする…。であるならば、朝ドラとのコラボは彼らアーティストにとってはどんなメリットがあるのだろうか? その朝ドラを機に俳優業にも進出、という感じでもなさそうだし。 まあ、彼らを知ってる立場から朝ドラを一視聴者として観る側にとっては、意外性があって面白くはあるし、新たな発見ではある。なので彼らにドラマなんかに出るななんてことは全然思ってはいないのだけれど、でもそこで終わってしまうのはもったいないと思うのである。やはり演技で培った表現力を、楽曲やステージに生かすことで、アーティストとしての幅を広げてほしいな、と。せっかく、ふたんのファン層とは離れた年代層へのアピールの場を得たのであるから、それを十分生かして、互いに影響し合ってほしいな、なんて思ってしまうのですが…、いかがなものでしょう? |
『グミシン』カテゴリ恒例の「ニュースは変わる」シリーズ。定例の企画であるが、ここんところ2年から3年と、前回の振り返りとのタイムラグが空きすぎてる感じなので、今回は少し早めに…、って、前回が1年3ヵ月前だからすでに十分間が開いてるよなw その間、コロナのニュースに押されてそれ以外のニュースはそこそこの報道で済まされちゃってる感もあるから『そう言われればそんなことあったな』感覚の度合いはむしろ前回以上だったりするかも──ともあれ、順番に振り返って見ましょうか…。 こちらでまとめて紹介した"正義感の暴走"事件たち。ここで取り上げた事件そのものも報道的には下火とはいえ遺族による民事訴訟が地味に報じられたりしてるけど、ネットの中傷にせよ著名人の政治的発言にせよ人種差別にせよ、カタチを変えた同様の別件がその後も次々と発生してる気がする。結局誰もあれら事件から何も反省してない、自分たちの言動とあれらニュースとの関連性に全く思いが至っていない、ってことだろうか…。ニュース記事を一時の消費財にしてしまう報道側にも問題はあるが、受け手の我々もただ消費して終わりにしないで、何らかの教訓は身につけなければ、何も進歩できないのではなかろうか── 菅政権が発足してまだ1年にもなっていないが、記事で書いた懸念は、当たってたと言わざるを得ないよな…。こちらで書いた件を始めとしてコロナ関係でのさまざまな方針や政策が、どうにもイマイチ結果を出してないのは否めないし、政権批判のためなら何でも利用して鬼の首取ったみたく騒ぎ立てたがる連中の格好の餌食になってる状況もまた然りである。その状況は菅さんんでなく別の誰がなってても多分大差はなかったろうとも思うが、それでも一国のリーダーとして国や国民を引っ張る立場の人には、香港やミャンマーまで行っちゃったらダメだけど、少なくとも騒いで足引っ張りたいだけの連中を突っぱねられる程度には、ある程度の強引さというか強硬さも必要なのではなかろうか──そんなこともできない弱腰のリーダーが独裁者に見えてしまうような思考回路の持ち主のことまで気にしてたんじゃ、何も進まないよ。 しかし、そんな思考回路の持ち主が報道する側で主導的に力を発揮してしまうと森元会長みたいなことになってしまうから、単純に無視してていいってわけにもいかないんだけど…。この記事の中で取り上げたたこやきレインボー、この時の件から3ヵ月余を経た先々月に「メンバー全員卒業」という不可解な終わり方をしてるんだけど、例の失言の件、関係あるのかな? 決して政界や財界の実力者だけでなく、若いアイドルの女の子の将来さえも左右してしまうことの怖さを、報道記事を書く側はもうちょっと自覚して欲しいな── 「相手が誰であろうと真実は追求せねばならない」なんて建前は要らんよ、先の記事にある通り森元会長がらみの報道が"真実"かどうかには著しく疑問符がつくし、、こちらの事件の当事者たちの人間関係に某巨大宗教団体がからんでると噂されたとたんにこの件の続報がパタリと途絶えたりしてる状況を見せられながらそんな言い訳聞かされても…、ですからね──続報が途絶えたと言えばこちらのニュースもその後話題になってる様子がないな…。やはり、中国様の機嫌を損なわないように"忖度"してるのかな? 東京オリンピックをめぐるその後の報道については、まだパラリンピックの期間中であるからもう少し様子を見てから検証してみたいと思うが、まあ記事で懸念した通りか、それ以上の後味の悪さを残しましたね、という結論で結ぶことになってしまうのは間違いなさそうですね。 今回も記事を書いた当時と今現在の僕の考えはほとんど変わってないわけだが「僕の予想は正しかったぞ」という優越感なんかよりも「懸念した通りになってしまった」という残念感の方が圧倒的に大きいことは言うまでもない。たまにはいい方向に予想を裏切ってくれよ…。 |
