昔も今も、犬や猫を飼ってる家は多い、現在では犬も猫もほとんどは愛玩用として飼われているが、かつては犬は不審者の侵入を防止する番犬として、猫はネズミ駆除のために飼われていた。現在の犬猫はペットであるが、以前は畑仕事に使う牛や馬と同じ家畜としての役割だったと言えよう。 僕が生まれた頃は、田舎へ行けばまだまだ上述の家畜としての役割を担って飼われている犬も猫もたくさんいたが、都会で飼われている犬猫は愛玩用のペットの方が多かった。そしてペットとしての犬猫は多くの家ではほぼ家族の一員と同然。特に子供のいない夫婦にとっては子供代わりであるから感情移入して可愛がられる。その思い入れが端的に表れる言い回しが「ごはんをあげる」であろう──家族の一員であるペットに食事を与えるのは「エサをやる」のではなく「ごはんをあげる」のである。それが転じて可愛がってるもの、例えば庭の花なんかでも水を「やる」ではなく「あげる」という言い方をする人が多い。この言い回しに戦前生まれの母などは「あげる」はおかしい、人以外には「やる」だろう、という感じでよくぼやいてるわけだが…。 上述、犬や猫が道具としての家畜から家族としてのペットへと変わってきたあたりに生まれ“家畜”よりも“ペット”を多く見て育ってきた僕的には、犬猫への「ごはんをあげる」にはさほど違和感はないし、花に「水をあげる」も、幼稚園や小学校とかで草花を大事に可愛がることを教わる過程で先生から言われ馴染んだ言い回しなので、これも普通に聞ける。まあ、本来の言葉の用い方として正しくはないな、というのはもちろんわかるけどね。でもそれらを慈しみ可愛がってる人たちが感情移入する気持ちも理解できるので、別にそこまで目くじら立てるようなことでもないだろ、というのが僕の個人的な感覚である── だが、昨今特に料理番組などでよく聞かれる「おネギを細かくきざんであげます」とか「お肉を包丁の背でたたいてあげましょう」とか、ここまでくるとさすがにおかしいだろうって思ってしまう──上述、愛玩対象への「…してあげる」が僕的に別にいいじゃんと感じるのは「…してあげる」という言葉がその対象となる親愛なる相手への親切心とか思いやり、心配りからの行動を表すものであり、それが可愛いペットへ向けられても決しておかしくないと考えるからである。けど上述の料理の例だと「…してあげる」その行為を「…してもらう」のはおネギやお肉ってことになるわけで、それはさすがにいくら何でも変だろう──はい、もちろん食材へのこの言い回しがテレビで出るたび母は「いい加減にしろ」と怒ってますw 基本、いわゆる日本語の乱れってやつに僕が比較的寛容なのは『日本語』カテゴリの過去記事からもおわかりかと思うが、しかしそれも程度問題であろう。「…してあげる」の汎用性をあまり容認しすぎても、逆に本来の幼い子供や恋人に対してのそれの方がおネギやお肉と同列みたいに聞こえてしまって、思いやりや親切心としての響きが薄められてしまう。やはり、一定の線引きは必要なのである── |
その当時、ほくほく線なる路線はなかった。北越急行なる第三セクターが運営する路線で六日町と犀潟を結び、JR上越線と信越本線をショートカットし、直通の特急も乗り入れるという利便性の高い路線であり、それゆえ三セク路線らしからぬ収益を上げている。とはいえ北陸新幹線の開業によりその収益にもかなり翳りが見えてる感じではあるが、それでもこの街のメイン駅はどちらかと言われると、実質的には平成以降の開業という後発路線であるほくほく線の方であろう── その北越急行ほくほく線が開通するまで、新潟県十日町市ではJR飯山線が唯一の鉄道路線だった。単線非電化のローカル線である。もちろん十日町駅も短編成の気動車のみが時折発着する駅であった──僕がその十日町駅に降り立ったのは、ほくほく線開通前のJR飯山線のみの時代である。 JR飯山線は長野と越後川口を結び、千曲川~信濃川に沿って長野県から新潟県の山間部、津南町などに代表される有数の豪雪地帯を通る路線である。当然車窓風景は山また山で、市街地と呼べる風景はまず見られない。