朝鮮大学校は9月25日から後期が始まっています。
でも、後期が始まったばかりだからといって、夏休みボケが~なんて言っていられないんです。
10月中旬に那須での実習があることと関連して、実習の主体となる1年生はもう今週中にしおり(企画?)を作成しなくてはなりません!(来週から準備して、再来週には実習!)
2年生の許聖芽(ホ・ソンア)先輩は10月頭から教育実習が始まるということで、授業案を練ったり、模擬授業をしたりと大忙しです。私たち1年生も、模擬授業に参加させていただいて、来年自分たちがどうすればいいのかということのよい勉強になりました!
実技の話ですが、1年生はパネル作りから始まっています。今週中には地塗りが終わって、それぞれ描きたいモチーフを描きはじめると思われます。
この課題が終わると、実技時間が制作の時間になっていく予定なので、これからは1年生も制作に関する内容でブログを更新していけそうです。ぜひその際にはコメントくださると嬉しいです!制作以外のことでもコメントくださると励みになります!
ここからは自分の話になります。
2ヶ月という長い夏休みの間、私は他の人に比べると、充実した生活をしていたかは怪しいとおもいます…。が、前期の自分と、後期の自分では心持ちが違うということを感じています。
今思えば、大学という環境に、前期は戸惑っていたようにおもいます。中学高校と違って、自分が動かないと始まらないですし。
迷いは制作の面でも未だにあります。
高校時代は美術部に属し作品制作をしました。もっとこうすれば、ということは思い返すとたくさんありますが、当時の自分としては精一杯やっていました。作品のテーマのほとんどは、思春期の高校生らしく(偏見?)自分の外側ではなく内側に向いていました。
(高2「海」思考を深め、成長していくという内容)
(高3 「自画像」民族教育を終えた自分の姿を見つめ直すための自画像シリーズ)
それが悪いことだというわけではありませんが、自分以外のことも見ないと、自分のこともわからなくなってしまうのではないか、そんな自分のことばかりを語る作品を作ることになんの意味があるのだろう、という疑問がわきました。
なんのために美術をするのか。この答えなんて、おそらく一生出ることはないのでしょう。でも、いま私が考える美術をする意味は、「自分のことを確認するため」ではなく、「今」を残すためです。そしてそれは、社会に影響を与えるようなものであるべきで、私や他の「今」を生きる人たちが死んでも、未来の人たちが「今」からのメッセージを受け取れるようなものであるべき…そしてそうであってほしいとおもいます。
そのような疑問や、意識の変化が、高校卒業や大学入学をきっかけとして生まれたというのが、私がこれからどう制作をしていこうか、という点で迷いが生じた理由の一つです。
ですが、うだうだと考えてむしろなにもできなくなってしまっては、意味が無いのではないでしょうか。考えることに意味がないわけではなく、行動を起こさなければ意味が無い、ということです。これが夏休み期間に変化した点。(考えすぎて新しいことができなくなるのが私の悪い癖です。)
迷いが無くなったわけではありませんが、自分だけでなく、他の人と意見交換をしながら考えをまとめていって、制作やそれ以外の行動に移していくつもりです。まずは、今週中に先生とコミットするところから、です!
後期には学年展示会もあります。まだ日程は未定ですが、決まり次第ブログ、Twitterを通じてお知らせします。そのときには、この迷いも、ちゃんといい作品になっているので、ぜひ展示会場に足を運んでいただけると幸いです。
キョンファでした!(顔写真変えました!笑)