この駅を何線所属として扱うか、非常に悩ましいものがある。JR時代は信越本線の途中駅であり北陸本線との分岐駅であったが、北陸新幹線の開通により並行在来線が第三セクターへ移管、新幹線は上越妙高駅(旧脇野田駅)に新設されたため、この駅は第三セクターだけの駅となる。厳密にはここから新潟まではJR信越本線として残っているので現在もJRそれも以前から所属する信越本線の駅でもあるのだが、今のJR信越本線は実質上幹線とは言えないし、駅の管理もえちごトキめき鉄道の方の社員がJRの分も受託してるそうだから、やはり、三セク駅と見るべきなのであろう。多くの特急列車が行き交う鉄道の要衝だった駅なだけに、現状には寂しさを禁じ得ない── 直江津駅──半世紀前に上越市が発足される以前は直江津市であり、もちろん市の代表駅であった。高田市との対等合併とはいえ、上越市の中心街は城下町である高田の方であり、直江津の名は駅名だけにとどまったが、それでも上述の通り鉄道拠点であるから、全国的な知名度は高く、上越市の市名は失念してても直江津の名前は思い出す人は多いだろう。港町でもあり、僕的にも日本海岸の街のイメージが強かった。なので初めて直江津駅に降り立った30年余り前、駅舎が山小屋風だったのはちょっと意外な気がしたが、それでも雰囲気があって印象的にはなかなかよかったのを覚えている── で、元々は市の代表駅であるから駅前もそれらしい開け具合で、ロータリーからまっすぐに伸びる道路の両サイドに昔ながらの商店街が並んでいたが、それはいかにも漁村の小都市というたたずまいで、都会的という感じでもなかったし、駅前で飲食して時間を潰すところはなさそうに見えた。とはいえ直江津で降りたのは海が見たかったからなので、僕は街並み観察はそこそこにして海の方向へ歩いて行った──が、なかなか海にたどり着けない…。後で地図を見て知ったが直江津駅から海までは結構遠くて、大荷物抱えて歩く距離ではないようだ。この時の僕は結局海まで行くのをあきらめて、駅まで引き返したのだった。 時間潰しには向かないと感じた直江津駅前の街並みであるが、それはあくまで一時立ち寄り者の目線であって、量販店やチェーン店ではない中小の古い商店が立ち並ぶ駅前商店街は街並みとしての風情はそれなりにあった気がする。まあ、訪れたのが休日だったおかげでどこも休みだったので中を覗くことはできなかったが…。上越市としての開けたエリアは高田の方に任せて、この街はこんな佇まいの方が趣があるのかもしれない──そんな商店街を抜けて上述の山小屋風の駅に戻り、そこから北陸本線の"食パン列車"(古い特急車両を普通列車用に改修した車両。車内には寝台設備もそのまま残ってた)に乗り込み、富山方面に向かったのだった。乗換駅だけあって、街並みよりも駅の中は賑わっていた…。 その、当時は山小屋風だった直江津駅は、その後客船風の立派な駅舎に改築され、当時よりも大きな建物になっている。港町らしい、かつ特急列車が行き交う要衝駅にふさわしい駅舎になったと言えるのだろうが…、それだけに北陸新幹線のルートからはずれて三セクメインの駅になってしまった現在、駅舎のその立派さがなおさら悲しい気がする──新駅舎に合わせて駅前の街並みも僕が見たあの風情ある街並みからお色直しされて結構綺麗になってる感じがある(あの後訪れてないのでネット画像で見るだけであるが)が、鉄道の要衝としての機能を失ってしまい、街の衰退が懸念される状況の中、それもまたフクザツな気がする──まあ、駅の利用者数の状況にはさほど変化はないようなので、他所者が心配するほど苦境に陥ってはいないのかも知れないけれど。 |
8月に入ってからこっち『業務連絡』カテゴリばかり続いてて本来のテーマトーク記事がおるすになってましたが…。
まあ、実質的には『夏休み』と解釈していただければ、と思いますw
なんか、休みます宣言して長期間ブログを止めちゃうのもちょっと…、って気がしたもので。
8月は原爆の日や終戦の日がらみのいつもの連絡文があるから、それに合わせて業務連絡記事を間に挟んでいけば、ブログ自体を休まずに実質的な夏休みにできるかな、ってわけで、こういう形態にさせていただきました。
で、休みは十分取れましたので、次回記事からまた友情のテーマトーク記事に戻りますので、また、これまで同様、どうかよろしくお願いします。
まあ、実質的には『夏休み』と解釈していただければ、と思いますw
なんか、休みます宣言して長期間ブログを止めちゃうのもちょっと…、って気がしたもので。
