ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館 -10ページ目

ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

春原圭による、よろず文章読み物ブログです。読んでくれた皆様との忌憚ない意見交換を重視したいと考えておりますのでよろしく。








 先の春場所は、コロナウィルス感染予防対策のため大相撲史上初の無観客開催として行われ、土俵の外には一般客は誰もおらず客席はガラガラな状態で15日間を終えた。プロ野球もJリーグも、アーティストのコンサートやイベント等のみならず選抜高校野球やオリンピックまでもが無観客試合や中止、延期などなどの対策を取ってる中、大相撲だって例外というわけにはいかない。力士や協会関係者にひとりでも感染者が出た場合即座に中止するという方針の中、千代丸が高熱を発して途中休場した時は「ついに出たか!」と心配になってしまったが、検査で陰性と判定されて再出場でひとまず安心。下位でも発熱休場した力士は出たようだが、いずれも陰性で、何とか千秋楽まで場所を全うできたのは、よかったと言っていいだろう──
 そんな、史上初の無観客場所、力士の方もいつもと勝手が違ってやりにくかったに違いない。いつも浴びてる観客の大歓声に戦意を奮い立たせてた炎鵬のように調子が出ずに不成績だった力士がいる半面"稽古場横綱"と言われながら本場所ではなかなか力を発揮できなかった碧山が、稽古場同様に外部の人のいない場で本来の実力を発揮して好成績を上げたりと、悲喜こもごもなようだったが、そんな中で優勝したのが白鵬であるというのは、やはりイレギュラーとはいえみんな同じ条件の中では本当の実力がモノを言った、と見るべきなのだろうか──その点、先場所の幕尻優勝を手土産に最高位の2枚目に躍進しながら大敗に終わった徳勝龍なんかは一見これが本来の実力、と思いがちだが、初めての金星を鶴竜から上げてることを考えればまだまだ知れない実力はあるとも思えるし、やはりご当初場所での地元ファンの大声援の中だとどうだったのかな? なんて思えたりもする──
 一方、観る側の立場としては、これまで周囲の観客の大声援にかき消されて聞こえなかったあんな音やこんな声がよく聞こえたりして「あ、こんな音が鳴ってるんだ」なんて発見があったのは面白かった。熱戦中の力士の息づかいやぶつかる音などもそうだが、普段聞き慣れてると思っていた行司や呼出しの声や場内アナウンスの声なども、響きが全然違っていてなかなか趣深かった──のだが、負けた力士が土俵下に転落する時の音なんかも同様によく響いたので「痛そう…」な感じもひとしおだった。いや、実際にいつもより痛かったのかも知れない。いつもなら桟敷席の客がクッションになったりして、床にモロにバチンと叩きつけられることはあまり内容だから。いつもの場所だったら高安はあんなに重症だったろうか…。床だけでなく、勢い余った力士がマス席の方まで飛ばされたりなど、観てる側としては面白いと言えるかもだけど、当の力士たちにとっては危なっかしい面もいっぱいあったことだろう。
 そんな、イレギュラーなハプニングが良くも悪くも連発された無観客場所だが…、どうも春場所限りで終わりそうにはない。すでに夏場所の開始が2週間延期されることは発表されているが、コロナの蔓延がさらに広がってて緊急事態宣言まで出される状況では、開催されてもまた無観客になることは避けられそうにない、てか幕下以下の力士からついに感染者が出たという状況ではそもそも開催自体が危うい状況である──力士たちが普段と調子が違ってしまう状況は恐らく変わらないことだろう。1場所経験したから慣れてるだろう、というわけにはいかない。1場所だけのつもりだったのがまたかよとなれば、かつそれがいつまで続くか読めないとなれば、調子の持続もモチベーションも全然違ってくる。新大関の朝乃山にせよカド番の貴景勝にせよ、もちろん他のどの力士も、それぞれの持てる実力を果たしてどの程度発揮できるのだろうか。
 ま、条件はどの力士もみんな同じなのだから、って言ってしまえばそれまでなのだが。ここはコロナの一日も早い収束を信じて、今は耐えて頑張ってほしいとしか言いようがない。
 