途中の飯山駅で降り立った時に市の代表駅とは思えないくらい鄙びた駅前風景(当時。北陸新幹線開業後にかなり大きく変貌してます)を見てるだけに、その後の山と山に挟まれた川沿いをくねくねと行く気動車の中、十日町駅周辺も似たような感じだろうな…、なんて思っていたのだが…。 気動車に揺られること数時間、到着した十日町駅に降り立ち改札を抜けてみると、市の代表駅らしく駅舎はそこそこの大きさで造りもしっかりしている。新津や加茂、燕など、同じ新潟県内の主要駅と似た感じのコンクリート造りの駅舎である。そこを出て駅前の光景を眺めてみると、ロータリーが比較的大きめなのとビルがせいぜい5階建くらいまでなのもあって、結構広く感じられる。かと言って寂しいという感じでもなく、商店街が駅から近く、また駅前を通る県道沿いに広がってることもあって、そこそこ開けてる感じである。決して今風の新しい店が多いわけではなく、昔からの個人商店が中心でありながら、整備も行き届いていて明るい印象である──ここまで飯山線沿線の、田舎を通り越して秘境とさえ思える場所を通過してきた目には、かなり開けた街の光景に映ったのだった。 幹線鉄道からはずれた非電化ローカル線沿線の街としては、かなり整ってる方ではなかっただろうか──もっともファストフード店のようなちょっと休憩して時間潰せるタイプの店やアミューズメント施設も見当たらなかったし、若い人にとって面白そうな街とは言えないかも知れない。実際、十日町駅周辺の散策はしたけど、そこで食事とかお茶をした記憶はない。その辺はやはり田舎街と言えるだろうか。決して悪い意味だけではなく。チェーン店や大型店には乏しいけどもちろん個人経営の喫茶店や飲み屋さんはあるわけで、近所のそのテの店でマスターや女将と馴染みになって常連同士で集まって、みたいなノリは作りやすいだろうから、そこに住んで生活する分には楽しいかもしれない。 そんな、僕の見た十日町駅周辺の風景も、ほくほく線が開通して移動の利便性が上がった今、大きく変わったりしてるのだろうか? ほくほく線はどちらかというと越後湯沢や直江津方面あたりの人たちが十日町を通過して向こう側に抜けてくための路線という感じだし、有数の豪雪地帯で冬季はあちこち動きづらいこととか考えれば、地元で暮らす人たちの生活パターンはそんなには変わらないだろうけどね。 この後僕は越後川口から上越線で小千谷経由で長岡まで出たのだった。ある程度の都会へ出るには結構距離がある。十日町の商店街の整いぶりもそれゆえかも、と思うと少々フクザツではある── |
広島に住んでいた少年の頃、例えば3月ごろの黄砂現象は日常的に見られる自然現象ととらえており、僕を含めて地元の人たちは毎年のこととして何ら警戒することもなく普通に眺めていた。なので、春先になると伝えられる黄砂が飛んでくるという予報を、ずいぶん危機的に伝える最近の天気予報に正直不思議な気分になってしまう僕なのであるが…、黄砂を運んでくる中国大陸からの季節風がPM2.5を一緒に連れてくると言われれば、そりゃ確かに警戒しないわけにもいくまい。花粉症なんかもそうだが、昔から当たり前のこととして普通に受け容れてきた自然現象が、いつの間にか国民の身体生命に関わる天災に変貌していた、なんてことも、時にはあるものなのである── その、黄砂を普通に受け容れていた広島時代、同じようにしばしばローカルニュースで伝えられていた自然現象がある。しかしこちらは決して普通に看過できる話ではなく、養殖のハマチが大量に死んだりなどの漁業被害をともなう、れっきとした天災として地元ではとらえられていたのである、昔から──入り江や小島が多くて波も静かな瀬戸内海ではよく発生したその現象が神奈川県の太平洋岸で起きたというのは、実際僕もあまり記憶にないし、確かに珍しいニュースなのだろうが…。 