日大アメフト部の悪質タックルの件を書いたこちらの記事で、僕が昔努めていた会社が社会人アメフトチームをもっていたことを書いたが…、実はそのアメフトチームの総監督の地位に就いていたのは、輪島大士さんだった。そちらの記事にも書いた通り、社長以下日大OBの役員が多数を占める最大学閥であり、日大相撲部で学生横綱に輝いた輪島さんのことは角界入門当初から後援しており、引退後の金銭トラブルで角界を廃業してプロレスラーに転向したもののそれも短命で辞めた後には"スポーツイベント担当"という何だかよくわからない肩書きで会社に迎え入れられてもいた。ご本人のお姿は何度か本社周辺で見かけたことはあったけど、正直どんな仕事をしてたのかはよくわからない…。 引退後の何年かのイメージで、何か残念な印象をもつ人も少なくないだろうけど、力士としての輪島関は"黄金の左腕"と呼ばれる左からの下手投げを得意とする、かなり強い横綱だった。幕内最高優勝14回は、同時期に北の湖と言う大横綱がいなければもっともっと伸びていたに違いない。現在のところ学生横綱を経てデビューし、プロでも横綱になった力士は輪島さんだけである。髷が結えるようになる前のザンバラ紙がウザいからとパーマをかけたり高級ホテルから場所入りしたり高級外車を乗り回したりと、下の地位にいたころから何かと型破りでお騒がせな力士だったが、強ければそれでいいんだ、力さえあればいいんだ、な相撲の世界を地で行く、ある意味力士らしい力士だったと言えるかも知れない── 実際、相撲への情熱はかなり強かったらしく、上述の左下手投げもそうだが、自らの相撲の型にはかなりこだわりがあったらしい。一見破天荒な上述のライフスタイルも彼流の力士としてのこだわりだったのだろう。実際、晩年になってもワイドショーなどで相撲のニュースの時にコメンテーターとして解説する姿がたびたび見られたが、その発言の端々に相撲愛を感じたものである。 数年前に咽頭がんを患い、療養が続いていた輪島さんであるが、先月亡くなられたことが報じられた──僕が物心ついて相撲に熱狂し始めたのとほぼ時を同じくして入門し、長らく横綱として国技館の土俵を盛り上げた輪島さんは、もちろん僕の相撲史の中でもかなり大きな存在であるし、同じ会社に在籍した時期も長らくあったので、今回の訃報はもちろん大きく受け止めているが、一般的にも昭和を代表する名横綱と言っていいだろうし、また1人、昭和の名力士が逝ってしまったことが惜しまれる。ひるがえって現在の幕内の状況は、これほどの力も技もある力士が見当たらず、土俵外でも型破りと傍若無人を履き違えた力士の醜聞が絶えない状況。輪島を始め先代貴ノ花や北の湖、高見山などが力や技を駆使した熱戦で人気を博した昭和の土俵と現在の土俵は、どうにも違うな、と感じざるを得ない── 同じ石川県出身力士でh、同じ日大出身の遠藤や黄金のまわしを引き継いだ輝が、今回の訃報を受けて追悼のコメントを述べていた。両力士とも素質には恵まれていて今後に期待したい力士ではあるのだけど、どうにもあと一歩抜き出せないのは、いい意味での破天荒さが足りないからだろうか…。他の若手力士にも言えることだけど、小ぢんまりと優等生的にまとまってて、今ひとつ突き抜けそうで突き抜けない。そんな彼らを見るにつけ、やはり輪島さんは偉大だったんだな、とますます痛感する次第である── ま、ご冥福をお祈りしますとしか言えないけれど…、こういう偉大な名力士の訃報が衝撃なのが、それだけ現在の力士たちとの落差ゆえであると思うと、それがまた悔しさを増幅してしまう。輪島さんを凌ぐ力士らしい力士は果たしてこれから先、表れるのだろうか? |