 コロナウィルスによる新型肺炎の世界的な大流行によって、政府の要請を受けて多くの人が不要不急の外出を控えたり各地のイベントが中止されたりが続出している昨今、狭い車内の座席で多くの乗客が"濃厚接触"する列車旅も例外ではなく、どこの観光地も客足は軒並みピーク時の半分以下という状況である。今回記事で取り上げる秋田の田沢湖も状況は同じであろう──その田沢湖への最寄である田沢湖駅に、後にも先にも1回だけ降り立ったのは、こちらに書いた旅行ツアーの時だった。とはいえこのツアーの目的地には田沢湖は全く含まれていないし、もちろん駅を降りてそこから田沢湖にも全く行っていない。そもそもこの駅で降りたこと自体この時と同様の事情であり、全く予期せぬイレギュラーであった。なのでこの記事も本来の『いつ街』カテゴリ記事の趣旨とははずれてしまう内容で恐縮なのだが──
 盛岡駅を後にした新幹線こまち号は、そこから在来線の田沢湖線に入り秋田に向かっていたのだが、途中でかなり激しい豪雨に見舞われて、途中の田沢湖駅で運転をしばらく見合わせることになった。再開のめどが立つまで、ツアーの我々も車外に自由に降りることを許可されたのだった。仕事関係のお付き合いで参加したツアーとはいえ、乗り合わせてる参加者のほとんどとは面識はない。中にいても間を持て余すだけだし、決して濃厚接触を避けたかったわけではないが、せっかくの機会なので車外に出ることにした。列車が運転を見合わせるほどの豪雨ではあったが、屋根のついたホームにいるとそれほど雨の影響はなく、その年に完成したばかりらしい豪華でオシャレな駅舎ともども、駅施設はとても綺麗に見えた。
 ホームに降り立った僕が改札を抜けて外に出たかどうかについては、正直記憶がない。ガラス張りの駅舎から外の風景がくっきりと見えたことは覚えてるのだが、この駅は列車から駅の中や広場側の賑わいが見え、逆に駅のどこにいても列車が入ってくるのが見え、に広場からは駅の背景の山が透けて見えるような構造らしいので、僕の記憶にある景色もホームからは十分見えるものだろうから。新・新幹線駅のご多分に洩れず莫迦でかい駅舎内を見て回った記憶もないし、外から駅舎全景を見た記憶もない。ホームの中だけで時間潰せたとは思えないから、ちょこっと出たんじゃないかな? とは思うのだけど──まあ上述の通りの豪雨だったので駅舎の外には多分出てないけど。
 上述、駅舎の外の風景がくっきり見えたと書いたが…、実のところ広いロータリーが目立つくらいで周囲には何もなかった。豪雨に煙ってたからではなく、マジで何もなかった──その状況はあれから20年以上経った現在でも変わってない模様。新・新幹線駅前にはありがちではあるが、観光拠点であることを抜きにしても、ここが仙北市の代表駅だそうなので、それを考えると駅前にもそれらしい佇まいは欲しい気がする。ともあれ、ツアー中の悪天候イレギュラー途中下車とあっては、ろくに見て回ることもできないまま、列車はほどなく運転を再開、僕もツアーに復帰したのだった──
 ただ1回きりのこの田沢湖駅訪問は秋田新幹線であり、在来線各駅停車での経験はない。盛岡側からの在来線はほとんどが田沢駅の1駅手前の赤渕駅止まりで、その先に行く各停は極端に少ないし、両駅間は信号場2つを挟んで18.1kmもあり、道中も山間部の難所であることからこの区間を歩くという選択肢はまずない。さらに赤渕駅周辺に宿泊施設や商業施設はおろか民家すらぽつりぽつりしかなく、周辺で1泊という選択肢もない。おそらくこういう機会と天候の偶然でもなければまず降りることはなかったであろう田沢湖駅にこういうカタチで足跡をつけられたことを、幸運と見るか不幸と見るかは、まあ人それぞれであろう──
 

 開設以来ずっと整備工事が続いている『創作文芸館』ですが、テキストサイト時代のUP作品群の全作品UP完了後も、まだ整備が続いておりまして、2020年に突入した現在もまだリニューアル進行中であります──この整備工事、果たして着地点を見ることはあるのだろうか?

