息子の筋トレは3か月ぐらい続いています。

 

私より体重もあり、たくましい身体になってきました。

 

不登校時代から+10kgになったそうです。

 

息子が不登校になったのは高校1年生の5月頃です。

 

渦中の真っただ中、

 

息子に少しでも笑顔を、少しでも外出を、

 

という藁にもすがる思いで犬を飼い始めました。

 

その話は2018年07月24日のブログにも載せてあります。

 

で先日、

 

息子が当時の気持ちを語ってくれたのです。

 

それはあまりにもシンプルなものでした。

 

「あの頃の記憶はほとんどないんやけど、パパが犬見に行こうって誘ってきて、正直めんどくさかったんやけど付いていった。ポメラニアンが飼いたいって言ってたけど正直犬種はなんでもよかった」

 

「え、なんでもよかったん?」

 

「うん。柴犬見せられたらそれでええって言ってたと思う」

 

「そうなんかいな」

 

「とにかくはよ終わって帰ってゲームしたいって思ってた」

 

「・・・ははは、そうやったんや」

 

「でも始めは色々世話したっけなぁ」

 

「うん。夜中に下痢して犬用トイレ洗ってくれてたのは今でも覚えてるで」

 

「ああーあったかも」

 

 

 

というわけで、

 

我が家のアニマルセラピーは思ってたのと違いました(笑)

 

ワンコは今8歳で、ずっと我が家の中心です。

 

 

 

<娘の近況>

大学4年生。就職先も決まって順調です。

 

<息子の近況>

消防関係の資格を取って4ヶ月経過し、就活を始めました。

またブログに書きます。

消防関係の資格を取得した息子、

 

その後の動きはなくバイトを続けています。

 

そんな息子が、

 

3週間ぐらい前に筋トレを始めました。

 

私が使っていた器具を使ってベンチプレスや腹筋などをしているのを見て、

 

(え!まさか!息子が筋トレ??)

 

という驚きを隠して、

 

「お、筋トレしてるやん」

 

すると息子の口から意外な理由が。

 

「いやぁ、陸上時代の筋肉貯金がなくなったねん」

 

「ははは、貯金じゃなくて貯筋ね」

 

「ずっと座ってゲームしてたら身体が痛くなるから筋肉付けようと思って」

 

「ってことは、ゲームを長時間するために?」

 

「そう」

 

「おもろい理由やなー」

 

てっきり、ゲームに飽きたのかと思いましたが逆でした。

 

 

 

息子が不登校時代、

 

筋肉をつけると気持ちが前向きになるという記事をよく見かけました。

 

メカニズムは分かりますが到底無理だと思ってました。

 

筋肉が付くと元気になるのではなく、

 

元気になったら筋トレができるようになるんだと思ってました。

 

あれから8年、

 

その時が来たことを実感しています。

 

それから3週間、

 

息子はほぼ毎日続けています。

 

 

 

さらに息子が話してくれました。

 

「マクドってさ、ジム行ってるやつが結構おるねん」

 

「へぇーそうなんや」

 

「そいつらのおかげで俺も続けようって思えるわ」

 

「あーそれ分かる!パパも友達とジム行ってた」

 

「でもジム代は高いから家でするねん。家に器具があってラッキーやわ」

 

「そうやな、パパもジム代がもったいなくて器具そろえたねん」

 

「ふぅん、あとさ、最近疲れにくくなったねん。筋肉ってそういう効果もあるんかな」

 

「たぶん、たんぱく質やな。プロテインってうつ病に効くらしいからそういう効果もあるんかもね」

 

「なるほど、なんか俺も自己肯定感が上がってきたわ」

 

 

 

最後の言葉に感動しました。

 

妻も横で聞いていてニッコリしてました。

 

不登校時代にこういう展開にしたいと私も妻も必死でしたが、

 

今振り返るとどうやっても無理だったと思います。

 

やはり心の回復が先で、そのためには親子関係が重要だと思います。

 

息子の筋トレがどれぐらい続くか分かりませんが、

 

親の期待は出さずに見守りながら応援します。

 

(私は息子に刺激を受けて2年ぶりに筋トレ再開しました。身体じゅうが痛い・・・)

先月の母の日のことです。

 

我が家にスイーツが届きました。

 

時々息子にこういうものが届くのですが、いつも差出人は友達とかバイト仲間です。

 

ですが息子が言いました。

 

「これ、母の日のプレゼント」

 

妻はもうびっくり。

 

「え!まじ!?ありがとう!」

 

こんな形で母の日のプレゼントをもらったのは初めてでした。

 

妻も私も感動して、不登校どん底時代を思い出し、その日の奇跡を祝いました。

 