先のGW期間に湘南の海で赤潮が発生したというニュース、テレビとかでも褐色に染まった海面の映像とかが何度も映し出されたりしてたが…、昼間は赤いものが夜になると夜光虫の放つ青い蛍光色がキレイとか、それを見ようと多くの人が集まるとか、海の生態系に影響しかねない自然災害としての側面を無視して、まるで“自然の神秘”的に好奇心を煽る方向性での報道が中心だったことに少なからぬ違和感を禁じ得なかったのだ。ニュースでも触れてた通り、海水の富栄養化によるプランクトンの異常発生が原因で起こるのが赤潮であり、普通に考えても海の生物にとってヤバい現象なのは想像に難くない。海水の酸素が欠乏したり毒素が発生したり、上述のように養殖魚が大量死するほどの災害なのである。何を興味本位で報道してるのか…。夜光虫の幻想的()な光に見とれてる場合ではないのである──しかし、赤潮を報じたニュースの中に、そうした危険性について触れたものは見当たらなかった…。 湘南海岸と言えば、海水浴とかサーフィンとか、観光地とかマリンレジャーのイメージが強いが、シラスが名産となってるように、漁業もそれなりに盛んである。地元の漁師の皆さんは今回の赤潮の発生を、そして興味本位の報道に煽られて夜の光る海を見物する野次馬であふれ返ってる状況を、一体どのように感じてるだろうな…。自分たちにとっては生活に直ちにダメージになりかねない死活問題なのである──観光客やマスコミも、その辺もう少し認識してみては? 江ノ島でシラス丼食べられなくなってもいいの? |
やはり、稀勢の里のミラクルはさすがに連続では起きなかったか…。序盤ですでに2敗となっても、何しろ先場所のラストのイメージが鮮烈だっただけに、中日くらいまで2敗をキープしてた頃は「これはもしかしたら…」と思わなくもなかったのだが、その後2連敗して結局途中休場となってしまった。優勝は久々の白鵬、自己最多記録更新の38回目を全勝で飾ったのだった── しかし、全勝で復活優勝した白鵬よりも今場所話題をさらったのは、稀勢の里と同じ田子ノ浦部屋の関脇髙安だろう。大関取りがかかった今場所を11勝4敗で追え、直近3場所で34勝と、大関昇進の条件をクリアして、場所後に大関に推挙されることになった──部屋の横綱が怪我で休場してても、場所の主役を田子ノ浦部屋の弟弟子が引き継いだということか…。 それにしても、髙安はここへきて急激に強くなったような気がする。新入幕以降上位でも活躍し、期待はされてはいたものの、もうひとつ大勝ちし切れなくて伸びが止まってた感があったのだが、一体どこで吹っ切れたのだろうか──兄弟子の稀勢の里が初優勝から一気に横綱昇進して強さを増したのと時を同じくして、弟弟子も一気に強くなったという、部屋を上げての相乗効果だろうか。いずれにせよ大いに喜ばしいことであり、これにとどまらず互いに切磋琢磨してさらに好成績を重ねてほしいものである。 と、いいことずくめの髙安大関昇進のニュースなのであるが…、なんか個人的に後味がイマイチ良くないような気がするのは、13日目まで2敗をキープしていたのが最後2連敗しての11勝4敗だということ。連敗で終わって竜頭蛇尾な印象になってしまったことで、ヘタするともしかして昇進話も消えるのでは? という心配さえしてしまったのだが、そうはならなかったのは幸いである。とは言え協会関係者にもマスコミにもそのことに触れてる人があまりいないというのもまたどうかな、とは思うのだが…。上述のように入幕後のここまでがトントン拍子では決してなく一進一退を繰り返してただけに、やはりまだまだ不安定なのかな、と、大関昇進以降の成績に対して懸念を抱いてしまったのは否めない。 その髙安、大関昇進後も四股名を新しくはしないらしい。大関になるのだからちゃんとした四股名がほしいところだと思うのだが。特に田子ノ浦部屋は現師匠も先代も髙安の『髙』と読みが同じ『たか』である『隆』のつく四股名で、部屋にもこの字を使う四股名が過去にも現在にも多いわけだから、何かあやかってもよさそうな気がするのだが──尤も現在の四股名も元々は『高安』と名乗っていたのを後から「どんどん上へと昇っていこう」という意味を込めて『髙』(はしごだか)に変えたらしいが…。