 現在やってる過去の個人詩集の収録作品の参加サークル誌や商業同人誌への投稿作品を発表媒体ごとにまとめた目次ページとその“目次の目次”をすべて終えたら、各作品集の解説文や各詩作品のライナーノート的なもの、さらに、既発表作品の中でもさまざまな事情でネット上では未発表のままの作品も多数あり、それらの中にも「これは見てほしいな」なものも少なからずあるので、追加UPも随時行っていきたいな…。
 なんて、やりたいことがたくさんあるので、上述の「着地点が見られるのか」は冗談めかしてるけど、半分マジだったりするんですw
 これで、何かの気まぐれで「久しぶりに新作に挑戦してみるか」なんて気持ちになったりしたら──と、希望を膨らませ始めたらキリがなくなってしまいますが…、どうぞ、長い目でみてやってください──

 ──というこの業務連絡、1年くらい前のものの使い回しです。
 業務連絡カテゴリは通常記事とは別モノの位置づけなので一定期間で削除してるんですが、何度も繰り返しお知らせしたい内容については、過去のUP日付を修正して使い回ししてます。同じ内容の文書をまた1から打ち直すのは手間だし、どうせ過去のものを消すんならいいだろって感じで。使い回しというよりは移動ですね。
 でも、同じことでもブログ運営上の重要な説明は何度でもしておかなければ、ですから。

 ま「わかってるよ」って方は読み飛ばしていただいていいんでw …でも『創作文芸館』の各作品は読み飛ばさずにじっくり味わってくださいww








 今年に入ってからこっち、ニュースでもワイドショーでも中国の武漢から日本を含む全世界に広まってしまったコロナウィルスによる新型肺炎のニュースで持ち切りである。クルーズ船やライブハウスや介護施設などが集団感染源となって見る間に感染者が増えていき、死者も少なからず出てる状況では、自分もいつどこから感染しないとも限らないわけで、他人事では到底ない。コロナウィルスの話題に関心を持つなという方が無理な話であるし、それに対応する政府や関係機関の答弁も明快とは言えず、先行きが見えない状態では世間が大騒ぎするのも至極当然と言えよう──
 未知のウィルスであるからもちろんワクチンなども作られてないし、それ以前に治療法も見つかっていない。現時点では通り一遍の予防策としてうがい、手洗い、そしてマスクが呼びかけられているが、みなさんよくご存じの通り現在マスクはどこのドラッグストアやコンビニに行っても品薄で、何時間も並ばなければ手に入らない。これは多くのメーカーが製品を中国で製造しており、今回のウィルスの発生源でもある中国の工場が稼働停止していて製品が日本に入ってこないためである。これはマスクに限らず昨今多くのメーカーが家電の部品やら衣類やら食品やらの工場を中国に進出させて現地生産してるがゆえにそれらメーカーでも品薄の製品が続出しており、消費者はそれらを買いたくても買えない状況があちこちの店頭で見られる。
 そんな中で、ネット上に「トイレットペーパーも中国産だから入ってこなくなる」という書き込みが流れた──その次の日にはトイレットペーパーが店頭から消えた…。製紙会社も即座に否定の生命を出してるようにトイレットペーパーのほとんどが国内生産で、メーカーの倉庫にも在庫は豊富。この書き込みは完全なデマで、それを流した犯人も判明して相応の制裁が科されたわけだが…、しかしコロナウィルスでも一両日で全国一斉に広まったりはしない。このデマの拡散力たるや、コロナの感染力の何十倍だろうか? 他にもコロナがらみでは、喘息の薬が効くとか主に薬効関係でいろんなデマ情報が凄まじい拡散力で跳び回っている。中には「正露丸が効く」などという誰が聞いても荒唐無稽なものもあってそれを主張してた元議員候補の女性が総ツッコミの袋叩きになったりもしてたがw
 しかし、薬効がらみのデマだと、信じて効かない薬を服用して逆に悪化させたり、本来その薬を必要とする患者の手に入らず病気を悪化させたりして、ヘタすると生命に関わったりするだけに、それがコロナの比ではない拡散力を持つとなると、笑いごとではすまない。トイレットペーパーの件では、とっくにデマと判明してそう報じられてる現在でもなお店頭の陳列は元通りとは言えないし、拡散は一瞬でもその収束は容易ではない。感染して発症しても重症化するのは何割かのコロナよりも、ある意味何百倍も健康への脅威ではないだろうか。それを予防するのはマスクでも手洗いでもない、受け手の我々のリテラシーである。
 