同時に私は妻がちょっと羨ましかったです。

 

私は今までに一度も息子からプレゼントを貰ったことがありません。

 

(娘からは今年初めてLINEで¥2000をプレゼントされてめちゃ嬉しかった)

 

私は昔、息子に手を出したり怒鳴ったりひどい父親でした。

 

なのでプレゼントはもう諦めています。

 

 

 

そして昨日。

 

自宅にでっかいゲーミングチェアが届きました。

 

妻も私も、息子がまた買ったんだなと思って玄関に置いておきました。

 

その後二人で外出し、夕方帰宅すると、

 

息子が和室でそのチェアを組立てていました。

 

めちゃくちゃ大きくて、なんかすごいチェアでした。

 

「ふぅーやっと終わった」

 

「またすげーの買ったなぁ」

 

「そやろ?はい、これ父の日のプレゼント」

 

「・・・え!パパに!?」

 

「うん」

 

「まじで!?ええのか!?」

 

「うん、ずっと俺のお古使ってたから」

 

妻も横で「えええ!すげーー!めちゃええやん!」と騒いでいます。

 

生れてはじめて父の日に子供からプレゼントをもらいました。

 

それもこんなすごいチェアを。

 

さらに息子が一人で組み立ててくれたチェアです。

 

リクライニングや足置きも付いたマッサージチェアみたいなチェアです。

 

何回も息子にお礼を言いました。

 

息子もにこにこしながら自室へ戻っていきました。

 

その後、妻と晩酌しながら、

 

「俺、〇〇(息子)からこういうプレゼントは一生もらえんと思ってたねん」

 

「そうなん」

 

「だって昔手を出したし、ひどいこと言ったり、きっと恨まれてると思ってたから」

 

「あの頃はそうやったね」

 

「不登校から親子関係は修復できたとは思うけど、信頼というか、心の底から信じてはくれてないと思うねん」

 

「ふぅん」

 

「△△(妻)は母の日にスイーツ貰ってたやろ?昔も誕生日になんか貰ったりしてたやん?でも俺は貰ったことがなかった。」

 

「うん、そうやな」

 

「でも今日こんなプレゼントくれたということは、信じてくれてるんかもなぁ」

 

「きっとそうやで」

 

「そう思ったら泣けてくるわぁ」

 

「ほんま泣けるわぁ」

 

 

 

そんなわけで、昨日私は人生で一番うれしいプレゼントをもらいました。

 

息子が不登校どん底時代は苦痛と不安の毎日でしたが、

 

あれから7年、息子はやさしくて人の気持ちが分かる大人に成長していました。

 

これからも今の親子関係を続けて、息子の人生を丸ごと信じてサポートします。

息子は今22歳です。

 

アルバイトを続けていますが、同級生の多くはこの春から就職して働いていることでしょう。

 

私はアルバイトでも働いているだけよしと思っています。

 

数年前の不登校時代はアルバイトがゴールぐらいに思ってましたから。

 

実際アルバイトによって息子は徐々に明るくなっていきました。

 

ですが、、、

 

やはり不安はよぎります。

 

この先就職できるんだろうか。

 

息子はどう思ってるんだろうか。

 

親は子供を信じることが大事なのは分かってる。

 

でも不安なものは不安。

 

 

 

先日、そんな気持ちを妻に話しました。

 

すると妻はこう言いました。

 

「私はね、信じるっていうのは、いつか就職へ向けて動き出したり自立するとかじゃなくて、なんていうのかなぁ。子供の人生そのものを信じてるっていうのかな。私はそういう感覚でおるで」

 

「ほ、ほほぉ。。」

 

心に響く言葉でした。

 

いつかきっと就職すると信じるとか、いつか自立すると信じる。

 

を超えて、

 

妻は息子の人生そのものを信じてると言うのです。

 

だから妻はいつも子供の行動や言動を丸ごと受け入れている感じがするのか。

 

さらに、

 

妻自身もお母さんからそのように育ったらしく、

 

それは親になって分かり今はとても感謝してる、と。

 

(お父さんは放置気味で結果オーライ)

 

私は強力なレールを敷かれて育ったので話を聞きながら正直羨ましかった。

 

 

 

私は子供の人生を丸ごと信じることができるかどうか、正直自信はありません。

 

でも妻がそうなら、この先やってくるであろう壁もなんとかなる気がします。

今年2つ目のブログです。

 

息子は高校1年で不登校になり、留年して通信制へ転入し、何とか卒業して専門学校へ通うも、1年生の8月で退学しました。

 

22歳になりマクドナルドのバイトも4~5年続いてます。

 

1か月程前、息子が

 