でも、やはり大関になるんだからもうちょっとちゃんとした四股名が欲しい、なんてのは外野の勝手な言い分であって、本人がそれでモチベーションが上がるのであれば、それはそれでいいのでしょうね…。 …と、何だか駄弁のような話ばかりになってしまいましたが、要するにそれだけ大関昇進後の髙安については未知数だということなんです。上述の不安定な印象を抱きつつも、まだ年齢的には若くて伸びしろもあると思われるし、他のモンゴル人横綱が盛りは過ぎて降下線である上に、同部屋の稀勢の里とは優勝決定戦にでもならない限り対戦することはないのも有利な点ではある。今のところまだ経験してない優勝も、これから何度もする可能性はあるわけで、さてどちらに転ぶか──漠然とした不安がある分、同じくらい期待もあるのはまぎれもない事実であります、はい。 もちろん先輩横綱大関たちは、そうはさせじと壁として立ちはだかってくださいね。 |
現在オンエア中のNHK朝ドラ『ひよっこ』は、1964年の東京オリンピックの年から始まり、昭和の高度経済成長期の中で茨城の田舎から集団就職で上京してきたヒロインの成長を描いており、物語の背景ではさまざまな昭和中頃の風景やそれを象徴するアイテムが登場し、ヒロインの成長物語と並行して当時の風俗などを懐かしんだり再発見したりという楽しみもあったりする──しかしながら今の若い世代から見るとあれもこれも多分にアナクロであり、時代背景の部分で果たしてピンとくるかな? とも思ったりするけれど…。 その『ひよっこ』の主題歌担当が桑田佳祐に決まったと報じられた時は、正直驚いた。敢えて説明するまでもなくサザンオールスターズのボーカルでありリーダーで、日本語の歌詞を英語風に発音する歌唱法を茅ヶ崎での生い立ちをベースにした湘南サウンドに乗せた、どちらかというと歌謡曲よりも洋楽テイストが強い独特の曲調で40年近くも第一線で活躍してきたこの人は、昭和30年代後半からの高度成長期の昭和時代とはむしろ対極なイメージと思われたからである── しかし、いざオンエアがスタートしてみると、彼の歌う主題歌はドラマの舞台となった時代の雰囲気にフィットするレトロなテンポとサウンド、そしてその時代の青春歌謡によくあったような誰でも口ずさめる歌いやすさ。電子ジャーやソロバン、タイプライターなんかを用いて作った当時の街のミニチュアを映し出したオープニングVにもしっかり合っていて、ここ最近の朝ドラ主題歌の中でもかなりポイント高いのではなかろうか。『若い広場』というタイトルもまたレトロチックでいい── しかし、上で「驚いた」と書いたが、実は桑田佳祐はライブイベントで『ひとり紅白歌合戦』と称して昭和の名曲のカバーを何曲もしており、そのライブの模様はDVD化もされている。自ら「2020年東京五輪開催決定がこのイベントのきっかけ」と語り「前回の東京五輪がの頃の日本の元気の良さを思い出し前を向いていこうという機運」を感じ、そのライブも「古き良き時代を振り返り楽しみながら、明るい未来を目指していこうというテーマ」と話している──まさに『ひよっこ』で描かれている物語そのままである。確かにこれは主題歌を桑田佳祐にと考えるのは至って自然な流れであろう。 桑田佳祐自身『もはや戦後ではない』と経済白書に記述された昭和31年の生まれで、前回の東京オリンピックの時には小学3年生。ドラマで描かれてる時代に東京近郊の海辺の田舎街で少年期を過ごしている人であり、高度成長期の空気も昭和歌謡も日常的に身近なものだったに違いない。しかしどうしても上述の一連の楽曲のイメージが先行してしまって意外って気になってしまうんだよね──ある程度のファンは以前から上述『ひとり紅白』なども知ってただろうけど、今回『ひよっこ』をきっかけに今まで知らなかった、特に中高年層にも桑田佳祐のそうした面が認知されればいいな、なんて思ったりもします。 |