 先月以来、NHKも民放も、全国ネット放送ローカル放送を問わず、ニュースもワイドショーも連日コロナコロナコロナと、よくもまあワンイシューでここまでネタがいつまでも尽きないなあと思うくらいそればっかりにほとんどの時間を割いている。
 中国の武漢で広まっていると報じられたのはそのほんの少し前のことであったのだが、それからあっという間に日本に上陸したと思ったらあれよあれよと全国に広がり、もはや47全都道府県を制覇するのも時間の問題である。そしてそれは日本だけでなく感染元の中国はもとより韓国、イラン、イタリアなどで感染が拡大しており、その他の多くの国でも感染者が確認されていて、ほぼ全世界に散らばっていると言っていいだろう。新たに発生した新型ウィルスであるからどのくらいの感染でピークを迎えるのか、どのようなクスリが効果的なのか、感染後に抗体はできるのか、などなどここに至っても未知で謎な部分が余りに多く、その意味でことさらに人々の不安を増幅させている面がある──実際に重症化して死に至っている人が何人もいるわけだから、シロウトな民衆が不安で動揺してしまうのは、まあ致し方ないことではあるだろう。
 実態が謎で今後について断定的なことが言えないのはプロの医師や感染症の専門家も同じであり、テレビでコメンテーターとして引っ張りだこのあの人やこの人たちも、手探りなりにこれまでの知識や経験則の中で推測できる範囲の話しかできないのは当然であり、視聴者の我々だってそれを前提にあくまでもひとつの説として捉えるべきなのは言うまでもない。ましてや専門的知識もなくそれらの話を受け売っているニュースやワイドショーの司会者の言うことはなおさらだろう。
 これまでのこの『グミシン』カテゴリ記事ではニュースの事件やトピックそのものよりは、受け手として報道側の伝え方をどう読むかの方に重点を置いてきたが、今回の一連のコロナウィルスの報道では、その"報道への向き合い方"が殊のほか重要になってくると言えよう──その意味で、報道を受けて巷で起こっているあんなことやこんな現象というのは一体どうだろう…?
 マスクが品薄になってしまってるのは中国での生産ラインが止まっちゃってるから仕方ないとして、並んでまで買うほどコロナの予防効果はなく、それよりも他の病気や業務でホントにマスクが必要な人に行き渡らない状態。そのマスクの増産の方に原料の紙を取られてトイレットペーパーが不足するというのは完全なデマだが、それがわかった後も品薄状態はなかなか回復せず、喘息薬がコロナの症状に効くと報道されたらそれの購入者が殺到してホントにそれが必要な喘息患者に行き渡らなくなったり、同じことが納豆やニンニクでも起きたりと、大衆はあっちやこっちにおどらされて右往左往。こういう時に正しい情報で民衆を導くべき報道機関はというと、春節の時に中国人を訪日させたと言っては、クルーズ船の対応が悪いと言っては政府を叩き、学校の休校の件では総理が決断する前は「なぜしない」と叩き、いざ決断したら逆にその決断を叩きと、とにかく総理をはじめとする政権側を叩くためにコロナウィルス問題を利用してるとしか思えない状態。パニック状態の民衆がこんな二枚舌にも気づかないのをいいことにやりたい放題な気がしてしまうのは、僕だけ?
 上述の通り、こういう非常事態の時にこそ、メディアの受け手である我々のリテラシーも試されるのではあるが、それ以上にその情報を伝える報道メディアの側の良識の方がより問われるのは言うまでもない。なので、報道する側の罪の方がより大きいのは当然ではあるのだが…、でも受け手の我々もその辺は自衛のためにも、極力冷静に落ち着いて、情報に向き合いたいものである──
 