8月は原爆の日や終戦の日がらみのいつもの連絡文があるから、それに合わせて業務連絡記事を間に挟んでいけば、ブログ自体を休まずに実質的な夏休みにできるかな、ってわけで、こういう形態にさせていただきました。
で、休みは十分取れましたので、次回記事からまた友情のテーマトーク記事に戻りますので、また、これまで同様、どうかよろしくお願いします。
当ブログの各記事にはハッシュタグが2つばかりついてます…。
アメブロの便利な機能だし、新たな読者さんの開拓という意味でも便利なツールだと思うので、活用できるところは活用しなければ、というわけで、一昨年あたりからつけ始めたのですが…、その趣旨を考えるともっといくつもつけていろんな嗜好の方たちに観ていただいて忌憚ない意見交換の輪を広げていきたいところではあるんだけど、あまりハッシュタグがゴテゴテになって、記事とどっちが主なのかわからなくなるのも避けたいので、2つまでにとどめております。
ともあれ、一見さんがそれぞれの興味に応じて当ブログ記事にたどりついてくれて、興味を持ってリピーターになっていただき、忌憚ないご意見をいただいてそのやりとりを経て、ブログが活性化してくれれば、と考えておりますが、各記事2つだけではやっぱ弱いかな──?
アメブロの便利な機能だし、新たな読者さんの開拓という意味でも便利なツールだと思うので、活用できるところは活用しなければ、というわけで、一昨年あたりからつけ始めたのですが…、その趣旨を考えるともっといくつもつけていろんな嗜好の方たちに観ていただいて忌憚ない意見交換の輪を広げていきたいところではあるんだけど、あまりハッシュタグがゴテゴテになって、記事とどっちが主なのかわからなくなるのも避けたいので、2つまでにとどめております。
ともあれ、一見さんがそれぞれの興味に応じて当ブログ記事にたどりついてくれて、興味を持ってリピーターになっていただき、忌憚ないご意見をいただいてそのやりとりを経て、ブログが活性化してくれれば、と考えておりますが、各記事2つだけではやっぱ弱いかな──?
終戦の日です。
今回もごちゃごちゃくどくどは書きません。
ただ、今のこの平和に感謝してください。
黙祷──
今回もごちゃごちゃくどくどは書きません。
ただ、今のこの平和に感謝してください。
黙祷──
この『業務連絡』カテゴリの記事は、ある程度時期が過ぎたら、順次削除していきます。
『テーマトーク館』と銘打ったこちらのブログにおいて、事務的なご案内は記事の範疇にはならないのに加え、ご案内内容も一過性なお知らせであり、長く保存して読み返していただく性質のものでもないので。
ただし、今回のこの記事のように常時呼びかけたい注意事項だったり、必要に応じて過去記事を文面そのままで日付だけ移動して再UPする場合も あります(前回前々回の「今日は原爆の日だよ」的なものは早々に消しますw)。
本来の『テーマトーク』各カテゴリ記事は基本的に削除なしで、長く読み返して楽しんでいただくと同時に、新記事にも必要に応じて関連引用させていただき、新旧問わず複合的に考察していただいて、お互いに考えを深めて行く一助にしていきたいと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます──
『テーマトーク館』と銘打ったこちらのブログにおいて、事務的なご案内は記事の範疇にはならないのに加え、ご案内内容も一過性なお知らせであり、長く保存して読み返していただく性質のものでもないので。
ただし、今回のこの記事のように常時呼びかけたい注意事項だったり、必要に応じて過去記事を文面そのままで日付だけ移動して再UPする場合も あります(前回前々回の「今日は原爆の日だよ」的なものは早々に消しますw)。
本来の『テーマトーク』各カテゴリ記事は基本的に削除なしで、長く読み返して楽しんでいただくと同時に、新記事にも必要に応じて関連引用させていただき、新旧問わず複合的に考察していただいて、お互いに考えを深めて行く一助にしていきたいと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます──
長崎原爆の日です。
今回もごちゃごちゃくどくどは書きません。
76年前の今日、何が起きたのか、どうか忘れないでください。
同じ文面で恐縮ですが、言いたいことは同じです。
黙祷──
今回もごちゃごちゃくどくどは書きません。
76年前の今日、何が起きたのか、どうか忘れないでください。
同じ文面で恐縮ですが、言いたいことは同じです。
黙祷──