高校の生物の時間に習った血液中の糖分の含有率、いわゆる血糖の割合は0.1%。成人の全身の血液およそ4リットル中の糖分量はおよそ角砂糖1個分なのだそうだ──これを糖尿病学会が規定する数値にすると100mg/dlとなる。で、正常値の上限が110で、それを超えると125までが“糖尿病予備軍”と呼ばれ、126を超えると糖尿病と呼ばれてしまう──これは空腹時の数値であるが、食後血糖値の場合でも正常の上限140で予備軍の上限が200、201からが糖尿病になる──上述のパーセンテージで言うと、空腹時は0.126%、食後でも0.2%である。角砂糖の個数で換算してみると、1個が1個半に増えたらもう異常値である。いかに正常値と危険値の境界が短いことか…。 かつて、糖尿病は贅沢病などと言われたものである。もともと過食による炭水化物の取り過ぎを長年続けてるうちにインシュリンによる糖質の分解が追いつかなくなっていくうちインシュリンの分泌自体が正常に起こらなくなってしまうことによって血中の糖分が溜まり過ぎてしまうのが糖尿病であるから、栄養過多が原因となれば、戦中戦後の食うや食わずの時代を経験した世代から見れば、そりゃ贅沢病に思えることだろう。実際、飽食の時代を迎えるにつれて糖尿病が増えてることとか、ドカ食いして身体を太らせるのが仕事である力士の職業病と言われてることとか考えても、糖尿病なんてものは旨いものを好きなだけ食える富裕層がかかる病気のように思えてしまう── 実は、僕も母も、ここ何回かの検診で血糖値が正常値と予備軍の間を行ったり来たりしてたりするのだが、普段決して炭水化物や甘いものを取り過ぎたりはしてないのである。ご飯は基本的に一膳のみでおかわりしないし、コーヒーにも砂糖を入れない。お菓子も週1回の休日に家でコーヒータイムのおやつに食べるだけだし、糖質に関しては摂ってない方だと思うんだよな…。僕はまだしも、母に至ってはとにかく少食かつ昔っから贅沢なものは一切食べない、僕が外で晩飯すませて、家で母が自分の分だけ作って食べる日などは、一汁一菜のそれこそ禅宗のお坊さん並に質素な食事ばかりしてて、かかりつけの医師からも「もっと肉を食べなさい」と言われてるような人である。親子ともどもおおよそ贅沢とは程遠い食生活のはずなのだが、何で? ──つっても糖質=炭水化物は活動のエネルギー源だし、いたずらに減らしてしまっても弊害があるわけで、これが普段ドカ食いしてるとかだったら「気をつけて摂取量を減らそう」ともなるんだけど、もともと控え目に食べてる僕たちはこれ以上何を気がけたら…、あ、そうか、酒かぁw う~ん、少しつらいけど努めて酒量を減らしてみるか…、でも全く飲まない母の場合は一体どうすれば? なぁんて悩みながら何にも気にせずいつも通り飲み食いして、次の検診の時には正常値に戻ってる、というのが今までのパターンなんですけどねw |
イギリスのマンチェスター・アリーナで自爆テロと思われる爆発事件があり多数の怪我人が出た、というニュースは日本時間で3日前の朝にまず速報で報じられたが、その後、続々と情報が広がるにつれて、怪我人の数もどんどんふえていき、死者の数も10人から20人と伝えられて、その数字はさらに増え続けている── このマンチェスター・アリーナというのはヨーロッパで最大のイベント会場で、各種スポーツの試合も行われるが、コンサート会場としても有名で、これまでにもU2やローリング・ストーンズのコンサートが催されており、事件のあったその時も、アメリカ人アーティストであるアリアナ・グランデのコンサートが終了した直後の、観客が続々と会場から出て行こうとしている最中だったという──日本で言えば武道館か国立競技場みたいな位置付けだろうか。で、この時コンサートを行っていたアリアナ・グランデは“ポスト・マライア・キャリー”という呼び声もあるくらいの世界的な人気歌手であり、若年層にとってはファッションリーダー的な存在でもあって、本国アメリカのみならず国際的な人気も誇る(日本でも何度か来日公演を行っている)、まさに国際的スターである──そのコンサート会場にて起こった今回の自爆テロ。日本で言えば西野カナの武道館公演でテロが起きるようなもの、いや、もっと世界規模でグローバルな大物歌姫か…、いずれにせよ全世界にとって衝撃的なニュースであることは間違いない。 