 幼稚園から小学校の頃、毎年学校でツベルクリン注射をしていた。打つとプクッと膨れる奴である。この注射は結核菌に感染しているかを検査するためのもので、数日後に打ったとこが赤くなったら陽性、全く変化がなければ陰性である。陰性になると次はBCGというものを打たれる。腕にポトリと薬剤を1滴たらし、そこに9つの針がついた丸いハンコのようなやつを2回圧す。結核への免疫を人工的につけるためであって、陽性であればその必要はない。なのでツベルクリンの結果が陽性だとホッと胸をなでおろし、逆に陰性だと恐怖におののいたものである。あのBCGってとにかく痛かったからなぁ──
 そんな子供時代の体験から、つい陽性の方が陰性よりも良いというイメージを持ってしまう。特に医学的な意味でな人間の性格という意味でこの『陽性』『陰性』という言葉を使うようになってからはなおのことである。何しろ性格が『陽性』=陽気で明るくて親しみやすい、逆に『陰性』=陰気で暗くてウザい…、であるからどっちの人物に好感が持てるかといわれれば、当然陽性な人の方であろう。
 しかし公にはにはこの『陽性』『陰性』という言葉は形而上的な人間性という意味ではなく上述のような医学的なウィルス検査や薬物反応などの場面で使われることの方が圧倒的に多い。その医学的な検査で反応が現れるのが陽性であり、反応が出ないのが陰性である。上述のツベルクリン反応にしても、BCGを打たなくてもいい陽性というのは結核菌の感染が疑われる状態であり、その心配がないのが陰性である。結核に限らず感染症の疑いが出たり尿検査で覚醒剤反応が出たりする陽性よりも陰性=ノープロブレムの方が「よかったぁ!」と喜ばしいものであることは明らかである。多くの人は陽性反応が出た方が気分的には『陰』であり、逆に陰性の方が気分は『陽』になるであろう。その辺『陽性』『陰性』という語感とは真逆で、用語のチョイス的には何か妙ではある。単なる言葉のアヤといえばそれまでなのだが…。
 ──昨今、ニュースでもワイドショーでもほとんどの時間を割いてこの『陽性』『陰性』なる言葉が飛び交っている。はい、コロナウィルスによる新型肺炎のニュースである。まだその実態が解明されておらず治療法も特効薬も見つかってない段階であることもあって感染への不安を大半の人は持ってるに違いないわけで、それで『陽性』反応が出てしまえば、自分の生命に関わるのみならず他人を感染させてしまう不安もあり、それを防ぐための長期の隔離生活を強いられるとなると、気分的には『陽』とは程遠い、思いっきり『陰』であろう。
 ただ今回ばかりは『陰性』であれば安心して『陽』な気分になるかというとそうはいかない。実は感染していて検査で見つからず、回を重ねて初めて陽性反応が出て、それまでの間にあちこち出歩いていろんな人と濃厚接触してた、なんてパターンが何例も出ている。そもそも検査を受けるのにも条件のハードルが高く、自分が陽性か陰性かわからない状態の人は多数いるわけで。もちろんそういう人たちの気分は『陽』ではなく『陰』である。陽性でも陰性でも不安なく『陽』でいられる日が来るのが待ち遠しいが、専門機関に期待するしかない──
 