「バイクほしいねんなぁ。原付」

 

「お、バイクか。いいね」

 

「よくあるようなやつは嫌やねん。こういうのがいい」

 

ホンダのジョルノと、ホンダのズーマーでした。

 

「ほほう、こういうのがいいねんな。パパもそういうの好きやわ」

 

「なんぼぐらいするんやろ」

 

「そやな。新車なら20万ぐらいかな」

 

「え!そんなにするん?10万ぐらいやと思ってた」

 

「原付も規制が変わることになって高くなったからな。中古なら10万あれば買えるで」

 

「じゃ、バイク屋さんに見に行ってみたい」

 

「じゃ行くか」

 

近所のバイク屋さんに見に行きました。

 

すると、息子が欲しがっていたジョルノの中古があるではないか!

 

しかも欲しがっていた色と同じ!

 

これは奇跡と思っていたら息子の目が違うバイクを見ていました。

 

それはズーマー。

 

知っている人は知っていると思いますが、

 

ホンダの人気バイクでもう十年以上前に廃版になったモデルです。

 

未だに人気で中古車でも値が落ちず、店頭に並ぶとすぐに売れてしまうらしい。

 

息子が見つけたのはお店側が奥のガレージに隠してあったもので、整備前のものでした。

 

「おれ、もうこのバイクしか目に入らん」

 

するとお店のおっちゃんが、

 

「これはね、ちょっと前まで学生さんが乗ってて4万キロ走ってるけど、純正のまま弄ってないから希少価値が高いよ。エンジンも調子いい」

 

息子は何も知らないので私が話しました。

 

「へぇー、いくらぐらいになりそう?」

 

「全部バラして整備して、15万超えないようにするつもりです」

 

「そうですか、塗装があちこち剥がれているのでバラすついでに再塗装してもらったらいくらぐらい?」

 

「んーそれだと17万ぐらいかなぁ」

 

「ヘルメットと自賠責保険たして20万ぐらいですかね」

 

「ですね」

 

その日は一旦終了しましたが、車体はキープさせてもらいました。

 

息子の予算は10万。

 

でも私は妻と決めていたことを話しました。

 

それは、以前息子がコツコツと返してくれた50万円の内、車の免許費用を引いてあと25万ぐらいあること。

 

ここから足りない分を出してあげるということ。

 

それを聞いた息子は大喜びでした。

 

「やった!ありがとう!まじありがとう!」

 

そして、さらにサプライズがありました。

 

この話を聞いた妻のお父さんが、

 

「よし、その20万、わしが出してやる」

 

ええー!

 

ほんまですかお義父さん!

 

でもちょっと考えました。

 

このことは実際にバイクが来るまで息子には言わないでおこう。

 

息子が実際に10万円を出して、足りないお金を親が出して購入するところまでは経験させよう。

 

 

 

そこから2週間、

 

ついに納車の日が来ました。

 

家の前にピカピカになったズーマーがやってきました。

 

ヘルメットはなんとお店のおっちゃんがプレゼントしてくれました。

 

息子は大興奮でニッコニコ。

 

私も妻もお店のおっちゃんもニッコニコ。

 

費用は全部で18万円でした。

 

息子は早速ズーマーにまたがり、

 

「ちょっとドライブ行って来る~」

 

と言ってどこかへ行ってしまいました。

 

その後姿を見て私と妻は、

 

じーん。

 

不登校時代のことを思い出して、今日の日の喜びを噛みしめました。

 

 

 

その日の夜、

 

息子にお義父さんが全部払ってくれたことを伝えました。

 

「え!ええ!まじで!?」

 

「まじやで。なので○○が自分で出したこの10万円は返すよ」

 

「うわー!ありがとう!」

 

「おじいちゃんに電話してお礼言うんやで」

 

「うん、今から電話するわ」

 

息子は電話して何度もお礼を言っていました。

 

息子が不登校になったことを知っているのは妻の両親と弟夫婦だけです。

 

当時、誰一人として息子に学校のことを言う人はいませんでした。

 

何も言わずずっと見守ってくれていました。

 

私は今でもずっと感謝しています。

 

 

 

少し思ったのですが、

 

妻の実家は自営業でほぼ学歴は関係ない職種です。

 

学歴がなくても生きていけることを実践してきた家系です。

 

だから息子に学校のことを言う人がいなかったのかもしれません。

 

そのおかげもあり息子は早めに回復できたと思っています。

 

 

 

バイクを得た息子は、バイト終わりに仲間とゲーセンに行ったり、外食したりするようになりました。

 

同級生はこの4月から就職しているでしょう。

 

我が家は我が家のペ-スでやっていきます。