それにしても、こういう自爆テロが起きるたびに思うのだが、なぜこれらの人って多少なりとも政治や国家を動かしてる人や団体ではなく、普通に暮らす一般国民をターゲットにして殺傷するのだろうか。こういうことしても政治的に何のプラスの効果ももたらさないだろうし、一般市民を殺生したって何も埒は開かないと思うのだが。芸能エンターテインメントを楽しむ若者に危害を加えたところで、変わるとすればせっかくの楽しみの場で一転して大事な人を殺傷されたことに対する自分たちへの敵意をいたずらに拡散するだけだと思うぞ。戦略としてはどう考えても悪手だと思うのだが──? 今回のアリアナ・グランデはアメリカのスターでありながらイギリス公演をするくらい、本国アメリカのみならずイギリスでも人気があり、それは上述の日本も含む世界の多くの国でも同様である。今回アリアナ・グランデさん本人は無事だったそうだが、まかり間違ったら彼女自身に危害が及んだ可能性もあるし、そうではなくても自分を応援して観に来てくれたファンの方から多数の死傷者が出たというのは、ご本人のツイッターその他の声明を読むまでもなく、そのショックのほどは察するに余りある──そして、それは彼女だけでなく世界的に活躍する他のアーティストたちにとっても決して他人事ではない同様の衝撃であることは、何人ものアーティストたちが声明を発してる通りである。どこの国のアーティストが自分たちのファンをどこの国で危ない目に遭わせてしまってもおかしくないわけだ、そりゃいても立ってもいられませんわ。 日本のアーティストでも、例えば日本のカワイイ文化発信のリーダーであるきゃりーぱみゅぱみゅ。彼女とイスラム国の自爆テロって、何となくイメージとしては最も対極にありそうな感じに思えちゃうけど…、でもきゃりーちゃんって頻繁にアメリカやヨーロッパのみならず、東南アジア諸国でも公演を行ってるんですよね。彼女のカワイイファッションを支持して公演に集うヤングレディたちって、世界中に結構たくさんいるのである。そんな彼女のコンサート会場で同じような事件がどこかの国で起きる可能性は、十分にある。もちろん日本国内においても、他のどのアーティストであっても──まさか「Kis-my-ft2の追っかけに生命張れますか?」なんて問いかけをネタではなくガチでしなければならない日が来るだなんて…。 |
そもそも第二次世界大戦に日本が参戦した経緯はABCD包囲網に囲まれた中でハルノートを突き付けられ、いよいよ進退極まった中での決断だったわけで…、この『日本語』カテゴリ及びこの記事のテーマではないのでこれ以上言及はしないけど、要するに物資の供給ルートが断たれて国家が窮乏してしまいそうな状況を何としても打破するための窮余の決断だったというわけ──戦前の大日本帝国の軍国主義を無条件に罪悪視して責め立てる人たちの支持するイデオロギーの人たちによって、近代に世界各国で起こったあの革命やその暴動の多くも、搾取された貧しい民が富める層を倒すというのが原動力だったわけで──某委員長を頂点とするどっかの独裁国家のここ最近の挑発的な態度も、あの友好国やその大国から物資の供給を止められて国の経済がどんどんヤバくなっていく危機感によるところが大きいのであろうし…。 人間のようなイデオロギーの問題だけでなく動物的本能としても、最近ツキノワグマが人里に出てきて付近の住民を恐怖に陥れてる件だって、森林が住宅地に開発されていくにつれクマの餌場がどんどん減っていき、餌を求めてクマが人里に下りてきた結果だし、多くの野生動物の縄張り争いは餌場をめぐる争いであり、それに敗れた方の動物は、別の餌場を求めてまたそこで縄張り争いをすることになる──人間だってイデオロギー関係なく、例えば戦後の浮浪児たちは飢えてどうしようもなくなったがために農家の作物などを盗んだわけだし、盗まれた方の農家も捕まえた浮浪児をとことん殴って死に至らしめることもしばしばだったらしい。