 近頃の僕はすっかりアニメには疎くなってしまった。単に自分が観なくなったというだけではなく、地上波でのアニメの放映が僕の若い頃に比べて極端に減っている気がする。深夜には萌え系アニメをやってるようだけど、そんな時間に観るのはよっぽどのマニアであり、一般向けまして子供向けとは到底言えないだろう──アニメは実際に放映が減っているという現状があるけれど、紙の漫画作品を読む機会もめっきり減っている。こちらも漫画家の作品発表の主戦場が雑誌からネット配信に移ってきてるという事情もあるのだが、それよりはやはり大人になって久しい僕が少年少女向け漫画の最近作への興味が年齢相応に薄れてきてる、というのが大きいのだろう。
 そんなわけで、昨今莫迦売れしてるという『鬼滅の刃』も読んだことはおろか、そんな漫画があること自体つい最近まで知らなかった。もちろんアニメ作品が放映されていたことも──なので昨年の後半あたりからやたらラジオで耳にするその曲と『鬼滅の刃』は当然僕の中では結びついていないが、ただ、何度も耳にするうちに曲のテンポの良さと女性ボーカルの声質、歌詞世界を含む楽曲全体に次第に引き込まれ、気がついたら何度も脳内リピートされるようになっていたのだった…。
 はい、LiSAの『紅蓮華』です──上述の『鬼滅の刃』がどんな作品化は、ブームになってワイドショーなんかでも取り上げられることがある(ストーリーよりは"鬼滅ヘアー"などのファッション的な話題が主だけど)ので大体はわかったが、それでも今のところまだ物語とこの曲は僕の中では結びついておらず(紅白の時彼女が歌う場面を観そびれたので)それ一切抜きで単純に楽曲として僕は魅かれたわけであるが…、しかし『鬼滅の刃』効果でこの『紅蓮華』が大ヒットしたのは間違いないし、アニメからこの曲に入った人が大半だろうし、このLiSAというアーティスト自身これまでのリリース曲の多くがアニメやゲームとのタイアップだから、そっちの色がついっちゃってるのは致し方ないのかも知れない。
 僕的には、年齢的にも30歳を超え、ルックスもかなりよく、紅白にも選ばれてアニメファン以外の一般にも認知されたところで、新しいジャンルにも挑戦して新境地を開いてほしい気もあるのだが、でもその道で自身の世界を極めるというスタイルももちろんあるし、その方が彼女らしいのかも知れない。しかしながら、あの独特のハイトーンヴォイスから繰り出されるすばらしい歌唱表現力が、コアなファンだけのものにしておくのが惜しい気もするわけで…、その辺フクザツではある。
 ともあれ品薄で入手困難が続いてるらしい『鬼滅の刃』を僕がじっくり読む日は当分来ないだろうから、漫画とは別物として『紅蓮華』を愛聴する状況はしばらく変わりはないでしょう──
 









 先場所は、幕尻の徳勝龍のまさかの平幕優勝、14勝1敗という堂々たる成績で天皇賜杯を手にするという、当初からこの結果を予想してた人はおそらく皆無であろう結果となった。両横綱が休場し、2人の大関のうち豪栄道はカド番で負け越して場所後に引退、関脇に落ちた髙安も大関復帰どころか逆に負け越してしまい、他に期待された遠藤や御嶽海も崩れてしまった結果というのがナニではあるが、それにしてもこれまでの徳勝龍の実績と年齢的な将来性等を考えると意外過ぎる結果には違いない。しかしいずれにせよ快挙なのは確かだし、場所中に急逝した母校・近大相撲部監督の追悼という意味でも、立派な供養となり、本人の感激もひとしおであろうことは、優勝インタビューの時の涙でも十分伝わってくる。と同時にこの時のインタビューでは本人の人柄の良さも前面に出ており、相撲ファンの好感度の一気に上がったのは間違いなかろう──この優勝を手土産に春場所の番付では徳勝龍は一気にこの最高位の2枚目に躍進。奈良県出身の彼にとってはご当所である春場所、彼の雄姿が観客席からの大声援に包まれる…、はずだったのに──
 はい、ご存知の通り、一昨日から始まった春場所はコロナウィルス感染予防対策のため無観客興行となってしまい、土俵の外には一般客は誰もおらず、客席はガラガラです。プロ野球やJリーグ、さまざまなイベントやコンサート等も同様に無観客試合や中止などの対策を取ってる中、最悪場所の中止という選択肢もあったのを何とかそれは回避した(力士に感染者が出た場合途中で中止の可能性は残るが)のは英断と言えるのかも知れないが、それにしても興をそがれた感はぬぐえない。これだけウィルスが蔓延して感染者も発症者も大量に出てる状況では致し方ないのではあるが…。
 徳勝龍にとっては平幕優勝からのご当地凱旋場所だっただけに、その雄姿を地元のファンに見せられないというのはさぞかし残念だろう──春場所と言えば、9年前には八百長問題の影響で場所自体が中止になったこともあった。この時は兵庫県出身の栃ノ若の新入幕が確定的で凱旋場所になるはずだったのがパーになってしまい、それが原因かどうかわわからぬが、栃ノ若は将来を嘱望されながらその後まるでパッとしないまま不可解なカタチで早々に引退してしまった。まあ、年齢も実績も豊富な徳勝龍が、あるいは先場所の優勝だけで終わったとしても、それで栃ノ若の二の舞なんてことはないだろうけど…、でも結果がどうなるにせよ、せっかくのハレの場面は晴れやかに飾ってあげたかったな、と思わざるを得ないのは間違いない。
 先場所の印象が強くてついつい徳勝龍の方ばかりを見てしまいがちだけど、もちろん他の力士たちにとってもいくらか士気がそがれてしまうのは否めないところだろう。新入幕の琴ノ若は祖父、父と3代続いての幕内デビューを飾るはずだった場所だし、新十両の翠富士にとっては初めての化粧回しをつけての土俵入りをお客さんに披露できなくなったわけだし、大関獲りの場所である朝乃山にしても新婚場所である豊山にしても、ハレの舞台に水を射された感じはぬぐえない。もちろん他のどの力士にとっても、多かれ少なかれそれぞれ期するものがあって臨む場所であろうから、残念なのはどの力士も同じには違いない。
 しかしその一方で、条件はどの力士も同じとも言える。みんな同じなのだから、それぞれに等しく与えられてる条件の中で各力士とも全力を出してもらいたい。テレビ中継は通常通り行われるわけで、目の前ではなくてもその相撲を観てる人たちは少なからずいるのだから、そばに応援に行けないファンたちのために、熱戦を届けてもらいたいと、切に願うものである──あと、力士たちも協会の通達に従って夜の街に出歩かずホントに節制してね。自分たちから感染者が出てしまったら場所自体が中止になっちゃうから。
 









 ♪くだらないブログを書こう クソッタレな読者のため くだらないブログを書こう すべてのクズ共のために くだらないブログを書こう 僕やキミや彼らのため くだらないブログを書こう 明日には笑えるように~
 世の中にはいろんな種類の"難癖つけたがり"な人がいる。そんな人たちはいろんな側面から実に多種多様な難癖をつけてくる──例えば上述のような替え歌には「僕やキミや彼らがクソッタレだってのか」「ブログを読んでくれる人に失礼ではないか」「くだらないって自分で思うんだったらネットに上げずにチラシの裏に書いたらどうだ」「何が悲しくてクズ共のためになんてブログ書かにゃならんのだ」」「俺はそんなくだらないブログなんか書かないぞ」「くだらないブログ書いて笑えるようになるだなんておまえ歪んでるな」」「ブルーハーツを侮辱してるのか」などなど…、あるいは「その発想はなかった…」的な、全く思いもつかないような難癖が飛んでくるかも知れない──そんな「くだらない」ものに何をそんなにムキになって食いついてきてるんだよ、って思ってしまうのだが…。
 こんな例は世の中にいくらでもある。特に人種方面や性差方面にちょこっとでも話題がかすろうものなら、まあ見事に目ざとく見つけたそれら"難癖つけたがり"な人たちが我田引水かつ針小棒大にあげつらって、本来の論点などどこへやらで、こじつけ捏造何でもありでとにかく悪罵に血道を上げる。宇崎ちゃんの献血ポスターしかり『ヒロアカ』の志賀丸太しかり。前者は震災被害で救助された経験を持つ作者の報恩の気持ちを踏みにじって、後者は海外から違法海賊版で作品を見て、である。やつらの罵倒の対象になってる両者と、罵倒してるやつら自身と、下劣なのはどちらかは言わずもがなであろう──
 ま、そんなことは大半のマトモな人にとってはわざわざ説明されなくてもわかってることだろうし、結論もハッキリしすぎて話題もこれ以上広がりようもないので、あまりこのネタで引っ張っても駄弁にしかなるまい。まさに"くだらないブログ"の面目躍如(笑)である。クソッタレなすべてのクズのための記事なので、クズではないみなさんは黙ってスルーしちゃってください(笑)。
 ──と"クズ"の人に向けて書いてみた(笑)けど、僕的にはそんな"くだらない"の中にも"愛"を見つけられることはあるかもって考えだし、キミが笑えば、僕が笑えば解決することだと信じて、みんな笑うように生きる人になろうよ、なんて思いながら僕は"くだらないブログ"を書いてるわけで、もちろん僕やキミや彼らを"クソッタレな読者"などとは決して思ってはいませんので。もちろん今回のこの記事だけでなく、今までUPしてきた他のどの記事も、ね。たとえ「そんな言い訳が通用する時代じゃない」という難癖が飛んできたとしても、ここの各記事は時代のものじゃなくて(クズではない)読者のみなさんのものでありたいと思うから…。
 