人間も動物も、たいがいの闘争の動機は飢えなのである── で、表題の言葉──よく聞く言葉ではあるけれど、しかし実際の戦闘(映画や小説などのフィクションも含めて)の場面で用いられたのを聞いた記憶があまりない。仕事とか勉強とか、もちろん日常生活として大事なことには違いないが少なくとも直接生命に関わったりはしない場面で用いられることの方が圧倒的に多い。そりゃそうだ。腹が減っては、できようができまいが戦をするしかないのである。「腹が減っては戦はできぬ」なんて笑いまじりに言ってる時点で、戦とはかなり程遠い状況には違いないですわな。 ──実際、肉食猛獣であっても例えばライオンなどは満腹の時には獲物が目の前を横切っても襲いかからないというし、人間社会の諺にも『金持ちケンカせず』とか『衣食足りて礼節を知る』なんて言葉がいくつもある。そもそも腹が減ったからするのが戦なのであって、むしろ腹が減らなきゃ戦なんて面倒くさいこと誰が好き好んでやるもんか…、なんて思っちゃうのですがいかがでしょうか? そんなわけで、戦前のハルノートもそうだし昨今の北朝鮮もそうだけど、相手の腹を減らすというのは戦を防ぐ意味では悪手ではないだろうか? 上述の通り腹が減ったら戦ができるもできないもない、戦をせざるを得なくなってしまうのである。国民ともども坐して餓死を待つ、だなんて国家元首はまずいないだろうから── |
ここんところ、電車内で痴漢を疑われた男性が線路内に飛び降りてそのまま走り去ろうとする事案が頻発している。先日には立ち行った線路で電車にはねられて被疑者が死亡なんてこともあった──以前から指摘されてることだが、被害者に犯人だと言い張られたら濡れ衣の晴らしようがない痴漢容疑には冤罪も多く、弁護士の中には「疑われたらごちゃごちゃ弁明しようとせずにとにかく逃げろ」とアドバイスする人も少なくない。 ──と、こんな風に痴漢冤罪に遭う人の立場に立って男性の肩を持つようなことを言おうとすると、すかさずフェミ方面から「痴漢の被害に遭う女性のことは無視カー!」などという非難が飛んでくるのだが──いやいやいや、だから、その被害を訴えて責めるべき相手が捕まえたその男性なのか? という話をしてるのであって被害それ自体を疑っても全然なければ痴漢に遭ったくらい何だなんてことも誰も言ってなどないのだけど…。噛みつく相手が違うんじゃね? こちらでも書いてることだが、痴漢被害そのものが事実であれば犯人は別にいることになるし、難を逃れたその犯人によって次の痴漢被害が出た場合、その被害はあの時真犯人を逮捕してれば起きなかった被害であり、ある意味冤罪を作った人たちによってもたらされた被害と言えるだろう──冤罪の影響は決して当事者だけに収まらないのである。 もちろん冤罪は痴漢以外のあらゆる犯罪にある──40年以上の拘留の末につい最近元死刑囚が釈放された袴田事件の場合も、元死刑囚の袴田氏を犯人と断じるには疑問点があり過ぎるほどある状態だったにも関わらず、彼を犯人として捜査も裁判も判決も進んでいき、袴田氏が犯人扱いされたまま半世紀を経過してしまったわけだが、現実に殺害された被害者がいるということは、袴田氏以外の誰かがその被害者を殺害したということである。その真犯人は、袴田氏が犯人として裁かれてる間、また死刑が確定して拘置所にいる間もずっと社会に放たれてたことになる。ということは付近の住民は、そうとは全く知らずに凶悪殺人犯の脅威に晒され続けてたことになる。いや、その真犯人がずっと近所にいたとは限らない、別の地方に移り住んでたとしたら、その地方の住民が脅威に晒されてたわけだし、それが一体どこなのかわからない、日本のどこにいる可能性もあるとなれば、極論だけど日本国民全員が、この真犯人の次の餌食になる脅威に晒されていた、ということになってしまうわけだ──冤罪で無実の人を犯人にして捜査を打ち切った人たちのせいで! 冤罪事件は他にも大小問わずいくつもあり、その大部分は被害そのものは事実である、ということはその数だけ娑婆に放たれた真犯人がウヨウヨしてるということになり、その数だけ第二の被害の脅威が存在してるわけだ、日本各地のすべての国民の周辺に──被害者側に立ってる皆さん、あなた方が責めるべき相手は冤罪懸念慎重派ですか? それって野に放たれた、本来あなた方が最も憎むべき真犯人を逆に手助けしてるようなものですからね、無関係な別の誰かを生贄にし、あるいは死にまで至らしめて! |