 先月来連日ニュースやワイドショーでかなりの時間を割いて報じられてるように、中国・武漢市で発生したコロナウィルスによる新型肺炎が中国のみならず世界各国に蔓延しており、ご多分にもれず日本でも感染者が次々と現れており、その感染者との濃厚接触による二次感染から、さらには三次感染者までいる状況。感染源の中国側の対策が不十分なまま中国の大型連休である春節を迎えて観光客が大挙して日本に押し寄せてくる中、日本側の対応も後手に回ってしまった結果、感染者数は中国に次いで多いという、何だかなぁ…、な状況になってしまったわけで──
 この新型肺炎騒動のおかげで日本国内のドラッグストアというドラッグストアからマスクの姿が完全に消え失せてしまい、マスクを求める人たちが右往左往する状況にもなっている──上述の中国からの旅行者の中に大量に買い占めて持ち帰ってく者がいるのもそうだが、日本の側からの大量な輸出のためもあるらしい。そのために自国でマスクを買いたい人が買えなくて困ってしまうって一体…。
 そんな僕も、ご多分にもれずその「マスクが買えなくて困って」しまってるひとりである。暖冬である今年は花粉の飛散も例年より早く始まるという予報が以前から出ており、マスクの準備も早めにしようと思ってはいたものの、その前からインフルエンザ予防で買ってあったマスクが2月末分くらいまではあるってことで安心してのんびり構えていたのだ。まさか突然の新型肺炎パニックが日本に押し寄せてこんなに急激にマスク不足になるだなんて全く考えもしないで──そろそろ花粉対策に本腰を入れねば、な1月末になってマスク探しに右往左往するなんて…。ストックが尽きる2月末あたりから本格的な花粉シーズンなのに、一体どうするんだ?
 まあ、結論を言えばその後何とか向こう2ヶ月分、GWくらいまでのマスクを手に入れることができたので、とりあえず僕は今回の花粉症対策の心配はなくなった。花粉症対策については──新型肺炎の見通しは少なくとも半年先くらいまでは危険があるとのことだから、それ以降もまだマスクにさよならってわけにはいかないだろうし、またそういう状況ならその頃もまだマスク不足が続いてる可能性はかなり高い。引き続きドラッグストアの棚に注意しておかねばならない…。
 と、花粉症レベルでこんなガタガタ言ってるけど、常時マスクを必要とする人にはもっとシリアスに深刻な病気の方もいるわけで、そういう人にとっては冗談抜きで生命に関わる問題である。新型肺炎は実はそこまで恐ろしいものではないという説もあるし、過剰反応で必要以上に恐れる人たちのために、実際に生命の危険を防ぐ必要のある人の分が奪われるというのはどうなのだろう。僕も含めて、こういう時こそ冷静に状況を見極めて、最も被害の少なくて済むような行動を取らねば…、である。