東日本大震災とそれによる津波の影響をモロに受けて東京電力福島第一原発の事故が発生し、付近一帯が放射能に汚染されて、6年以上経過した現在でも帰還困難区域や立ち入り禁止区域があり、さまざまな風評被害に地元の人が晒されているのはみなさん御存知の通り── 被害の中心は双葉町を中心に飯館村から楢葉町にかけてのエリアで、海岸に沿ったエリアであることから一般に『浜通り』と呼ばれている。福島県はこの『浜通り』の他、郡山市や福島市などの県中央部を南北に貫く『中通り』と、県西部の山間の『会津』の大きく3つのエリアに分けられている。で、県の面積がかなり広い福島県であるから、浜通りと会津では直線距離もかなり離れており、文化的にも同じ県とは思えないくらいかけ離れてるのだが、こと原発事故の風評に関しては同じ福島県としてひとくくりに見られてるのは否めない。もちろん線量も全然違っており、影響はほとんどないと言ってもいいくらいなのだが、他県に行けばいくほど同じ福島県だから、という認識になってしまうようである。まあ、関東の人が鳥取と島根を逆に覚えてたり、西日本の人はどっちが栃木でどっちが群馬か即答できないような状況を思えば、同じ福島県を浜通りと会津で別だと思えという方が…、なのかも知れないが── そんな福島県の会津若松市。名前の通り浜通りとは反対側の会津地区にあり、いわき市方面からは通勤も通学も困難な場所である──その会津若松市を初めて訪れた時、確か僕はそのいわき市方面から内陸へ向かって進んでったのだが、朝9時前くらいに出て単線非電化で本数も寂しい磐越東線で郡山に着いたらもうお昼前、そこから磐越西線に乗り換えて会津若松駅に降り立った時にはお昼は回っていたと思う。 会津若松市は鶴ヶ城を中心に古くから栄えた城下町で、言わずと知れた白虎隊や戊辰戦争の舞台となった街で、会津地区の中では最も多くの人口を擁する、文字通り会津の中心都市である。駅も、磐越西線から只見線が分岐し、さらに会津鉄道も乗り入れている交通の要衝。それだけに駅舎もかなり大きい。入口正面は鶴ヶ城を模した瓦葺で白壁の三角屋根…、のハリボテに覆われた何の変哲もないコンクリート製2階建ての駅舎である。しかしGW真っ最中のその日は各地からの多くの観光客で駅はごった返していた。 で、その日、確か城址らしきところまで歩いて行ったようにうっすらと記憶してるのだが…、地図によると会津若松駅から鶴ヶ城までは3キロあるんだよな。果たしてそんなに歩いたっけ? 僕が城址だと思ってたのは白虎公園か大塚山古墳あたりだったのかな? 駅から鶴ヶ城行く直線道路の途中に中心市街地があるのだが、繁華街を通った記憶もないから、おそらく鶴ヶ城には行かないままだったのだろうか…? でも、僕の観たその公園らしき場所も、城跡と勘違いしてしまうくらいそれっぽく見えたし、繁華街に遭遇しなかった分、普通のたたずまいがかえって城下町風に映ったのかも知れない── 上述の通り会津若松駅前はメインの観光地とも中心市街地とも少し離れてるのだが、決して寂れてたり何もなく漠然としてるわけではなく、街の作りに余裕があるという感じで、僕的には割といい印象ではあったのだが、住んでみたいかと問われるとちょっと違うかな…。郡山あたりに自宅と職場を構えて、休日に観光で訪れる場所、というイメージである。まあこれは駅及び周辺散策中、ビジターらしき人が多くて、地元民らしき人とほとんど出逢わなかったから、というのもあるだろう。観光地の印象が強い街ではよくあることではあるが、僕的にはやはり、その街に暮らす人たちの普通の日常を感じたい、と思ってしまう──その観光客の数も、震災による風評以降どうなってるのか、それも気になるところではあるが。 |